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開戦

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「反魂の術・・・って何です?」
 九木が推察した遺体を操る術の名称に、結城は聞き覚えがなかった。彼に霊能者ではないため、その手の知識に疎いのは当然と言えた。
「単純な話、死んだ人間を生き返らせる術だな。それも本人をそのまんま。大昔にどっかの坊さんが作った術だって聞いたことがある」
「人を生き返らせるって、そんなことが?」
「滅多なことで成功しない。むしろ失敗するのが普通っていうベリーハードな術だ。失敗したらゾンビと同じ、ただ動く死体ができるだけでどうにもならない。だから相当な実力の霊能者でも試そうって奴はいない・・・・・・はずなんだが」
「そのような神をも恐れぬ術が存在するとは。それでクキ、この亡き骸はその術をかけられていたと?」
「違う・・・・・・と思うんですがね。お札の類がないってことは操屍術じゃないし、ゾンビって感じでもなかった。それと異臭はしてるが、そこから状態が進行してない。だから生きている状態に近いみたいだから、反魂の術かもって思ったんだけど・・・・・・正直分かんないんですよ」
「生き返らせると言いましたが、具体的にどう生き返らせるのですか?」
「まだ成仏してない魂を呼び戻して、本人の遺体に入れる・・・みたいなんですけどね」
「ソメイミユキの遺体があった霊安室には、そのような痕跡はありませんでしたよ。もしそのハンゴンノジュツを誰かが使ったなら、私が気付かないはずがありません」
「じゃあどうなってんだよコレ~。もうワケわかんねぇよ~」
 九木は遺体を前にして両手で頭を抱え込んだ。持っている知識に照らし合わせても、この遺体を操った方法がまったく当てはまらないので苦悩してしまっている。
 そして結城も、目の前の遺体について一つの疑問があった。九木の言うように、もし反魂の術というものを使ったのなら、術者は染井未幸とこの中年男性、二人に術を成功させていることになる。しかし九木の口ぶりからすれば、反魂の術は『滅多なことで成功しない』『失敗するのが普通』の高度な術だ。依頼を受けるようになってから、結城も霊能者の知人が何人かできたが、そんな術を連続で成功させるような人物はいなかったように思う。
 ただ、九木刑事も決して腕の悪い霊能者ではない。その彼が反魂の術かもしれないと見立てたなら、その解答は外れていないはずだった。
 では術者が使ったのは、反魂の術であって、それとは少し違うものなのではないか。
 結城が結論に迫りかけていた時、
「D=(訳:伏せろ!)」
唐突にマスクマンの怒号が響いた。
 全員が反射的に伏せ、その頭上を空気が切り裂かれる音が鳴る。弾丸が空気中を駆け抜けた音だ。
 建物の方に二つの人影が見えた。こちらに向かって銃撃している。
 連続的に弾丸が発射されてくるところを見ると、持っているのはマシンガンの系統か。
 いち早く動いたのはアテナだった。古屋敷から持参してきた、布で包まれた円形の物体。布に手をかけ、その戒めを解き放つ。
 現れたのは人一人がすっぽり隠れられそうな大型の盾だった。磨き上げられた表面は、陽の傾いた夕刻にあってなお眩い輝きを見せる。鍛冶神ヘパイストス謹製、最強の防空システム艦の名前の元にもなった、戦女神アテナの神器。絶対防御の盾アイギス。
「私の後ろに一列に並びなさい!」
 アイギスを壁のように地面に立てたアテナの背後に、結城たちは一列に並んだ。流れ弾を警戒した彼女は、最も防御に優れた自身の盾で皆をカバーすると即断したのだ。
「ア、アテナ様~。それちゃんと銃弾を防げるんですか~」
 飛来する弾丸の嵐を前に、九木が情けない声を上げる。
「心配いりません! 防衛戦は私の専売特許。何者からも守って見せます! クキ以外!」
「あああぁ~! 神がオレを見放した~!」
 実際、鍛え上げられた神鉄の盾は、雨のように叩きつける銃弾を悉く跳ね除けていた。
 だが、このままでは埒が明かない。敵に存在が露見してしまった以上、こちらから打って出るのみ。
「マスクマン、シロガネ。お願いできますか?」
「O●9(訳:任せな)」
「ヤる」
 マスクマンは聴覚に意識を集中させた。けたたましい銃声を発する銃口と自身との距離を、音のみで正確に測る。狩猟には優れた五感が必須。わずかな気配、微かな音のみで獲物との距離を判断するのは、狩人にとって当たり前の技術だ。
 距離、約56メートル。マスクマンはアイギスの裏に隠れたまま、右手に持ったブーメランを投げ放った。
 空を切るくの字型の武具は、木々の隙間を華麗に縫い、雑木林から飛び出した。建物と雑木林の間の開けた空間を、大きく弧を描いて飛翔する。
 それを視認した時には遅かった。回転する投擲武器は、結城たちに向けられていた二つの銃の底部を擦り上げる。一瞬、射線が明後日の方向へ逸れた。
 その一瞬をシロガネが見逃さない。驚くべき跳躍力で、周囲の樹木より高い位置に到達した。空中から二人の敵を確認する。左手でスカートを大きくたなびかせ、露になった腿のホルスターから、右手でスローイングナイフを投げ放つ。ワイヤーに繋がった二本のナイフは、銃弾に匹敵する速度で宙を滑り、敵の持つ銃に絡みついた。
 そのまま手元のワイヤーを引き、シロガネはまるで一本釣りするように二丁の銃を取り上げた。
 彼女が武器を奪取したタイミングに合わせ、結城がアイギスの陰から躍り出た。木刀を右肩に担ぐように構え、猛然と敵との間合いを詰める。
 銃を奪われた二人は、服のポケットから何かを取り出そうとしている。おそらくサイドアームとして持っている拳銃か何かだろう。
 だが、そんなものは関係ない。銃口を向けるよりも先に斬り込む。
 そう強く意識した結城の突進はさらなる加速を生んだ。ポケットから鈍色の塊が引き抜かれた時には、既に結城の間合いだった。
 まずは右側の敵。その首元に袈裟斬りを叩き込む。アテナが考案し、マスクマンとシロガネが製作した木刀は、重さも肉厚も桁が違う。たとえ筋骨隆々の成人男性であろうとも、受ければ一撃のもとに地に伏せる。
 だが、結城は相手が骨折などしないよう、打撃ではなく木刀で押し切るように力を込めた。おそらくこの二人も死者だろうが、なるべくなら遺体を傷つけることはしたくない。袈裟斬りを受けた敵の体は、結城の腕力と木刀の重量に押し負け、大地に叩きつけられてしまった。同時に手に持っていた拳銃を蹴り飛ばす。
 すかさず今度は左側にいた敵に全体重を乗せた強烈な突きを見舞った。鳩尾にめり込んだ一撃は、いとも容易く一人の人間を宙に押し上げ、そのまま背中から叩き落とした。こちらも持っていた銃を蹴り飛ばしておく。
 最後はアテナが倒された二人の首元を指で突く。電気が走ったようにビクリと体を跳ねさせた二人は、脱力して動かなくなった。
「秘孔・停体を突きました。いかようなことがあろうと、体は動きません」
「・・・・・・本当に使えちゃうんですね、アテナ様」
「無論です!」
 結城は自信満々に鼻を鳴らすアテナを見ながら、この女神ならそのうち龍の玉を探す某有名漫画の主人公の必殺技も使うのではないだろうかと思っていた。本当にやりそうである。
「それよりもユウキ、敵に私たちの存在が知られてしまいました。逃げられたりする前に、一気呵成に攻め入りますよ」
「分かりました。行きましょう」
 雄雄しく立つ結城とアテナの横に、媛寿が、マスクマンが、シロガネが並ぶ。
 そう、いつだって皆で乗り越えてきた。この仲間たちと一緒なら、どんな相手だろうと恐くない。
 心から湧き上がる強い力を感じながら、結城は木刀を担ぎ直した。
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