小林結城は奇妙な縁を持っている

木林 裕四郎

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潜入・先攻

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 完全武装して狭丘市に戻った結城たちは、九木刑事の案内で郊外の山林を分け入った。まともに道と呼べるようなものはないので、うっそうと草むらが茂る雑木林を、シロガネが先陣をきって山刀で薙いで道を作る。能力で山刀を強化したシロガネは、名うての冒険家もかくやというスピードで道を切り拓いた。
 地図を頼りに例の建造物を目指し、ようやく辿り着いた時には夕方になっていた。
 結城たちは林の中で身を屈めて、周辺の様子を窺った。
 崩れかかったコンクリート製の巨大な立方体。その横には古い木造校舎のような建物が隣接している。今はところどころ雑草が生えているが、昔は広場だったのか、建物の前は整地された見晴らしの良いスペースがあった。
「ここってかなり昔の発電所か何かの跡じゃないか?」
 同行していた九木がポツリと漏らした。
 一見しただけでは何の施設か分からないが、既に忘れ去られた場所であるなら、ここは隠れ家としては絶好の場所に思えた。
「Y#25T$→(訳:結城、あれ)」
 マスクマンが指し示した方を見ると、建物の陰から誰かが歩いてくる。ボロボロの服を着た中年男性だったが、その顔には見覚えがあった。九木が見せた写真に写っていた、無縁仏だ。
「あの人は―」
「ユウキ、手に持っている物を見なさい」
 アテナに促され、中年男性の手元に目を凝らす結城。その手には日本ではまず見かけないだろう、細いシルエットのアサルトライフルが構えられていた。少し見た目が古ぼけているものの、その凶悪な銃口はいつでも獲物に弾丸を見舞えるよう、辺りを右往左往と彷徨っている。どうやら建物の周辺を見張っているらしい。
 銃への警戒心で緊張する結城の肩を、誰かが指でつついた。振り返ると九木がすぐ後ろに来ていた。
「小林くん、アイツちょっと捕まえられないか?」
「捕まえる? あの人だけをですか?」
「いったい何の術を使ってるのか知りたいから、とりあえず一人捕まえて調べたいんだよ」
「分かりました。それじゃあ―」
「ゆうき、ゆうき」
 立ち上がろうとした結城の袖を、媛寿が引っ張って制止した。
「えんじゅがやる、えんじゅがやる」
「媛寿が? ・・・いけるの?」
「いける、たぶん」
 媛寿は背を反らして胸を張って見せるが、結城は少し心配だった。媛寿の能力は端的には運気を操ることだが、何が起こるかまでは予測ができない。彼女の機嫌にも左右され、良いことも起これば悪いことも起こってしまうのだ。敵のアジトに潜入している以上、予想外のハプニングやアクシデントは避けたい。
「ユウキ、ここはエンジュにやらせた方が良いかもしれませんよ」
「ア、アテナ様!?」
「無理に取り押さえようとするよりも、エンジュの力で相手の虚を衝く方が安全です。やらせてみましょう。大丈夫。何かあれば私たちでフォローします」
 少しだけ迷ったが、結城はアテナの言うとおりかもしれないと思った。アサルトライフルを持っている相手に下手に近づくのは危険だ。ここは戦いの女神の知略に乗るのが得策か。
「分かりました。それじゃ媛寿、よろしく」
「おっけー」
 媛寿は皆より少し前に出ると、持っていた鞠を胸元に掲げ、目を瞑って唸り声を上げ始めた。
「むむむぅ~」
 数秒ほど集中したあと、彼女は鞠を額の位置まで上げ、
「ぱーす」
小さな掛け声とともにバレーボールの要領で宙へ押し出した。
 鞠は緩いスピードで放物線を描き、アサルトライフルを持った男の後頭部にコツンと当たった。男は何も気付かずに歩いていこうとしたが、突然―――――
 犬のフンを踏みつけ、滑りこけた。
「ぐー」
 媛寿は小さく拳を握ってガッツポーズするが、他の全員は少し呆れていた。それでも男が転んだと同時に、ライフルは手元を離れ、地面に投げ出された。
「J☆P(訳:今だ)」
 すかさずマスクマンは持っていたブーメランを投擲した。弧を描いて高速で飛ぶブーメランは低空へと急降下し、地面に落ちたライフルを弾き飛ばす。武器と使用者に大きく距離ができたため、態勢の立て直しに確実なタイムラグが生じた。
 その隙を見逃さず、アテナは俊足の肉食獣のように対象へ駆け出した。男が立ち上げるよりも速く、鳩尾へ右拳が叩き込まれる。女神の拳撃を受けた肉体は、何が起こったのか認識する間もなく、ぐったりと脱力した。
 アテナは沈黙した男の襟首を持って引きずり、皆の元へ戻ってきた。ついでに鞠とブーメランも回収している。
 ちょっとした珍事はあったが、見事な連携で敵を一人捕えることができた。
 しかし、引きずってこられた男を前に、結城は少し疑問があった。
「アテナ様、この人死んでるんですよね?」
「? そうですよ」
「死んで操られているのにどうやって気絶させたんですか?」
「ユウキ、あなたもまだ戦いの女神を甘く見ているようですね」
 小さな溜め息を吐いたあと、アテナはまだまだ理解の足りない生徒を見る教師のような目を結城に向けた。
「『北闘の拳』は全巻読破し、技も秘孔も全て網羅しています。いわば私こそが真の北闘神拳伝承者。たとえ死者であろうと意識を奪うなど、モヒカンを破裂させるよりも容易なのですよ」
 シュッと人差し指を立てて、アテナは自信満々に微笑んだ。まさにドヤ顔である。
(ホンモノの北闘『神』拳ってワケね・・・)
 結城は内心、感心したような呆れたような気持ちになった。時々この女神は変なことを大真面目にやってのける。しかもそれが大概成功してしまうのだから、やはり凄い女神なんだろうと思った。ちょっと力の使いどころを間違っている気がしないでもないが。
「それはそうと、クキ。その死者はいったい何の術をかけられているのです? 拳を見舞った時に確かに術の気配は感じましたが」
「う~ん・・・・・・」
 仰向けに横たわる男を頭から爪先まで観察している九木は、かなり難しい顔をしていた。
「オレも詳しくないけど、もし操屍術だったらお札か何かがあるはずなんですよね」
 結城も男を見てみるが、確かにお札のような物は見当たらない。だが少し胃臭が立ち上っているので、これは生きている人間ではなく、遺体なのだと改めて認識させられた。マスクマンは臭いがきついのか、仮面の鼻(と思われる場所)を手で覆っている。
「ん? 待てよ・・・・・・まさか」
 遺体を検分していた九木の表情が変わった。
「いやいやいや、あり得ないだろ。そもそもンナことできるヤツがそういるもんじゃ・・・・・・けど、だったら―」
 何か思い至ったらしいが、九木は自分でその考えを否定してはまた思案してを繰り返していた。
「分かったことがあるなら早く仰いなさい。戦いの女神が許可します」
「イタタタッ! アテナ様、ブレイク! ブレイク!」
 もったいぶったハッキリしない様子に苛立ったのか、アテナは九木の頭を掴み、強大な握力で締め上げた。フリッツ・フォン・エリック必殺のアイアンクローは、女神の力で万力以上の威力を発揮した。
「ア、アテナ様。それ以上やったら九木刑事の頭蓋骨が割れちゃう・・・」
「むっ、そうですね。報告も聞かずに父様の元へ送ってしまってはいけませんね」
 結城の進言にアテナの剛掌はようやく九木を解放した。本当に天国が見えそうになり、九木は息も絶え絶えな状態だった。
(くっそ~、小林くん以外にはホント無茶苦茶しやがるぜ。この馬鹿力の女神は~)
「ハデス叔父様にお便りを書こうと思っていたのですが、あなたのこともよろしくと書いておきましょう、クキ」
「よ、喜んでご報告させていただきますです、アテナ様。なんでしたらおみ足も舐めますのでどうかご勘弁を」
 地獄の神ハデスに睨まれては命など風前の灯と成り果てるので、九木は即刻プライドを投げ捨てた。
「足は舐めなくてもかまいません。汚いので、あなたが。それよりも何が分かったのですか?」
「うぅ、心が大怪我負った気がするけど、えっと、その~・・・ですね・・・」
 凶悪な精神的ダメージに胸を押さえつつ、九木は横たわる男を指差した。
「もしかしたらコレ、反魂の術かもしれないんですよ」
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