375 / 405
竜の恩讐編
伯爵の血を継ぐ者 その5
しおりを挟む
「何? これ」
ルーシーが上空を見上げた時、そこには巨大な黒雲が蟠っていた。
天逐山を登る際、小雨が降っていたので、多少の雨雲があっても不思議ではない。
しかし今、マスクマンとルーシーの真上にある雲は、すぐにでも稲妻を放ちそうなほどの凶暴さを感じさせる。
そして、それはただ蟠っているのではなく、映像を倍速再生するように急激に渦を巻き始めていた。
「SΛ1→DW(もうすぐ、『あいつ』が降りてくるぞ)」
「一体なにする気!?」
「DΩ3←。KΔ4→(とびきりヤバい風を呼んだ。『あいつ』ならお前を殺せる)」
「!?」
黒雲の中心に渦が形成されるにつれ、マスクマンたちの周囲の空気も確実に変わりつつあった。
マスクマンが霧の発生を促すために呼んだ、小雨を降らせる程度の雨雲は、いまや強大な積乱雲へと変化していた。
その中の上昇気流を中心に形作られる渦が、全てを薙ぎ払う暴風へと変わろうとしている。
発達した積乱雲によって生まれる渦流風が、マスクマンとルーシー、その周辺をも巻き込んだ狭域の竜巻を呼ぼうとしていた。
「ぐっ―――っ!?」
急いでマスクマンから離れようとしたルーシーだったが、それができないことを思い出し、寸でのところで足を止めた。
ルーシーの心臓は今、マスクマンにしっかりと鷲掴みにされてしまっていたからだ。
心臓を幾度となく貫かれたことはあれど、心臓を丸ごと抉り取られたことなど、ルーシーはいまだかつて経験したことはない。
最大致死率が脊髄に寄っているとしても、心臓そのものを失っても存命できるかは試したことがない。
ここで踏み切るには危険度が大き過ぎる。
かといってこのままの状態では、上空から竜巻が降りてくる。
竜巻は周囲のあらゆる物体もろともルーシーたちをさらい、逆巻く風が自然の回転刃となってばらばらに切り刻むだろう。
そうなれば、どこが弱点でも関係ない。
全てが細切れにされてしまうのだから。
その上、回転する風は刻んだ肉体をあらゆる方向に撒き散らす。
弱点を破砕され、さらに無軌道にばら撒かれたのでは、吸血鬼とて再生できる保証がない。
たとえ、不死性の底上げが適ったルーシーであっても。
「…………………………降参」
「?」
「降参するから、竜巻を止めて」
「LΦ8↓SΘ(それはもう結城の命を狙わないということか?)」
「そうよ! だから早く止めて!」
ルーシーの降伏を受け入れたマスクマンは、開かれていた単眼をゆっくり閉じた。
同時に、荒れ狂っていた風も落ちついていった。
(ごめん、千春。妾はここでリタイヤ。あとはあなたと千秋に任せるわ)
風が完全に静まると、マスクマンはようやくルーシーの心臓を離した。
「―――とっ、とっとっと」
よろけるように数歩後ずさったルーシーは、手斧で斬られた傷を回復すると、再びマスクマンに向き直った。
「あなた、名前は?」
「……☆Ξ1IΩΛ」
「え!? 何?」
「Hξ1↑MS(聞き取れなかったならマスクマンでいい)」
「そ、そう。妾はルーシー・ウェステンラ」
「……Yπ(……そうか)」
ルーシーの名前を聞くと、マスクマンはゆっくり歩いて手斧とブーメランの回収に向かった。
そしてルーシーは、その様子を珍しいものを見るような目で追った。
(こんなとんでもないのを相手取ることになったのって、百年ほど前のロンドン以来かもしれないわね)
かつて英国を治める最も高貴な淑女から、ロンドンを騒がす連続殺人鬼の正体を暴いてほしいと依頼を受けた時のことを、ルーシーはしみじみと思い出していた。
千春と出会う前までは、ルーシーにとってそれが最大の難敵であり、最大の難事件だった。
(今回の依頼、どうなると思う? 千春)
今も山頂を目指しているであろう盟友に、ルーシーは心の中で問いかけた。
ルーシーが上空を見上げた時、そこには巨大な黒雲が蟠っていた。
天逐山を登る際、小雨が降っていたので、多少の雨雲があっても不思議ではない。
しかし今、マスクマンとルーシーの真上にある雲は、すぐにでも稲妻を放ちそうなほどの凶暴さを感じさせる。
そして、それはただ蟠っているのではなく、映像を倍速再生するように急激に渦を巻き始めていた。
「SΛ1→DW(もうすぐ、『あいつ』が降りてくるぞ)」
「一体なにする気!?」
「DΩ3←。KΔ4→(とびきりヤバい風を呼んだ。『あいつ』ならお前を殺せる)」
「!?」
黒雲の中心に渦が形成されるにつれ、マスクマンたちの周囲の空気も確実に変わりつつあった。
マスクマンが霧の発生を促すために呼んだ、小雨を降らせる程度の雨雲は、いまや強大な積乱雲へと変化していた。
その中の上昇気流を中心に形作られる渦が、全てを薙ぎ払う暴風へと変わろうとしている。
発達した積乱雲によって生まれる渦流風が、マスクマンとルーシー、その周辺をも巻き込んだ狭域の竜巻を呼ぼうとしていた。
「ぐっ―――っ!?」
急いでマスクマンから離れようとしたルーシーだったが、それができないことを思い出し、寸でのところで足を止めた。
ルーシーの心臓は今、マスクマンにしっかりと鷲掴みにされてしまっていたからだ。
心臓を幾度となく貫かれたことはあれど、心臓を丸ごと抉り取られたことなど、ルーシーはいまだかつて経験したことはない。
最大致死率が脊髄に寄っているとしても、心臓そのものを失っても存命できるかは試したことがない。
ここで踏み切るには危険度が大き過ぎる。
かといってこのままの状態では、上空から竜巻が降りてくる。
竜巻は周囲のあらゆる物体もろともルーシーたちをさらい、逆巻く風が自然の回転刃となってばらばらに切り刻むだろう。
そうなれば、どこが弱点でも関係ない。
全てが細切れにされてしまうのだから。
その上、回転する風は刻んだ肉体をあらゆる方向に撒き散らす。
弱点を破砕され、さらに無軌道にばら撒かれたのでは、吸血鬼とて再生できる保証がない。
たとえ、不死性の底上げが適ったルーシーであっても。
「…………………………降参」
「?」
「降参するから、竜巻を止めて」
「LΦ8↓SΘ(それはもう結城の命を狙わないということか?)」
「そうよ! だから早く止めて!」
ルーシーの降伏を受け入れたマスクマンは、開かれていた単眼をゆっくり閉じた。
同時に、荒れ狂っていた風も落ちついていった。
(ごめん、千春。妾はここでリタイヤ。あとはあなたと千秋に任せるわ)
風が完全に静まると、マスクマンはようやくルーシーの心臓を離した。
「―――とっ、とっとっと」
よろけるように数歩後ずさったルーシーは、手斧で斬られた傷を回復すると、再びマスクマンに向き直った。
「あなた、名前は?」
「……☆Ξ1IΩΛ」
「え!? 何?」
「Hξ1↑MS(聞き取れなかったならマスクマンでいい)」
「そ、そう。妾はルーシー・ウェステンラ」
「……Yπ(……そうか)」
ルーシーの名前を聞くと、マスクマンはゆっくり歩いて手斧とブーメランの回収に向かった。
そしてルーシーは、その様子を珍しいものを見るような目で追った。
(こんなとんでもないのを相手取ることになったのって、百年ほど前のロンドン以来かもしれないわね)
かつて英国を治める最も高貴な淑女から、ロンドンを騒がす連続殺人鬼の正体を暴いてほしいと依頼を受けた時のことを、ルーシーはしみじみと思い出していた。
千春と出会う前までは、ルーシーにとってそれが最大の難敵であり、最大の難事件だった。
(今回の依頼、どうなると思う? 千春)
今も山頂を目指しているであろう盟友に、ルーシーは心の中で問いかけた。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。
だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。
十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。
ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。
元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。
そして更に二年、とうとうその日が来た……
私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ
Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」
結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。
「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」
とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。
リリーナは結界魔術師2級を所持している。
ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。
……本当なら……ね。
※完結まで執筆済み
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる