上 下
238 / 405
豪宴客船編

第二試合 その2

しおりを挟む
 切り裂きクローバーの姿を一言で表すなら、まさにフランケンシュタインの怪物だった。
 両肩を巡る大きな縫い傷から始まり、顔、首、胴と、様々な方向に傷が走り、縫い傷の無い箇所を見つける方が難しく思えた。
 縫われた分だけ違う人間の『パーツ』が使われ、特に異彩を放っているのはベースとなっている肉体とかけ離れた、太く長い両腕だった。その手にはそれぞれ、特注と思わしき幅広の三日月刀が二振り握られている。
「ヘッヘ~、こりゃあ刻み甲斐のある女だぜ~」
 クローバーは三日月刀の刃をべろりと舐めながら、左右で大きさが違う眼をアテナに向けた。

「フフフ、クローバーはいくつもの紛争地域でならした傭兵でね。特にナイフ捌きが敵味方問わず恐れられていたのさ。死んでからも人間を切り刻みたいという執念が凄かったから、死屍人ゾンビとして蘇らせるのは簡単だった。蘇ってからはさらに殺人能力に磨きがかかったし、その上オレが様々な改造カスタムを施した」
「……」
「まず循環器系は心肺能力に優れた者から摘出して換装し、右眼は視力、左眼は夜目が効く眼球を使用している。筋繊維も生前と比較して30%以上を移植しているが、中でもあの両腕の『元の持ち主』には感謝しているよ。あれが手に入ったおかげでクローバーは無敵の死屍兵士ゾンビソルジャーとして完成し、オレの『最高傑作』になったんだからね」
 一言も発していない結城ゆうきを気にせず、蛙魅場あみばは得意げに自身の『最高傑作』について語っている。
 その不遜さもそうだが、それ以上に話している内容が、結城にとっては非常に気分を害するものだった。
 どうやら二回戦の相手はゾンビで、身体をより強力な『パーツ』で補強しているようだが、その『パーツ』を手に入れた方法がまともではないらしい。
 自身の功績に饒舌になっている蛙魅場もまた、見た目から雰囲気まで、悪の組織のマッドサイエンティストを髣髴ほうふつとさせる。媛寿えんじゅが耳打ちで『わかめみたいなの』と表した、異様に波打った長髪も、その風貌に拍車をかけている。
 やはり第一印象通り、会苦巣えくすとは違った意味で、『嫌な感覚』を与えてくる人物だった。
「ああ、そうだそうだ」
 蛙魅場は何かを思い出したように、話を一時中断した。
「キミさぁ、さっきの太ったオッサンに従者は売らないって言ってたけど、ならオレに預けてみる気はないかぁ? なに、お代は要らないよ。貴重な実験体を弄らせてくれるなら。そうだなぁ……あの女なら今の能力の五倍、いや十倍にはしてみせよう。そうなれば向かうところ敵なしだ。悪い話じゃないと思うが?」
「……」
「ん~、ではオレから少し色を付けよう。オレが商品として扱っているゾンビを一つ、どれでも好きなヤツを選んでくれていい。なになに、心配するな。ゾンビといってもオレが扱うのはどれも上物揃いだ。この船のオークションにもいくつか出品している。損傷が少ない美品で、どんな命令にでも従うぞ? 何なら感覚機能とある程度の魂も移植することもできる。いくらいたぶっても死なないし、いくらだって苦しむ様を堪能できるから人気商品なんだ。本当ならそれなりに高くつくが、特別にカスタムしたヤツを用意してやろう。どうだ?」
 自信たっぷりに取り扱っている『商品』を奨めてくる蛙魅場とは違い、それを聞いた結城は静かに怒りを滾らせていた。
 まだ記憶に新しい、オークション会場で衆目に晒されていた少女のゾンビ。あんな哀れな姿にした張本人が、すぐ横で意気揚々と『商品』をアピールしてくる。
 それも意思なき生ける屍にしただけでは飽き足らず、痛みと魂まで弄び、悦楽の捌け口にしようとしている。
 結城の目から見ても、蛙魅場は正真正銘の外道であると言えた。
「ん~、それともそっちの小っこい小娘ガキみたいなのがご所望かな? それはさすがに『調達』しなけりゃいかんが、それでも何とか―――」
「あの……」
 蛙魅場とあまり言葉を交わしたくない結城だったが、それでも一言くらいは言っておかなければならないと考えたので、重たい口を開けることにした。
「お? どんなタイプにするか決まったかな?」
「ちょっと静かにしててもらえますか? あなたの『傑作』が負けるまででいいですから」

「クケケ、一回戦さっきグロースデクに感謝しないとなぁ。このオレにイイ獲物を譲ってくれたんだからなぁ」
 ギョロギョロと動く左右の目でアテナを観察するクローバーは、試合開始が待ちきれないのか、しきりに三日月刀を回転させている。
「クケケェ、単純な力じゃテメェにゃ勝てねぇだろうが、オレにはこの腕と双刀を活かしたリーチがある。テメェはオレに近付くこともできずに切り刻まれる運命ってこったぁ」
 クローバーは喜色満面に、二本の三日月刀を素振りして見せる。その風圧がアテナの前髪を少し揺らしたが、アテナは特に動じることはない。
「どうだぁ? 怖いか~? 怖いか~? そうだろ~な~。もっと怯えろよ~? オレは怯えてガタガタ震えてるヤツを切り刻むのが、戦場で一番の愉しみだったんだ。特に女やガキが最高だったぜ~」
 クローバーの目は、すでに切り刻まれるアテナの姿を見ているが、クローバーを見つめるアテナの目は、向けられる刃以上に鋭く、冷たくなっている。
「この剣もテメェの血を欲しがってるぜ~。コイツはなぁ、血を吸えば吸うほど切れ味が良くなる逸品でよぉ。中でも怯えたガキを斬った後の切れ味が最高なんだぜぇ。この船に乗る前にも一匹ってきたからなぁ。今が一番の切れ味になってるぜぇ」
 その言葉を聞き、アテナは片眉をぴくりと動かした。同時に、静かに拳に力が入る。
「おぉい! さっさと始めろやぁ! 早くこのアマを刻ませろ!」
「は、はいぃ!」
 クローバーに怒声を浴びせられ、野摩やまはおっかなびっくり右手を上げた。
「そ、それでは第二回戦、レディー……ファイッ!」
「クケケェ! どっから切り刻んでやろうかぁ!」
 試合開始とともに、クローバーは双刀を高速で振り始めた。


「ん~? 聞き違いかな~? オレの傑作が『負けるまで』ってことは、あの女が勝つって、そう思ってるってことかな~?」 
「……」
 わざとらしい態度で聞き返してくる蛙魅場だが、結城はそれに対して何ら反応することはなく、蛙魅場に顔を向けることもない。
「た~はっはっは! こりゃ面白い! 久々に他人ひとの冗談で笑わせてもらったよ! どうやらキミはオレと違ってバカのたぐいらしいな! それじゃあオレの言ってることも分からないわけだ! あ~っはっはっは!」
 腹を抱えて笑う蛙魅場に結城は無反応だったが、笑い方が気に入らなかったのか、媛寿はポップコーンをつまむ手を止めて眉根を寄せた。
「まぁいい。どうせ死体になってら、あの女はもらうつもりだったしな。死体じゃキミにとってはゴミも同じだろ? 天才呪術師のオレが見事に使ってやろうじゃないか。あれだけ強くて美しければ、買い手は引く手数多だろうなぁ。は~っはっは!」
(うるさいな~)
 いよいよもって蛙魅場の笑い声が耳障りになってきた媛寿は、ポップコーンの容器から弾けていない粒を探し出すと、大口を開けて笑う蛙魅場に向けて指で飛ばした。
「は―――はんぐがっ!?」
 媛寿が飛ばした粒は見事に蛙魅場の口にホールインし、蛙魅場は思いがけない異物が喉に引っかかり、笑っているどころではなくなった。
「ぐげっ! おごっ!?」
(おまけ)
 さらに媛寿はもう二つの粒を飛ばし、前面のガラスに跳弾させて蛙魅場の両の鼻の穴へ、こちらも見事なコントロールでホールインさせた。
「ふがっ!? ぐぎげっ!?」
 喉に引っかかった粒と、鼻の穴に飛び込んだ粒のせいで、蛙魅場はソファから立ち上がって不恰好なダンスを踊る羽目になってしまった。
「な、なに!?」
 高笑いをしていたのが、いきなりくぐもった声で踊りだした蛙魅場に、結城は困惑するが、
「ゆうき。はい、あ~ん」
「え、ああ、ありがとう媛寿」
 媛寿が笑顔でポップコーンを差し出してきたので、とりあえずそっちをいただくことにした。

「クケケケ! どうだ! オレの剣さばきは! この速さは捉えられないだろ!」
 クローバーが振るう三日月刀は縦横無尽に動き回り、まるで何本もの刀身が舞っているようですらある。かなりの速さで振るわれているはずだが、双刀は互いに衝突することなく、独立した軌道を描き続ける。
「ケハハ! ちょっとずつ刻んでやるとなぁ、どんな女もひざまずいて命乞いをしだすんだよぉ! 『何でもしますからどうか命だけは』ってなぁ! そういうヤツをたっぷり時間をかけてなぶり殺すのが最高にキモチいいぜぇ!」
 近付くもの全てを切り裂こうとする、斬撃の嵐を吹き荒らしながら、クローバーはアテナに少しずつ間合いを詰めていく。切っ先がアテナに触れるまで、あと数センチの距離まで来ていた。
「さぁさぁさぁ! テメェは何分まで保つかなぁ! まずはその服切り刻んで全裸にひん剥いて―――」
 ついに初撃がアテナに届く寸前、目にも留まらぬ速さで振るわれていたはずの刀身は、映像が一時停止されたかのようにぴたりと止まった。
「は?」
 観客の誰もが、審判の野摩もが驚き呆気に取られる中、最も驚いていたのは、いや何が起こったか理解できなかったのは、三日月刀を振るっていたクローバー本人だった。
 アテナの左肩と右脇腹の手前で静止した刀身は、アテナが左右それぞれの親指と人差し指で挟んで止めていたのだ。無造作に皿でもつまむかのように。
「外道、一つだけ言っておきます」
 何事もないように斬撃を受け止めたアテナは、顔を上げてクローバーに目を合わせた。
「あなたと比べれば、シロガネの剣捌きの方がずっと流麗で速い」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ

Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」 結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。 「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」 とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。 リリーナは結界魔術師2級を所持している。 ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。 ……本当なら……ね。 ※完結まで執筆済み

クラスメイトに死ねコールをされたので飛び降りた

ああああ
恋愛
クラスメイトに死ねコールをされたので飛び降りた

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

処理中です...