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第三章 のっぺらぼう

定められた未来

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 此処では、バタバタと病気で遊女たちが死んでいく。

 規律を破り、折檻されて死んでいくものも多く居る。

 だが、遊女が自分がその地位に昇りつめるために、他の遊女を殺したとあっては……。

 あれは事故だったということはたやすい。

 だが、桧山は思っていた。

 本当にあれは事故だったのかと。

 絡んできたのは、確かに明野だった。

 だが、自分はいつか彼女を殺してしまうことを知っていた。

 それなのに、あの危険な階段の上で、彼女の手を下に向かい、払ったのは――。

 あっ、と自分を見た明野の顔が忘れられない。

 その表情に恐怖は感じられず、ただ、足を踏み外した驚きだけがあった。

 助けてくれと言うように手を伸ばす。

 今、自分が罵った自分に向かって。

 手を差し出そうとした。

 でも、怖かった。

 自分も一緒に落ちてしまうのではないかと。

 転がり落ちる途中、打ち所悪く頭を強打した明野の首が、床の上で力をなくしたように、ごろんと外に向く。

 たまたま通りに居た男が、こちらを見ていた。

 そして、階段下には、明野と想い合っていたあの男が。

 叫ぶでもなく、罵るでもなく。

 あの男、隆次は、明野ではなく、ただ自分を見つめていた。

 明野は吉原一の花魁になりたいと言っていた。

 そうでなければ、此処に来た意味も、自分自身が存在している意義もないと。

 吉原に売られた淋しさを紛らわすためにそう言っていたのだろう。

 だが、彼女はわかっていないと思っていた。

 彼女は誰もが欲しがるものを既に手に入れていたのに。

 この吉原に居る女たちが喉から手が出るほど欲しいもの。

 真実、自分を愛してくれる相手を手に入れていたのに。


 私は――

 本当に明野を殺すつもりはなかったのか?


 彼女が妬ましかったのではないか。

 そして、彼女の美しさに恐怖していたのではないか?


 数年後、かつて見た未来の映像そのままに、自分を追い詰める存在が現れた。

 隆次に手を取られやってきた、まだ幼さの残る娘。

 明野と同じその顔を見ながら言った。

『わかっていたわ。
 お前が来ることは』

 そして、彼女を見た瞬間に感じていた。

 自分や明野と同じように、彼女にもまた霊が見えること。

 幼い咲夜の足許で、明野はまだ未練がましく自分が死んだ光景を再現していた。

 それでも咲夜は頷いて、此処に、この吉原に残ると言った。

 いずれ、明野に似てくるだろうその顔を自らの側に置くこともまた贖罪だと思った。

 だが、咲夜が吉原に残ったことで、自分は想定外の罰を受けることになってしまった。


 ずっと思っていた。

 人生の先が見えることは不幸なことだと。

 だが、今は、見えない未来に恐怖している自分も居る。


 もしも――、

  もしも、咲夜と出会ったあの瞬間に戻れるのなら。

 私はきっと、咲夜をこの吉原に留めはしない。



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