48 / 58
第三章 のっぺらぼう
予感
しおりを挟むからくり扉の外で、少し調子っぱずれな上草履の音がした。
桂だ。
桧山からきつく言われているので、彼女は滅多に此処を訪れないのに、と咲夜は不審に思う。
「咲夜姉さん」
そう呼びかけてきた彼女に、内側から扉を回転させて開けて、咲夜は外に出る。
「はい、お土産だんすー」
奇麗な季節の菓子がその手にあった。
包みも意匠を凝らしてある。
上品なそれを見ながら、桂ではなく、桧山が選んだかな、と咲夜は思った。
「ありがとう」
と礼を言うと、桂は声をひそめ、
「花見に行ってきたんだんすけど、大変だったんだんすよ」
と騒動の一部始終を語ってきた。
「調子に乗ってるのはあの女の方だんす。
最近、何処ぞの有力な大名があの女を贔屓にしてるらしくて。
今とばかりに桧山姉さんを責め立てるんだんすからっ」
桧山贔屓の桂が熱くなったとき、ゆっくりと左衛門が歩いてくるのが見えた。
慌てて桂は頭を下げ、その場を後にする。
左衛門は手にある菓子を見て、
「お前も花見に行きたかったろうに、すまないね」
と優しい声をかけてくる。
その様子にわかった。
言われなくとも、思っていた。
そうしよう。
そうするべきだ、と。
恐らく、私はそのために、長い間、此処に飼われていたのだから。
「周五郎様に手紙を書きます。
届けるのに、長太郎を寄越してください」
自分から周五郎を呼ぶのは、今までにないことだった。
なのに、何故とも訊かずに、左衛門は、
「そうかい。
ありがとう」
と微笑んだ。
店の軒先を烏が飛んで、隆次は眩しげにそちらを振り返る。
そろそろ夕暮れどきだ。
吉原が本格的に花開く時間。
男が店の前に現れた。
ひょろりとしているが隙のないその男が、ひとりで此処へ来るのは珍しい。
「どうした。
咲夜は居ないぞ」
那津にかけたのと同じ言葉をかけた隆次だったが、相手が長太郎だったので、もう一言、付け加える。
「また逃げたのか?」
冗談めかして言ってみたが、長太郎はいつものように笑いもせず言ってくる。
「桜も終わるので、吉原に来い、と咲夜が言っている。
あの坊主も連れて」
うん? と思った。
長太郎はいつものように無表情だ。
だが、その目元が、唇の端が、僅かばかり強張っているように見えた。
なにか……厭な予感がする。
さっきの烏が群れになり、赤くなりはじめた空を吉原の方角に向かい飛んでいった。
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
佐々木小次郎と名乗った男は四度死んだふりをした
迷熊井 泥(Make my day)
歴史・時代
巌流島で武蔵と戦ったあの佐々木小次郎は剣聖伊藤一刀斎に剣を学び、徳川家のため幕府を脅かす海賊を粛清し、たった一人で島津と戦い、豊臣秀頼の捜索に人生を捧げた公儀隠密だった。孤独に生きた宮本武蔵を理解し最も慕ったのもじつはこの佐々木小次郎を名乗った男だった。任務のために巌流島での決闘を演じ通算四度も死んだふりをした実在した超人剣士の物語である。

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原
糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。
慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。
しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。
目指すは徳川家康の首級ただ一つ。
しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。
その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。
陸のくじら侍 -元禄の竜-
陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

一大事!
JUN
歴史・時代
国家老嫡男の秀克は、藩主御息女との祝言の話が決まる。なんの期待もなく義務感でそれを了承した秀克は、参勤交代について江戸へ行き、見聞を広めよと命じられた。着いた江戸では新しい剣友もでき、藩で起こった事件を巡るトラブルにも首を突っ込むことになるが、その過程で再会した子供の頃に淡い恋心を抱き合っていた幼馴染は、吉原で遊女になっていた。武家の義務としての婚姻と、藩を揺るがす事件の真相究明。秀克は、己の心にどう向き合うのか。
銀の帳(とばり)
麦倉樟美
歴史・時代
江戸の町。
北町奉行所の同心見習い・有賀(あるが)雅耶(まさや)は、偶然、正体不明の浪人と町娘を助ける。
娘はかつて別れた恋人だった。
その頃、市中では辻斬り事件が頻発しており…。
若い男女の心の綾、武家社会における身分違いの友情などを描く。
本格時代小説とは異なる、時代劇風小説です。
大昔の同人誌作品を大幅リメイクし、個人HPに掲載。今回それをさらにリメイクしています。
時代考証を頑張った部分、及ばなかった部分(…大半)、あえて完全に変えた部分があります。
家名や地名は架空のものを使用。
大昔は図書館に通って調べたりもしましたが、今は昔、今回のリメイクに関してはインターネット上の情報に頼りました。ただ、あまり深追いはしていません。
かつてのテレビ時代劇スペシャル(2時間枠)を楽しむような感覚で見ていただければ幸いです。
過去完結作品ですが、現在ラストを書き直し中(2024.6.16)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる