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第二章 覗き女
お仕置き部屋
しおりを挟む昼も夜もわからない部屋の中。
咲夜は初めて妓楼を訪れたときのことを思い出していた。
階段下で立ち尽くす自分は、足許に転がる姉の死体ではなく、階段上から見下ろす女に視線を奪われていた。
身内の死体よりも鮮烈な印象を与えるその女が吉原一の遊女なのだと誰に聞かなくてもわかった。
「わかっていたわ。
お前が来ることは」
その女、桧山は自分を見下ろし、そう言った。
後ろに立ち、同じように桧山を見上げていた隆次が自分の両肩に置いていた手に力を込める。
そのとき、咲夜は隆次が何故、自分を扇花屋に連れて来たのか察した。
彼は桧山に見せつけたかったのだ。
彼女の罪の証である階段下の霊と同じこの顔を。
何事もなかったかのような顔で、吉原一の遊女の座におさまった彼女に――。
「あら、お坊様。
また来たの。暇なの?
それとも、私を殺しに来たの?」
昼過ぎ、咲夜はそう笑いながら、階段下に居た那津の許へと下りていった。
左衛門も諦めたようで、あれから那津は普通に扇花屋に来ている。
「いいのか、ひょいひょい表に出てきて」
と顔をしかめた那津に言われた。
心配してくれているのだろうかな、口調はぶっきらぼうだが、と思い、ちょっと可笑しくなる。
「大丈夫。
この時間に客はほとんど来ないわ。
姉さんたちは、ほら」
と咲夜は親指で奥の座敷を示した。
小間物屋と貸本屋が同時に来たので、みな群がっているのだ。
ときどき、楽しげな笑い声が聞こえてくる。
そんな風にしていると、彼女らも普通の女だ。
普段は、こんな風に心から笑うことなどないのだろうが。
未だ客をとったことのない自分には想像もつかない苦悩が彼女らにはあるのだろう。
あの遣手が自分に無理やり客を取らせようとしたのも、わからないでもない。
苦界のなんたるかもわからない女が、この吉原でのうのうと生きているのが許せなかったのだろう。
「ねえ、桧山姉さんが私を殺したいのは、この顔の女にうろつかれると嫌なことを思い出すからなのかしら?」
いや、と那津は言った。
「恐らく違う理由だろう。
……それがなんなのか、まだ、わからないが」
那津はそう言いはしたが、思うところがあるようだった。
そのとき、上草履の音が近づいてきた。
誰か来たようだ。
那津もそちらを振り向いている。
私のことを知っている者ならいいんだが。
そうじゃなかったら……と咲夜が思ったとき、ひいいいっ、と悲鳴が聞こえた。
少し霊の見える禿が廊下の曲がり角に立っていた。
「花魁……っ。
幽霊花魁っ」
那津が、さっと自分と彼女の間に入り、彼女の視界を遮ってくれる。
その隙に咲夜はお仕置き部屋へと滑り込んだ。
「どうした。大丈夫か」
と禿に声をかける那津の声が聞こえてくる。
暗い。
お仕置き部屋の窓は木を打ちつけて塞いである。
だが、隙間からわずかに光が射し込んでいるので、なんとか部屋の中が見えた。
此処は罪を犯した遊女を閉じ込めるお仕置き部屋であると同時に、布団部屋でもある。
積み重ねてある布団に、やれやれと腰を下ろそうとしたとき、咲夜は気がついた。
今、腰を下ろそうとした布団の横に女がしゃがんでいることに。
髪を結うこともなく、振り乱した女が膝を抱え、ギョロギョロと目だけを動かしている。
お仕置きをされないか窺っているようだったが、こちらには気づいていないようだった。
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