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本日も猫町3番地は平和です
今日の猫町3番地
しおりを挟む「なに?
そんな危ない話をうちの店でしてたのか? 末太郎」
「聞いてなかったのか、お前はっ」
「珈琲淹れてるときは、珈琲に集中してるんだよ、わしは」
そう言いながら、喜三郎は窓際の席で、自分が淹れた珈琲を美味しくいただいていた。
今日は喜三郎がみんなの珈琲を淹れてくれたので、店内に漂う芳醇な香りにみんな大満足だった。
「あ~、やっぱり、いい香りですよね、喜三郎さんの珈琲」
やはり、餅は餅屋ですよ、とカウンターで笑う琳に、将生が、
「だから、お前はなに屋だ……」
とまた呟く。
まったりと温かい日差しの差し込む店内で、危険な話をつづける末太郎の声はカウンターまで響いてきていた。
「ともかく、わしは、お前に知られてしまった例の件を誰にももらされたくなかったんだっ。
特に、安達の奴にはっ」
……はは、とカウンターでカレーを食べていた安達刹那が、末太郎の方を見ないまま笑う。
――あの、ご隠居。
ここに、安達賢吾さんの息子さんが……。
「藤倉のジジイにも、もちろん知られたくないっ」
――それはもしや、小村さんちの偏屈ジジイこと、財界の影の大物、藤倉横道さんのことですかね?
お孫さんの小村真守さんは、今、外で子どもたちに引っ張り回されて、色つき鬼をさせられてますよ。
そんな店内と庭を眺めながら、琳は将生に言う。
「ここ、実は、なに話しても、日本政財界の大物に秘密がもれてしまう、危険な場所なんじゃないですかね?」
そのとき、白田が、ご隠居、と末太郎に呼びかけた。
「ともかく、もう、私に悪事を頼まないでください。
私は刑務所に入りたくはありません」
淡々とした部下の言葉に、長い間すまなかった、とご隠居は頭を下げたが、白田は言う。
「私は、あなたから離れた場所で過ごしたくはないし。
楽隠居もしたくない。
これからも、あなたに付き従い、常に危険と破滅がつきまとうようなピリピリした人生を送っていきたいです」
「……白田」
「なんか、すごい発言がもれ聞こえてますが。
皆様がこれからも仲良く過ごされそうなんで、とりあえず、よかったですね」
琳はそう言い、
「よかったか……?」
と将生に訊き返される。
「喜三郎。
わしも、ここに通っていいか?」
末太郎は、喜三郎にそう訊いていた。
「何故、わしに訊くんじゃ。
勝手に通えばいいだろう?
……だが、また余計なことをここでしゃべるなよ。
ぺらっとしゃべっておいて、後から、この喫茶店ごと爆破するとか言い出されても困るからな。
ここはわしらの憩いの場所なんじゃから」
その言葉に、末太郎は笑って言った。
「そんなことはせんよ。
ここには将来有望そうな、面白い人間が集まっておるからのう。
例えば、あの子なんか、大物になりそうじゃの」
末太郎はみんなが色つき鬼で駆け回っているのを冷静に眺めている龍哉を見て言う。
次に末太郎は振り返り、刹那を見た。
「あんたは、芯は強いが。
妙に小心者なところがあるから、気をつけろ」
計画が細かすぎて犯行を犯す前に疲れてしまいそうな犯罪者予備軍、刹那が言い当てられて驚く。
「あんたは……」
と末太郎は今度は将生を見た。
「誰よりも落ち着き払ってる風に見えて、意外に小物だな」
「……このジジイ。
いろいろとやましい過去があるようだから。
喜三郎さんを締め上げて吐かせるか……」
そう将生が小声で呟いたとき、末太郎が付け加えた。
「あんたのその小物ぶりと、嬢ちゃんの大物っぷりとで、ちょうどいいバランスがとれるだろう」
「……いい人だな、ご隠居」
打って変わってそんなことを言い出す将生に、ええっ? と琳が驚きながらも笑ったとき、末太郎と喜三郎が話し出した。
「なんだかんだ言って、わしがあんたを探し出したのは。
ほんとうは喧嘩別れした、あんたの珈琲を飲みたかっただけなのかもしれんな」
「喧嘩別れなんてしたか?」
そこで、白田が、
「喜三郎さんは聞いてらっしゃらなかったかもしれませんね。
ご隠居は、これで最後じゃ、とか、わあわあ言ってらっしゃいましたけど。
あのとき、喜三郎さんは野球中継を見てらっしゃったんで」
と言う。
「そういや、いつだったか、わしがテレビ見ている間に、カウンターに金が置いてあって。
それ以来、あんたら来てなかったな」
「古くて小さいテレビだったな。
懐かしいな、あの店」
「今は違う店になってましたね」
「そういや、あんたが通うせいで、暗殺者が店に来たこともあったな~」
三人は懐かしげに語り、笑っている。
「……暗殺者、この店にも来るようになりますかね?」
と琳が言い、
「もうすでにいろいろ来てるからいいんじゃないか?」
と喜三郎の珈琲を飲みながら、将生が言う。
猫町3番地は、新しい常連さんを迎えつつ――
今日も平和だ。
「不穏な習い事」完
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