お好み焼き屋さんのおとなりさん

菱沼あゆ

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おまけ

そこまでバラさなくていい……

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 夢を見た。

 唸り声を上げながら、怪獣が攻めてくる夢だ。

 子どものころ憧れたヒーローに変身するか。

 パソコンで怪獣をどう倒したら効率的か、調べるべきか、
と迷っているうちに目が覚めた。


 高秀は朝の光に目を覚す。

 狭い。
 なにもかもがすぐそこにあるこの感じ。

 自分の部屋ではない。

 そうだ。
 砂月の部屋だ、と思い、起き上がる。

 床に敷かれた布団。
 砂月の姿は隣にはない。

 砂月は冷蔵庫の前にしゃがみ、野菜室をゴソゴソやっている。

 こちらを振り向き、
「あ、おはようございます」
と照れながら笑いかけてきた。

 ……可愛い。

「おはよう。
 朝食か。

 手伝おうか」

 そう言いながら、高秀は思っていた。

 付き合いはじめは可愛く見えるというが。
 こんなにも可愛く見えていいものだろうか。

 心臓が止まりそうな笑顔だった、と。

 小さな窓から差し込む光の中、レタスを手に微笑む砂月に見惚れながらも、布団を片付け、砂月に料理の手伝いを申し出る。

「あ、いいですよ、先生。
 私がやりますから」

「二人でやった方が早いだろう。
 ああ……かえって効率悪いか?

 掃除でもしようか」

 あ、すみません、と言いながら、キッチンで不器用に野菜を切っている砂月の背を見る。

 二人で迎える朝は初めてではないが。

 まだなんか照れるな、と思いながら、高秀はコードレスの掃除機を手に言う。

「隣の人はまだ寝てるかな」
「お隣は空室ですよ」

 確か、飛翔のおばさんたちの家はここではない。

 左隣のうちのマンションは防音がしっかりしているから、掃除機かけても大丈夫か、と掃除をはじめる。

 軽く掃除機をかけて、片付けながら、高秀は言った。

「そうだ。
 今朝、何故か怪獣が唸り声を上げながら、街に迫ってくる夢を見たよ」

 あはは、そうなんですか、と砂月は笑う。

「いびきのようにも聞こえたが」
「ああ、じゃあ、私のいびきですかね」

 砂月は自らそう言い、ハムエッグと野菜を可愛く盛ったプレートを手に振り返った。

「……隣の部屋の人かも」
「空室です」

 そういえば、そう言ってたな……。

「きっと私のいびきです」

 ――言い切った!

「いやー、いつもじゃないんですけど。
 たまに鼻の調子が悪くて。

 アレルギー性鼻炎なんですよね~。

 隠しときたいところなんですけど。
 ……高秀先生に隠すことは不可能かなと思うので」
と砂月は照れる。

 いびきの話をしているのだが。

 この先、ずっと一緒ですよね、と砂月が言ったように脳内変換されたので、自分も照れる。

 ほんとうに付き合いはじめはなんでも可愛い。

 いや、きっと、こいつはこの先も、俺にとっては、ずっと可愛い!
と思いながら、

「紅茶、淹れようか」
と手伝いを申し出る。



 それより、一日くらい前。

 宮澤は真面目に仕事をしていた。

「ここ、急な転勤でお引っ越されて、ちょうど売りに出てるんですよ。

 素晴らしい住環境です。

 ……ちょっとお隣に問題がありますが」

 宮澤はにしきという大学生に、高秀のマンションの高層階の部屋を案内していた。

 海外から帰ってくる錦の両親が、新しくマンションを買いたいらしく。
 息子に部屋を探させているのだ。

 スマホのテレビ通話で母親も今、一緒に部屋を見学している。

「あら、いいじゃないの。
 ここにしなさいよ」

 ルーフバルコニーからの眺望をスマホの中から確認した母親が言う。

「そうだね」
と錦が言うと、母親は、あとは息子に任せたので、よろしくお願いしますね、と忙しげに言い、通話を打ち切った。

 この大学生ひとりなら、話は簡単に進むだろう、とやり手の宮澤はグイグイ話を進めようとしたが。

「ここでいいと思いますが。
 他のところもちょっと見てみたくて」
と錦は言い出す。

「でも、人気の物件ですので、すぐに埋まってしまいますよ」

「この不動産屋さんでもらったチラシの中に、リバーサイドヒルズガーデンってあったんですけど。

 ここのすぐ近くですよね?

 来る途中、リバーもヒルズもないなあと思ったんですけど。

 まあ、マンションとかの名前ってそんなもんですよね」
と錦は笑う。

 ……いや。
 それはマンションではない。

「親と久しぶりに同居して揉めたら、飛び出そうかなと思って。
 ワンルームのとこも見てみたいんですよ」

「……そうなんですか。
 私の担当ではないですが。

 よく知っているところなので、ちょっとご案内いたしましょう」
と宮澤は錦を連れて下りる。
 


「これがリバーです」
と宮澤は暗渠を指差した。

「ヒルズはあの辺りにあります」
とあさっての方向を指差す。

「はあ」

「ガーデンはこれで」
と飛翔のおばちゃんのマイガーデン、多肉植物を指差し、

「リバーサイドヒルズガーデンはここです」
とボロボロのお好み焼き屋の二階を指差した。

「素敵じゃないですかっ」
と錦は喜びの声を上げる。

 ……ん? 聞き違いかな?

「お好み焼き屋の二階だなんてっ」

 ……砂月さんと感性が似てるな。

 にゃん太郎がやってきた。

「可愛い猫がっ。
 やっぱり、ここ、素敵じゃないですかっ」

 いい人かもしれない……。

 二人で、しゃがみ、しばし、にゃん太郎をかまった。

 腹を出してぐるぐる言っている愛らしいにゃん太郎を見ながら、宮澤は言う。

「でも、いずれ、このアパートは立ち退き……

 いや。

 そうです。
 立ち退かせます」
と決意を新たにする。

「でも、まだしばらくはあるんでしょう?
 住んでみたいなあ」

「……家主のおばちゃんに訊いてみましょうか?」

 すみませーん、と宮澤はガラガラとガラス戸を開け、中に入っていくと、飛翔のおばちゃんに、ここの二階が気になる人がいると教えた。

「あー、じゃあ、ちょっと住んでみたら?
 二、三日」

 そんなことを言って、おばちゃんは豪快に笑う。

 うーむ。
 砂月さんの横に、こんな長身で可愛い顔をした若い男を住まわせるのはどうだろうか。

 だが、まあ、今、あの二人ラブラブだからな。

 隣に新たなイケメンが来たところで、なにも関係ないか、
と悔しいが、砂月の高秀への愛を認める。

 かくして、大学生、錦は空いている201号室に住んでみることとなった。

 それが昨日のことだ――。


 
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