冷たい舌

菱沼あゆ

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神降ろし

舞台のあとに――

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「あのねえ、お母さん!
 今日、おでんが食べたいんだけどっ」

 神楽の控え室代わりのテントに運ぶ道具を揃えるため、透子は右往左往していた。

 昼の後片付けをしていた潤子は呆れたように娘を見る。

「今日は、お刺身と散らし寿司よ。
 なんでこのくそ暑いのに、おでんなのよ」

 食べたいのー、と透子は廊下の方から叫んだ。

「お母さんのおでんが食べたいのー。
 ほら、舞台の後に、おいしいものがあると思うと、気も弾むじゃない」

「お前はいつも弾んでるだろうが」

 呆れたような声に透子は顔を上げる。

 和尚が立っていた。

「和尚、いいところに。これ持って」
と化粧道具一式が入ったケースをその腹に押しつける。

 おい、というのを聞かずに、
「えーっと、あと、何がいるんだったっけ」
と、うろうろし始める。

「お前、昔から緊張はしないみたいだけど、落ち着きがなくなるな」

 違うわ、うろうろしてると緊張しないのよ、と言いながら、物を捜して隣の部屋に行こうとすると、ぐっと和尚に腕を捕まれた。

「いいか。
 俺は絶対、忠尚を許さないからな。

 お前も同情して変に肩を持つな。
 余計腹が立つから」

 少しの溜めの後、頷いた透子は、自分たちを見つめる視線に気がついた。

 そちらに手を振って言う。

「いいところに、龍也。
 舞扇、何処にあったっけ」

「お前、さっきから聞いてりゃ、いいところに、ばっかじゃねえか。
 少しは自分で管理して持っていけ。ほら」
と気の利いた弟は既に持っていた扇を透子の手に投げた。

 昨日のことを訊きたいのだろうに、何も言わなかった。

「拝殿にあったぞ」
と素っ気なく付け加える。

 ごめん、ごめん、と透子は手を合わせると、もう一度、居間の方を振り向いた。

「お母さん、春日さんが来たら、御神楽の後、テントにどうぞって言っておいて。
 お父さんは?」

「もう、行ってるんじゃないの?」

 あ、そう、と言うと、透子は和尚の手を掴んで言った。

「ほら、もう行こう」

「なんで俺まで」
「それ持ってって欲しいんだろ」

 そんな溜息混じりの龍也の言葉に、透子は首を振る。

「そうじゃないの。
 一緒に舞いたいのよ」

「なにいっ!?」
 二人は同時に声を上げた。

「さっきお祖父ちゃんにはもう言ったわ。
 和尚、いいでしょ」

「なんでだ!?」

 まさしく、寝耳に水だった和尚は、叫ぶように問い返す。

 透子は顔つきを変えて言った。

「気持ちを切り替えるために必要だって言ったら、お祖父ちゃん、許してくれたわ」

「透子……」

 龍也はなんのことかわからずに、見つめ合う二人を見比べていた。

 でも、と尚も難色を示す和尚に、透子は表情を変えて意地悪く笑う。

「ああ、わかった。
 和尚、もしかして覚えてないんじゃない?」

「なにっ?」

「そっか。
 十年も前だもんね、忘れてて当然か」

 ははは、と高笑いすると、和尚は目に見えて、むっとした。

「ごめん、ごめん。
 じゃあ、来年にしよう。

 それまでに思い出しておいて」

 そう言って、くるりと向きを変えた透子の肩を掴んだものがあった。

「馬鹿にすんなよ。
 俺はお前じゃねえぞ」

 透子は、にっ、と笑った。

「やるんなら、一回通すぞ! 早く来いよ。
 ほんっとに、とろいんだから、お前はっ」

 辺りにまだ散らばる小物を蹴散らしかねない勢いで歩いていく和尚を指さし、透子は龍也を振り仰いで笑った。

 龍也は呆れたように、玄関先に消えていく和尚を見ながら呟いた。

「あいつ、実は結構チョロいな……」


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