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玖 安倍晴明の恩返し

森の中で不思議な人に出会いました

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「それで、なんか引っ込みがつかないまま、銀行強盗をやることになって。

 九時半に待ち合わせて、銀行強盗をすることにしたんです」

 そう男は語る。

 すごく軽い感じに銀行強盗がはじまろうとしていたようだが。

 なにかこう、酔った弾みだったので、全員が現実感がなかったんだろうなと冨樫は思った。

「でも、目が覚めて後悔しました」

 まあ、正気に戻ったら後悔するよな。

 たぶん、この人だけではなく。

 ほんとはみんな後悔していたのではないだろうか。

 全員が引っ込みがつかなくなっていただけで、と思っていたのだが。

 そんな冨樫に男は言った。

「――なにか知らない山の中で目覚めたので」

 後悔そっちか。

「じゃあなって別れたあと、どうやって、その山中までたどり着いたのかわからないんですけど。
 入った覚えのない山の見知らぬ巨木に寄りかかって寝てたんですよ、俺」

 そこで、あなたとそっくりな人に出会ったんです、と男は言った。

「その人気のない山の中に、いきなり人が現れたんです。
 ニコニコとして感じのいい人でした」

 いや、人気のない山の中に、いきなりニコニコして現れる人、怖くないか?

「その人は俺に訊いてきました。
 『こんなところでなにしてるの?』って」

 冨樫は心の中で、恐らく自分の父であろうその人物に向かい言う。

 ――いや、あんたこそ、なにしてんだよ。

「これから銀行強盗をしようかと思って、と俺は言いました。
 たぶん……止めて欲しかったんじゃないかなと思います」

 自らの当時の感情を思い出そうとするように男は小首を傾げながら、そう言った。

「俺はその人に強盗の計画を話しました。
 その人は、うんうん、と笑顔で頷きながら聞いてくれていたんですが。

 最後に、『まあ、やってみなよ』と言いました。

 『なんか成功しそうにないけど』って付け足してはいましたが」

 ……父よ。
 止めてやれ。

 父はおそらく刑事の勘で、これは上手くいかないだろうとわかっていたのだろう。

「仲間に腰抜けだと思われたくなかったら、引くに引けなかったんですが。

 ほんとのところ、俺はやりたくなかったから。

 ぐずぐずとその場でやめるための理由を言っていた気がします。

 今着てるこれは、お袋に誕生日に買ってもらった革ジャンだから、強盗に着て行きたくないとか。

 これで防犯カメラに映ったら俺だってわかるから嫌だとか。

 もう待ち合わせまで時間がないとか。

 そしたら、その人は、
『じゃあ、僕の服貸してあげるよ』と言って、服を交換してくれました」

 ……だから、父よ。
 止めてやれ。

「ああ、あの人に服返さなきゃ……」

 そう男は呟いた。


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