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肆 化け化けガム

冨樫の予言

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 秘書室の方からだな。
 なんだろ? 冨樫さん、と思いながら、壱花は秘書室と社長室をつなぐ戸を開けてみた。

「冨樫さん?
 どうかされました?」

 冨樫は自分のデスクの前に立ち、青ざめている。

 倫太郎が壱花の後ろから覗いて訊いた。
「どうした? 冨樫」

「い、いえ、なんでも……」
と言いかけた冨樫だったが、

「なんでもあります」
と言い直す。

 普段、ミスしたらすぐに言え。
 下手に隠そうとして、事態を大きくするな、と自らが言っているからだろう。

「実は、今度の会議につけていくピンバッジを落としてしまって……」

 ピンバッジ? と眉をひそめた倫太郎が、ああ、と言う。

「叔父貴がつけて来いってみんなに配ったやつな。
 いいよ、別に。

 急になんか思いついて作っただけだろ?
 取引先との付き合いで作っただけかもしれないしな」

 なくなったのは、倫太郎の叔父が、彼の会社で行われる会議の参加者に配ったピンバッジのようだった。

 倫太郎は思いつきで作ったものだろうから別にいいと言うが、常にキッチリしないと気が済まない冨樫は気になるようだった。

「じゃあ、俺の分つけてけよ。
 俺がつけてなくても誰もなにも言わないだろ?」

「いえ、そんな。
 社長の分をお借りするなんてできません。

 落としたのは確かなんで、今、ひっくり返して探してるんですが。
 魔法のように消えてしまって」

 そう言いながら、冨樫は壱花の方を見る。

「ま、魔法で探したりとかできませんよっ。
 私はしがないMac使いなんで」
と壱花は蕎麦屋の話を引きずったまま言ってしまい、

「莫迦め。
 ミスのことならお前だと思っただけだ」
と遠慮なく冨樫に罵られた。

 自分のミスなのに態度でかいなと思っていると、冨樫が神妙な顔で、
「すまん」
と謝罪してきた。

「冨樫さんに素直に謝られると不気味ですね~」

 苦笑いする壱花の後ろから倫太郎が言う。

「まあ、何処かにあるだろうから、暇なとき、適当に探しとけ」

 そのまま倫太郎は社長室に引き上げていった。

 閉まった扉の方を見ながら、冨樫が言う。

「社長はああおっしゃってくださるけど、そうもいかないな。
 部下が会議に必要なものをなくすとか、社長のメンツにも関わるじゃないか」

「……そうですねえ」

 倫太郎は軽く言っていたが、冨樫が気にしないように言っている可能性もある。

 壱花は考えてみた。

「そうだ。
 スカーフでもやってたらいいんじゃないですか?
 ピンバッジつける辺りが見えないように」

「待て。
 お前じゃないんだ。

 スーツの上にスカーフとかおかしいだろう」

「じゃ、こう、さりげない感じを装って、ネクタイを風になびかせてみるとか」

「ずっとか。
 しかも、どんな突風でネクタイ、スーツから飛び出して風になびいてる設定なんだ」

 野外か、と言われる。

 野外の会議、気持ちよさそうだがな、と思いながら壱花は言った。

「いや、室内でも空調が壊れることがあるかもしれませんよ。

 そうだ。
 私が忍び込んで、空調いじりましょう。

 暖房が強ければいいんですよ。
 ものすごく暑くしたら、みんな上着脱ぐじゃないですか」

「北風と太陽か……」

「暖房の風量も上げたら、ネクタイもはためくかもしれません」

「……その会議は中止になるだろう」
と冨樫が予言する。

「っていうか、お前が忍び込んで、そんな操作してるのがバレて捕まったら、俺がピンバッジなくした以上の不祥事だろ?」

「そうですよ、冨樫さん。
 だから、ピンバッジなくしたなんて、たいしたことじゃないんですよ。

 いや、会議によってはたいしたことかもしれませんけど。
 今回は社長が大丈夫とおっしゃってるんですから」
と壱花は冨樫を慰めてみる。

 そうか? と冨樫は半信半疑な感じの返事をしたあとで、

「まあ、それにしても、お前は次から次へといろいろと思いつくな。

 ミスして叱られてるときも、ああしとけばよかった、こうしとけばよかったとか妄想して聞いてないんだろう」
と言ってくる。

 いや……だから、なんでまた私が叱られてるんですかね、と思ったのが伝わったようで、冨樫は、

「すまん」
とふたたび謝ってきた。

「私も探しますよ、冨樫さん」

「いや、いい。
 お前は自分の仕事をしろ」
と言う冨樫が元気がないように見えて、

「あんまり気にしない方がいいですよ。
 そういうときは、ミスを連鎖して起こしやすいんで」
と言ってみた。

「ありがとう、風花。
 ミスの女王なお前が言うと説得力があるな。

 肝に命じておくよ」

 ……だから、なんで礼を言いながら、微妙にディスってくるんですかね?

 しかも、私、実はそんなにミスしてませんからね。

 イメーシで語らないでくださいよ、と思いながら、壱花は仕事に戻ったが。

 冨樫の言う通り、やはり、壱花はミスの女王だったのか、その予言は的中する。
 

 
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