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壱 江戸すごろく

あやかし通りの駄菓子屋

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 なにか強烈に甘いものがいる、と思いながら、壱花いちかは夜のオフィス街を歩いていた。

 ちょっと美味しいものを食べたり、お風呂をいい香りのシャボンであわあわにしたくらいでは、この仕事の疲れはいやせない。

 このまま仕事を続けるには、なにかうるおいがいるっ!

 そう壱花は思っていた。

 今日の昼休み、会社の化粧室で前髪に白髪を一本見つけ、思わず、
「しんちゃん、わたし、会社辞めるね」
と呟いて、可愛い後輩を、ええっ!? と驚かせてしまったことだし。

 このままでは、周囲にも迷惑をかけてしまう。

 なにか心癒される甘いものとかないだろうか、と壱花は考える。

 温かい紅茶とかも飲みたいなあ。

 買ったばかりの可愛い藤色のコートの前をかき合わせ、壱花はいつもの帰り道を早足に歩く。

 このコート、前を開けている方が可愛いので、閉めないでいるのだが、やはり開けたままでは夜風が身に染みる。

 お洒落は我慢というが、我慢できない年になってきたとしみじみ思っていた。

 だが、実は壱花がコートの前を閉めない理由はもうひとつあった。

 最近、ちょっと太った気がするので、スリムなこのコートの前を閉めると、ちょっと苦しいのだ。

 だが、とりあえず、その事実を記憶から消し去っても、今は甘いものが食べたいっ。

 ついでに、ここがポイントなのだが、『人がいれてくれた』温かい紅茶も飲んで、ほっこりしたい。

 壱花の頭の中に浮かんでいたのは、休みの日に友人と行った店の英国式アフタヌーンティーセットだったのだが。

 このままいつものように直進してバス停に向かうのが嫌で、なんとなく曲がった路地の先に見えたのは小さな商店だった。

 ビルの横、公園の手前に唐突に現れた灯り。

 赤い提灯がさがっているので、飲み屋のようにも見えるが、駄菓子屋のようだった。

 色とりどりのお菓子が店先に並び、天井から玩具の銃やおめん、アーチェリーなどがぶら下がっている。

 へえ。
 最近は箱買いしてくれるサラリーマンのために、夜も駄菓子屋さんが開いてるって、ほんとだったんだな、と思いながら、覗いてみる。

 おや、あそこにスーツを着た背の高い男の人が。

 ずいぶんといいスーツのようだが、こんな人も来るんだな、と思いながら、壱花は店の奥にいるその男を眺めた。

 男はこちらに背を向け、壁際の天井からぶら下がっている紐にスーパーボールのクジをぶら下げている。

 その様子に、

 ん?
 お客さんじゃない?
と気づいたとき、

「いらっしゃい」
と人の気配を感じてか、スーツの男が振り向いた。

 顔にはキツネの面をかけている。

 ひっ、と思った壱花だったが、

 まあ、駄菓子屋だしな。
 クリスマスにサンタがいるのと変わりないだろうと気をとり直した。

 キツネ面の男がレジの向こうの丸椅子に座ったので、壱花はゆっくり店内を眺めてみることにした。

 なにか買いたいんだけど。
 駄菓子屋って意外に硬いのが多いんだよなー。

 まあ、なんでもバリバリいける子どもが対象だもんなー。

 また歯を折って治療に行くの嫌だし、と噛みごたえのあるイカを諦め、色鮮やかな大根の漬物を諦め、串刺しのカステラと甘辛い手羽先を手にレジに行く。

 帰って、これで一杯やろう。

 ビールは売ってないかな、と小さな冷蔵のショーケースを眺めたが、そこにあるのは毒々しい色のジュースとラムネ。

 それにお子様ビールだけだった。

 ……サラリーマン向けなら、普通のビールも置いたらいいのに、と思いながら、お金を払おうとした。

 だが、キツネの男はなかなか値段を言わない。

 少し咳払いすると、
「百六十一円です」
とすっとんきょうな声で言ってきた。

「あ、はい」
とちょっとビビりながらも、壱花は小銭を探す。

 だが、最近のキャッシュレス流行ばやりであまり小銭を出すことのない壱花はもたついた。

「あ」
と小銭を落としてしまう。

 ちょっと溜息をついたキツネの男が転がって行った十円玉を拾ってくれた。

 その瞬間、天井から、にょろん、と細長い手のようなものが伸びて、キツネの面の後ろの細いゴムに触れる。

 ん? と思った瞬間、男が顔を上げた。

 客商売にしては無愛想に、無言で男が金を差し出した瞬間、カシャンッと足元のコンクリートにプラスチックの面が落ちていた。

「社長っ」

 壱花の会社の社長水無月倫太郎みなづき りんたろうが十円玉を手に、渋い顔をして立っていた。

風花壱花かざはな いちか……」
と顔だけなら申し分ない男、倫太郎が壱花の名を呼ぶ。




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