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あなたのことだけわかりません

刀のサビにしてくれよう

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 ……しまった。
 余計なことを言ってしまった。

 行正の横から絵を覗き込んでいた咲子は固まる。

 なんでもできる行正さんの絵を罵ってしまった。

 そこのサーベルで斬られるだろうか、と行正に訊かれたら、

「いや、無礼があるたびに、お前を斬っていたら、お前はすでにザクザクに斬り殺されている」
と言われそうなことを思う。

 このサーベル。

 サーベルなのは見た目だけで、中身は日本刀なので、すっぱりよく斬れる。

 行正はチラとこちらを窺って言った。

「俺は絵は苦手なんだ」

「そっ、そうなのですかっ。
 行正さんにも苦手なものとかあるのですねっ」

 いつ殺られるかと警戒しながら、咲子は慌てて言う。

「で、でもあのっ。
 ちょっと苦手なものがあるのって、人間らしいというか。

 お可愛らしくていいと思いますっ」

 そう言ったあとで、ハッとする。

 行正さんに、お可愛らしいとか言ってしまいましたよっ。

 案の定、行正はギロリとこちらを睨んでくる。

「……他の奴が言ったら、刀のサビにしてくれるところだが」

 つ、妻なので、許していただけるのでしょうか。

 ちょっと嬉しいような。

 お試し婚が終わって、妻でなくなったそのときに。

 キンコーン、と呼び鈴鳴らして訪ねてきた行正さんに斬り殺されるのでしょうか。

 そんなことを考えて怯えたその瞬間、ユキ子が機嫌のいい声で言ってきた。

「旦那さま、奥さまーっ。
 清六さんが戻られましたよーっ」

 怪我が治り、清六が戻ってきたようだ。

 庭を見ると、女中たちが清六を取り囲み、盛り上がっている。

 咲子も窓際に寄り、相変わらず精悍な清六の横顔を見つめ、微笑んだ。

「よかった。
 思ったより、早く良くなられたみたいで」

 だが、横に立つ行正は、

「……清六。
 刀のサビにしてくれる」
と清六を見据え、呟いている。

 何故ですかっ。
 清六さん、帰ってきただけですよっ。
 


 その夜、咲子は夢を見た。

 お試し婚が終わってしまい、実家に帰った咲子のもとを、深夜、行正が、キンコーン、と訪ねてくるのだ。

 夢なので、玄関扉にはまっている大きなアーチ型のステンドグラスの向こうまで見えるのだが。

 そこで呼び鈴を押す行正の手には刀があり。

 その刀には、すでに清六の血がベッタリとついていた。

 キンコーンとまた呼び鈴が鳴る。

 無表情すぎる行正さんが怖いっ、と扉の内側で震えるところで、目が覚めた。


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