上 下
76 / 77
第三話 雪柳

11-2

しおりを挟む
 その日、彼は慌ただしく帰っていった。ずいぶん休んでいたから、軍での仕事が溜まっているという。きっと忙しいさなかに、無理して時間を作ってくれたんだろう。
 そしてその後、俺は鶴天佑に呼ばれた。いつもの彼の部屋のテーブルに着くと、彼はこれ以上くらいないくらいに眉を下げて俺を見た。
「……お前……程将軍に、恋しちまったのか……」
 ……声優をやっていた頃でも、こんなこと言われたことなかったのに。職場で恋をとがめられる日が来ようとは。
「すみません……」
 頭を下げて言うと、彼は「いや」と言って首を横に振った。
「ここではよくあることだが。……しかしどうするかな……」
 うーん、と顎に手をやる。そして、ふと顔を上げ、真顔になった。
「実はお前には、他の子と違って、うちに負債はない」
 ずばりと言われて、驚いた。そういえば鶴天佑に、借金について言われたことはない。もともと俺は母親に言われてここにきただけだし、ちゃんと給料ももらっていたし。
「他の男妓たちは、うちが先に対価を払っていることが多い。だから年季が明けるか、負債を返し終わるまでここから出ることはできないんだ。しかしお前は違う」
 鶴天佑は俺の肩に手を置いて言った。
「お前の母さんはな、お前をここで一人前にしてくれと書き残していた。そして……お前に宿る、母さんの力が発現したときは、守ってやってほしい、と」
 どきりとした。俺に宿る力とは、あのひよこのことだろう。
「詳しいことはわからないが、お前の力は、占術にかかわるものだという。どうなっている? 何かあったか?」
 聞かれて、首を横に振った。ひよこのことは、なんとなく言わない方がいい気がしたからだ。
「……いえ、まだ」
「……そうか。俺はお前の母さんと約束したつもりだ。だからお前をここで守ってやりたい。だが……」
 鶴天佑は目線を落とした。彼の苦悩はよくわかる。思いやり深い彼には、ひよこのことはいずれ改めて伝えようと思う。
「この仕事は、お客に恋をすると辛いことが多いんだ。割り切るか、心に秘めるか、やめるか。どれかにしないと続かない。ほとんどの子にはやめるという選択肢はないから、客は客だと割り切るように教育しているんだが……」
 ……彼はいい上司なんだろうと思う。無理に向いてない道を続けさせることは、本人にとっても会社にとってもメリットはないからだ。けれど。
「病気療養中だった姐さんにはいくばくかの金は貸したが、そんなのは見舞金程度だ。だから……ここを出たいなら、言ってもいいんだぞ。程将軍に請け出してもらえるならそれもいいし、ひとりで暮らしたいというなら、当面の面倒は見てやる」
 いいひとだ。けれど妓楼のあるじとしては、甘すぎはしないだろうか、とも思う。
「鶴さん……僕は」
 大きく息を呑んで、鶴天佑を見つめた。
「僕は、ここにいたいです」
 彼は大きく目を見開いて、俺を見た。
「僕は……外に出ても何もできません。ひとりでは生きていけないと思います。程将軍に請け出してもらう、っていうのは、現実的じゃありません。一時の感情で……人生を左右する決断をして頂くのは、僕にとっても重すぎるので」
「……雪柳」
 鶴天佑はたまげた、という顔で俺を見ている。俺は笑顔を作って言った。
「程将軍は、僕がここの男妓だってわかってて、それでも好きだと言ってくださいました。男妓は……お客さんに恋をしてもらうのが、仕事でしょ?」
「いや、まあそうだが。そうはいってもだな……」
 動揺しているのか、手元の茶碗を手に取って口に当てる。ちなみにそれにはもう何も入っていないことは知っている。
「お願いします。……僕は、この世界で生きていけるだけの力を手に入れたい。誰かに頼るんじゃなくて、自分の力で稼いで、生きていけるようになりたい。もし男妓として稼げなくても、べつのことを捜して、鶴さんに還元できるように頑張ります。だから……ここにいさせてください」
 都合のいいことを言っているのは分かっている。男妓にならないなら彼が俺をここに置いておく理由はないだろう。だけどここにいたいのだ。ここが、俺の居場所になってしまったから。
「うーん……。孵化は、どうするんだ? お前はこのままだと、いずれ孵化を迎える。程将軍のほかにも、相手をしなければならない。それでもいいのか?」
 ごくりと息を呑む。孵化は……男妓として生きるためには避けられないことだ。俺がそれまでに何も成せなかったら、腹をくくって男妓として生きつつ、できることを探すしかない。
「……はい。がんばります……」
「そうか。……よかった。正直、俺はお前が好きだ。だからここにいてほしい」
 ぽん、と肩を叩かれた。もちろん親愛の「好き」だが、心がほっこりと温かくなる。
「はい。僕もここが好きです。ここのみんなが」
 笑ってみせると、鶴天佑もほっとしたように笑い返してくれた。
 これからどうなるかわからないけど、今できる最善の選択だと思った。




============================
ここまでお読みいただいてありがとうございます。
次回、最終回となります。最後までお付き合い頂けると嬉しいです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

チート魔王はつまらない。

碧月 晶
BL
お人好し真面目勇者×やる気皆無のチート魔王 ─────────── ~あらすじ~ 優秀過ぎて毎日をつまらなく生きてきた雨(アメ)は卒業を目前に控えた高校三年の冬、突然異世界に召喚された。 その世界は勇者、魔王、魔法、魔族に魔物やモンスターが普通に存在する異世界ファンタジーRPGっぽい要素が盛り沢山な世界だった。 そんな世界にやって来たアメは、実は自分は数十年前勇者に敗れた先代魔王の息子だと聞かされる。 しかし取りあえず魔王になってみたものの、アメのつまらない日常は変わらなかった。 そんな日々を送っていたある日、やって来た勇者がアメに言った言葉とは──? ─────────── 何だかんだで様々な事件(クエスト)をチートな魔王の力で(ちょいちょい腹黒もはさみながら)勇者と攻略していくお話(*´▽`*) 最終的にいちゃいちゃゴールデンコンビ?いやカップルにしたいなと思ってます( ´艸`) ※BLove様でも掲載中の作品です。 ※感想、質問大歓迎です!!

友達が僕の股間を枕にしてくるので困る

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
僕の股間枕、キンタマクラ。なんか人をダメにする枕で気持ちいいらしい。

勇者の股間触ったらエライことになった

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。 町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。 オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。

異世界に転移したショタは森でスローライフ中

ミクリ21
BL
異世界に転移した小学生のヤマト。 ヤマトに一目惚れした森の主のハーメルンは、ヤマトを溺愛して求愛しての毎日です。 仲良しの二人のほのぼのストーリーです。

孤独な蝶は仮面を被る

緋影 ナヅキ
BL
   とある街の山の中に建っている、小中高一貫である全寮制男子校、華織学園(かしきのがくえん)─通称:“王道学園”。  全学園生徒の憧れの的である生徒会役員は、全員容姿や頭脳が飛び抜けて良く、運動力や芸術力等の他の能力にも優れていた。また、とても個性豊かであったが、役員仲は比較的良好だった。  さて、そんな生徒会役員のうちの1人である、会計の水無月真琴。  彼は己の本質を隠しながらも、他のメンバーと各々仕事をこなし、極々平穏に、楽しく日々を過ごしていた。  あの日、例の不思議な転入生が来るまでは… ーーーーーーーーー  作者は執筆初心者なので、おかしくなったりするかもしれませんが、温かく見守って(?)くれると嬉しいです。  学生のため、ストック残量状況によっては土曜更新が出来ないことがあるかもしれません。ご了承下さい。  所々シリアス&コメディ(?)風味有り *表紙は、我が妹である あくす(Twitter名) に描いてもらった真琴です。かわいい *多少内容を修正しました。2023/07/05 *お気に入り数200突破!!有難う御座います!2023/08/25 *エブリスタでも投稿し始めました。アルファポリス先行です。2023/03/20

【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません

八神紫音
BL
 やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。  そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。

敵国軍人に惚れられたんだけど、女装がばれたらやばい。

水瀬かずか
BL
ルカは、革命軍を支援していた父親が軍に捕まったせいで、軍から逃亡・潜伏中だった。 どうやって潜伏するかって? 女装である。 そしたら女装が美人過ぎて、イケオジの大佐にめちゃくちゃ口説かれるはめになった。 これってさぁ……、女装がバレたら、ヤバくない……? ムーンライトノベルズさまにて公開中の物の加筆修正版(ただし性行為抜き)です。 表紙にR18表記がされていますが、作品はR15です。 illustration 吉杜玖美さま

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

処理中です...