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第二話 紅梅

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 洸永遼は、別れ際、明日俺を指名した、と言い置いて去っていった。そのために鶴汀楼にきたところだったのだと。しかし今は、彼と共通の話題があるので心は重くない。山査子飴のために胃は重いけど……。結局無理してぜんぶ食べたが、今度は洸永遼にも手伝ってもらおう。一応食べるか聞いたが、彼はいらないと言って、茶ばかり飲んでいたのだ。
 妓楼に戻れば、午後の仕事の始まりだ。昼食は食べ損ねたものの、山査子飴が腹にたまっているので問題ない。しかもここの夕食の時間はとても早いのでさらに問題ない。
 いつものように慌ただしく、すべての仕事を終えたあと、部屋に戻った。午前の仕事がないだけで随分楽だが、それでも一日が終わるとへとへとだ。
 しかし短くても自由時間は嬉しい。そして今日は秋櫻の誕生日でもある。
「雪柳~! 皐月兄さんが、一緒に街で夕飯を食べよう、って!」
 部屋に戻ると、秋櫻が笑顔満開で言った。
「うん! あ、秋櫻、ちょっと待って」
 皐月のいる場所で誕プレを渡すと、もし皐月がプレゼントを持っていなかったときに気まずいだろう。だから先に渡しておくことにした。
 戸棚の上の段から箱を取り出す。そして秋櫻に渡した。すると秋櫻は大きな目をさらに真ん丸にして俺を見た。
「贈り物なんて……いいのに。開けていい?」
 うん、と頷くと、秋櫻は箱を開けた。そして「うわあ」と顔を輝かせる。
「鏡……。すごい、かわいい。お花が」
 鏡の裏の彫り物を指で撫でながら言う。
「その花、秋櫻にぴったりだなって。どうしても君にあげたくて」
 すると秋櫻は俯いた。そして顔を上げたとき、その大きな目は潤んでいた。
「ありがとう、雪柳。すごくすごく、嬉しい。僕……ここにきて、こんなに嬉しいことがあるなんて、思いもしなかった……」
 じわ、涙の膜はふくらんで、ぽろりとひとしずく、白いほほに零れ落ちる。すごくきれいだと思った。
「ずっとずっと、大切にするね」
 思わず俺の目がしらも熱くなる。こんなに喜んでくれるなんて。
「……うん。俺も、うれしい」
 思わず、その肩を抱き締めた。しかし次の瞬間はっとして、照れ隠しで秋櫻の肩をぽんぽんと叩いた。
「さ、皐月兄さんのところに行こう! おいしいもの食べて祝おう!」
「うん」
 秋櫻は涙を拭って笑った。
「ありがとう。……最高の、誕生日だよ」

 秋櫻の誕生日祝いは、前に真波さんにおごってもらった刀削麺屋さんで行った。皐月はそこの代金を全額奢ってくれた。それが贈り物代わりだったみたいだ。
 秋櫻は俺が鏡をプレゼントした話を嬉しそうに話して、持っていたそれを皐月に見せていた。結局皐月に内緒にはできなかったけど、喜んでくれているのがわかって嬉しかった。
 そして翌日は、洸永遼の指名の日だった。指名がある日は着付けと化粧に時間がかかるため、いつもよりも慌ただしい。またもや鈴蘭担当の髪結さんに仕上げてもらって、俺は部屋で彼を待った。
 俺が使うのは、皐月が使うはずだった部屋だ。なので鈴蘭兄さんの部屋より狭い。具体的には……ベッドが近くて、衝立を外せば即寝台!みたいな感じだ。ちょっと気まずい。そして音楽を奏でる兄さんたちもいない、二人っきりのスタートに緊張してしまう。
「やあ、こんばんは」
 扉が開き、洸永遼が現れた。いつものようにエキゾチックな香のかおりがする。部屋には早速酒と料理が運ばれて、丸テーブルの上はたちまちにぎやかになる。
「やっと会えたね」
 ……低音の口説き文句にももう慣れた。正直、常に甘い言葉を囁く男より、ここぞというときに一言かます男の方がモテると思うぞ。って別に俺に言われたくないだろうけど。
「洸さんとはよく会ってると思いますけどね」
 と言うと、彼は手を伸ばして俺の頬に触れながら言う。
「かわいい子は見飽きることなどないからね」
 はーっ、話が進まないからちょっと黙ってて! 俺は黙って酒を注ぎ、とん、と彼の前に置いた。
「さ、どうぞお召し上がりください!」
 そして食事が始まった。鈴蘭兄さんの真似をして、彼が飲むのを見つめながら茶ばかりを飲んでいると、彼は不思議そうに首を傾げて「食べないのか?」と言った。
「いえ……。お客様の前ではあまり……」
 正直に言うと、彼はぷっと吹き出した。
「なんだそんなことか。君の食べっぷりは見ていて楽しい。食べていいよ」
 ……やった! たちまち嬉しくなって笑うと、彼はおかしそうに笑った。
「君を落とすには美食が必須だね」
「はい!」
 ……違いない。そうして和やかに食事を終えて……。俺は気になっていたことを彼に聞いた。
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