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第二話 紅梅

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 昼の大通りは人もそう多くはないが、見知らぬ男妓らしき姿もちらほら見える。兄さんたちの自由時間はまさに今で、外出することもできるのだ。
 店の軒先で肉を焼くいい匂いを吸い込みながら、考えてみた。
 さっき見た白陶嘉の表情。白梅の菓子。
 春嵐兄さんによると、大禍の前に、「紅梅」を祭りの目玉にしようとしていた時期があったという。その頃、白陶嘉はあの菓子の、紅梅バージョンを作っていたのではないか。
 菓子作りには材料が必要だ。洸永遼の家の商売がどのようなものか詳しくは分からないが、おそらく商社的な仕事だと思う。この町のほとんどと取引があると言っていたから、白点心舗とも付き合いがあったのではないだろうか。
 もしかすると、洸永遼の父親が残した押し花は……。

 そんなことを考えるうちに、妓楼に帰りついた。楼門の中に入ろうとしたとき、声をかけられた。
「雪柳」
 振り向くと……洸永遼だった。……絶対ストーキングしてるだろ!と思うが、まあ俺の帰る場所はここしかないし。……てか暇か。暇なのか。
「ちょうど鶴さんに会いに来たところだったんだ。また会うとはね」
 さらりと策略ではないことを匂わせるが、絶対嘘だ。でも今日に限ってはちょうどいい。俺から洸さんに連絡することはできないから。
「あの、ちょっとお話があるんですけど、お茶でも飲みませんか」
「お? 君からのお誘い? 積極的だなあ」
 ……イラっとしたがとりあえず腕を引っ張って歩き、前に茶を飲んだ山査子飴の茶店を目指す。
 店に入り、腰を落ち着けると、洸永遼はニコニコしながら「飴、食べる?」と聞いてきた。なんだか悔しいが食べたい。素直に頷くと、飴と茶が運ばれてきた。仕方ない、山査子飴は美味いのだ。
「はい、あーん」
 早速俺に食べさせようとする洸永遼を制して、「あの! 『紅梅』のことですけど!」と言った。洸永遼はつまんだ山査子飴をそのまま自分の口に入れて、「うん」と頷く。俺は自分の考えを懸命にまとめながら、彼に話をすることにした。
「もしかしたらですけど。『紅梅』は菓子の名前かもしれません。そしてそれを作ったひとのことを、お父さんは『紅梅』と呼んだのではと」
「……菓子?」
 洸永遼は不思議そうに俺を見た。僅かに緊張しながら、頷く。
「大禍の前は、花祭りといえば梅だったそうですね。そして、鶴汀楼の伝説の男妓の『紅梅』を使って、祭りを盛り上げる企画があったそうなんです。姿絵を公開したり、その模写を作ったりもしたとか。結局、大禍が起こって実施されなかったそうですが」
「へえ。さすがに俺は記憶にないな。で?」
 促され、こくりとつばを飲み込んでから、言った。
「……はい。その祭りの為に作られた菓子が『紅梅』だったのではと思うんです」
 すると洸永遼は口元に手を当てて、じっと俺を見つめた。
「……その菓子とは、どんな?」
「これです」
 俺は箱を取り出して開いた。落雁の包みを取り出し、開いてみせる。洸永遼はのぞきこむようにしてそれを見て、驚いたように言った。
「これは……」
 花びらが六枚の、白梅。
「……『白梅』というお菓子です。これの赤いものが『紅梅』じゃないかと思ったんです。お父さんは、この菓子の制作にかかわっていたんじゃないかなって。六弁の梅って、珍しくて縁起がいいんですってね。もしかして、お父さんが残した押し花は、六弁じゃありませんでしたか?」
 目を合わせて聞くと、洸永遼はぐっと唇をかみしめた。
「たぶん……そうだったと、思う」
 やった! 俺は思わず飛び上がりそうになった。これは、偶然にしてはできすぎている、気がする。
「じゃあ、その押し花が菓子のモデル……原型かもしれません!」
「ああ。可能性はあるな」
「ですよね。そして、そのお菓子を作った職人のことを、お父さんは『紅梅』と呼んだんじゃないでしょうか」
「……その職人の名前は?」
 洸永遼が真剣な目で聞く。真面目にしているとやはり俳優みたいなイケメンで、目力が強い。ひそかに唾を呑み込んでから答えた。
「……白点心舗の主、白淘嘉(はくとうか)さんです」
「……聞いたことがある気がする」
 洸永遼は記憶を辿るように遠くを見つめ、首を振った。
「……だめだ、思い出せない。だが、もし20年前にその男と取引があったなら、当時の帳面には残っているはずだな。調べてみる」
「はい。お願いします」
 頷くと、洸永遼は眩しげに目を細めて、俺を見た。
「君は……すごいな。想像以上だ」
 ほめられた! なんだか嬉しくて笑うと、洸永遼も笑った。そして、串から飴をひとつ抜いて、俺の口もとに差し出す。
「……よく調べてくれた。またこれで悪いけど」
「十分です」
 甘い匂いに逆らえず、素直に口にいれた。あーんというやつだ、すこし気まずい。すると洸永遼はその指をそのまま自分の口にいれ、ぺろりと舐めた。
「……甘いな。お礼に、ぜんぶ、こうやって食べさせてあげようか」
「……え、遠慮します!」
 俺は飴の串を確保し、彼の手を借りることなく食べきったのだった。
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