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第二話 紅梅
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その夜も、俺は彼の腕の中で眠った。彼の香りはやはりとても心地よく、俺はすごく安らいで。けれど彼と俺の関係は客と男妓で、友達ですらない。そもそもこの世界に来るまで、同年代の男性に抱きしめられてこんな想いになるなんて思いもしなかった。やはり俺の器である楊史琉の人格が影響しているのかもしれない。
翌朝、真波さんを見送るときは、すこし寂しい気持ちがした。次いつ会えるかは彼の気分次第だ。また来てほしい、そう言いたかったが、彼の負担になりそうで言えなかった。
「お仕事、がんばってくださいね」
そう言うと、彼はふわりと微笑んで、ぽんと頭を撫でてくれた。
「君も」
はい、と頷く。しかし彼を見送ったあとは、俺は昼までお休みなのだった。なんかすみません。
朝食のあと、俺は早速「紅梅」を探しに行くことにした。まずは劉さんの店に行き、落雁の入手先を聞く。美味しかったので買いに行きたい、というと、劉さんは喜んで教えてくれた。古くからの知り合いの店だそうで、新規開店の宣伝の役に立てばと、お菓子を客に配っているらしい。いいひとだ。
街の入口の門のすぐそばに、その店はあった。看板はまだ新しく、「白点心舗」と彫られていた。店の間口は広くはなく、中に入ると6畳程のスペースに陳列棚があり、その向こうに男性店員がいた。店員の後ろにも商品を置いておく棚があって、その隣に扉がある。厨房への扉だろうか。
迷う振りをして、陳列棚の上を見た。もちろんガラスなどはない。いろんな種類の饅頭や飴らしきもの、そしてあの白梅の落雁。その前には、まさに「白梅」と書かれた木札が置かれていた。商品は1つずつと、箱入りとを見本として置いてあるようで、ここで欲しい品物を選び伝えると、後ろの棚から取って貰えるようだ。
「どれもおいしそうですねえ」
昨日の分の給金ももらったので俺は無敵だ、たぶん。
「じゃあ、これを……」
とりあえず白梅の落雁を5つ買った。今度こそ皆で食べよう、結局昨日は真波さんと食べてしまったので。
「あの……店長さんはいらっしゃいますか?」
この若者は20年前のことは知らないだろう。なので店長を呼んでもらうことにした。
「劉さんのお店でここのお菓子を頂いて。とてもおいしかったので、御礼を言いたくて」
すると若い店員は愛想よく笑って、奧に引っ込み、店長を連れてきてくれた。
「ようこそお越しくださいました。白淘嘉と申します」
店長は40代くらいに見える男だった。頭を頭巾のようなものですっきりまとめていて、作務衣のような上下の短い服を着ている。
「こんにちは。僕は鶴汀楼の雪柳と申します」
「劉珠宝店のご紹介だそうで。ありがとうございます」
柔和なほほえみ。顔だちは整っていて、とても清潔感がある。菓子店の店長だとふっくらしそうなものだが、どちらかというと痩せぎすだ。
「あっ、はい。あの、このお菓子を頂いて。美味しかったのでもう一つ買いたいなって!」
買ったばかりの箱を見せると、白さんはにっこりと微笑んだ。
「ありがとうございます。以後ごひいきいただけますと幸いです」
つられてぺこりと頭を下げる。そして切り込むことにした。
「あの。これって紅梅はないんですか? 白梅があるなら紅梅もあるかなと思ったんですけど、ないみたいで」
すると白さんはすこし困ったように眉をひそめた。そして「……いえ」と首を横に振る。
「これは白梅のみでございます。紅梅は……ありません」
「そうですか……残念だな」
しかしここで引き下がるわけにはいかない。俺はさらに言い募った。
「あの! 紅梅ってお菓子、他に知りませんか? 僕、鶴汀楼で働いているんですけど、紅梅って男妓に憧れていて。お菓子を食べたらすこしでも近付けるんじゃないかなーって思って!」
苦しい! 苦しいぞ! しかし何かしら引き出さないと帰れない。
「……紅梅は……ありません。申し訳ありません」
その瞬間。白さんはひどく苦しそうな顔をした。そして拱手とともに頭を下げる。
「……仕込みがありますので、失礼します。またどうぞよろしくお願いします」
すぐさま踵を返し、店の奥に入っていった。
「すみません……店長、日頃はあまり店頭に出てこないもので、慣れていなくて」
後ろにいた若い店員が慌てて謝る。いえいえ、と手を振って、そのまま店を出た。
……店長が「紅梅」なのか? 「紅梅」と聞いたときの表情は、それをつよく感じさせた。
翌朝、真波さんを見送るときは、すこし寂しい気持ちがした。次いつ会えるかは彼の気分次第だ。また来てほしい、そう言いたかったが、彼の負担になりそうで言えなかった。
「お仕事、がんばってくださいね」
そう言うと、彼はふわりと微笑んで、ぽんと頭を撫でてくれた。
「君も」
はい、と頷く。しかし彼を見送ったあとは、俺は昼までお休みなのだった。なんかすみません。
朝食のあと、俺は早速「紅梅」を探しに行くことにした。まずは劉さんの店に行き、落雁の入手先を聞く。美味しかったので買いに行きたい、というと、劉さんは喜んで教えてくれた。古くからの知り合いの店だそうで、新規開店の宣伝の役に立てばと、お菓子を客に配っているらしい。いいひとだ。
街の入口の門のすぐそばに、その店はあった。看板はまだ新しく、「白点心舗」と彫られていた。店の間口は広くはなく、中に入ると6畳程のスペースに陳列棚があり、その向こうに男性店員がいた。店員の後ろにも商品を置いておく棚があって、その隣に扉がある。厨房への扉だろうか。
迷う振りをして、陳列棚の上を見た。もちろんガラスなどはない。いろんな種類の饅頭や飴らしきもの、そしてあの白梅の落雁。その前には、まさに「白梅」と書かれた木札が置かれていた。商品は1つずつと、箱入りとを見本として置いてあるようで、ここで欲しい品物を選び伝えると、後ろの棚から取って貰えるようだ。
「どれもおいしそうですねえ」
昨日の分の給金ももらったので俺は無敵だ、たぶん。
「じゃあ、これを……」
とりあえず白梅の落雁を5つ買った。今度こそ皆で食べよう、結局昨日は真波さんと食べてしまったので。
「あの……店長さんはいらっしゃいますか?」
この若者は20年前のことは知らないだろう。なので店長を呼んでもらうことにした。
「劉さんのお店でここのお菓子を頂いて。とてもおいしかったので、御礼を言いたくて」
すると若い店員は愛想よく笑って、奧に引っ込み、店長を連れてきてくれた。
「ようこそお越しくださいました。白淘嘉と申します」
店長は40代くらいに見える男だった。頭を頭巾のようなものですっきりまとめていて、作務衣のような上下の短い服を着ている。
「こんにちは。僕は鶴汀楼の雪柳と申します」
「劉珠宝店のご紹介だそうで。ありがとうございます」
柔和なほほえみ。顔だちは整っていて、とても清潔感がある。菓子店の店長だとふっくらしそうなものだが、どちらかというと痩せぎすだ。
「あっ、はい。あの、このお菓子を頂いて。美味しかったのでもう一つ買いたいなって!」
買ったばかりの箱を見せると、白さんはにっこりと微笑んだ。
「ありがとうございます。以後ごひいきいただけますと幸いです」
つられてぺこりと頭を下げる。そして切り込むことにした。
「あの。これって紅梅はないんですか? 白梅があるなら紅梅もあるかなと思ったんですけど、ないみたいで」
すると白さんはすこし困ったように眉をひそめた。そして「……いえ」と首を横に振る。
「これは白梅のみでございます。紅梅は……ありません」
「そうですか……残念だな」
しかしここで引き下がるわけにはいかない。俺はさらに言い募った。
「あの! 紅梅ってお菓子、他に知りませんか? 僕、鶴汀楼で働いているんですけど、紅梅って男妓に憧れていて。お菓子を食べたらすこしでも近付けるんじゃないかなーって思って!」
苦しい! 苦しいぞ! しかし何かしら引き出さないと帰れない。
「……紅梅は……ありません。申し訳ありません」
その瞬間。白さんはひどく苦しそうな顔をした。そして拱手とともに頭を下げる。
「……仕込みがありますので、失礼します。またどうぞよろしくお願いします」
すぐさま踵を返し、店の奥に入っていった。
「すみません……店長、日頃はあまり店頭に出てこないもので、慣れていなくて」
後ろにいた若い店員が慌てて謝る。いえいえ、と手を振って、そのまま店を出た。
……店長が「紅梅」なのか? 「紅梅」と聞いたときの表情は、それをつよく感じさせた。
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