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第二話 紅梅
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その日の昼。俺は兄さんの一人から頼まれごとをした。「特注の髪飾りを受け取ってきてほしい」というものだ。俺は二つ返事で妓楼を出た。おつかいは楽しい仕事の一つだ。なんだかんだで街は楽しい。俺はうきうきと教えてもらった店へ向かった。
行き先は宝飾品の店で、真珠や真ん丸な宝石で作られたアクセサリーなどが飾ってあった。鶴汀楼の使いだと名乗ると、店主は恭しく、布を敷いたお盆に髪飾りを載せて俺の前に差し出した。精緻な彫金細工で作られた茎と葉に、小ぶりな淡水真珠がいくつもつけられている、可愛らしい髪飾りだ。これは鈴蘭兄さんのもので、まさにイメージ通り。
「ありがとうございます」
頭を下げると、初老に見える丸顔の店主は、にこっとほうれい線を深くして笑った。
「ちょっとお待ちくださいね、こちらお包みしてまいります」
そして少し俺に顔を寄せ、唇に人差し指を当てて声を潜めた。
「お菓子もあるんで、持ってきますね。商品を御覧になっておいでください」
なんと! この店の主人はたまにお菓子をくれると秋櫻が言っていたが、まさか事実だとは!
急に元気になって、店の中を見回す。店の中には背の低い棚が置かれていて、その上に商品が陳列されている。かんざしのような髪飾り、紐に丸い宝石が付いた飾りなど、どれも上品で美しいデザインだ。そして端っこに置かれていた手鏡が気になった。持ち手と鏡の裏に、小さな花が彫られている。これは、桜……だろうか。
秋櫻にあげたいな、と思った。手鏡は俺たちの部屋には大きめの物が一つだけあって、共用で使っている。けれどこんなきれいな手鏡を、秋櫻にあげられたら。値札を見てみる。数字なので値段はわかるが、到底俺の手持ちでは買えそうにない。
じっと見ていると、ふいに隣から声が聞えた。
「欲しいのかな?」
え?と思って見上げる。背の高い男が、俺の顔をのぞきこんでいた。
「ずいぶん熱心に見ている。買ってあげようか?」
その聞き覚えのある声に、はっとした。彼はゲームのメインキャラの一人。金の力で主人公をねじ伏せる豪商、洸永遼。鼻持ちならぬ嫌なやつだがビジュアルもよく性豪なのでなかなかの人気だったのだ。もちろん声も大人気の先輩で、セクシーなシーンでは収録現場の空気もかなり桃色になった……というのは冗談だが。
……しかし、彼との出会いはゲームでは店の客としてだったはず。こんなところでは出会わなかった。やはりゲームの正規ルートとは外れてしまっているからだろう。
彼は光沢のあるクリーム色の袍に身を包み、茶色の帯を締めている。生地はみるからに高価そうだし、色味的にも汚れそうだから、すぐに洗える、もしくは買い換えられる財力の持ち主だってことだろう。
高身長で端正な顔立ち。長めの前髪は残したまま髪は上でまとめていて、濃い茶色の髪紐で留めている。柔和で大人な雰囲気だが、その目は笑っていない、という設定通りの印象だ。
「……遠慮します。初対面の方に買って頂くようなお値段ではないので」
妓楼の上客であることも知っているので、無礼にならないように注意しつつ言う。すると彼は口角を上げ、俺に耳打ちした。
「私にとっては大した金額でもない。可愛い君とお近づきの記念にどうかな」
囁き声も素晴らしくセクシーだ。それはそうだろう、彼(の中の人)はその声で、BLのボイスドラマで数多くの受を抱いてきた男なのだから。俺は思わずぞくりとしながら首を振った。
「ぼ、僕が欲しいわけじゃないんで! 贈り物にしたいなって見てただけなんで!」
声が上擦る。いや勘弁してほしい。言っていることはともかく、悩殺ボイスというのは確かに存在するのだ。男だろうが女だろうが、この近距離で耳の中に吹き込まれたらぞわぞわするのは仕方ないだろう。
慌てて男から距離を取った。ちょうど店の奥から店主が戻ってきて、洸永遼を見て目を見開く。
「おやまあ! 洸の坊ちゃんじゃないですか。お戻りでいらしたんですね!」
口元の皺を深くしながら言う。洸永遼も笑い返した。
「お久しぶりです。劉さんも相変わらずご健勝でなによりです」
……ご健勝って書き言葉じゃないのかよ、話し言葉で使うやつ初めて見たわ、と思いつつ。さっさと帰りたくて店主を見上げた。きっと世間話が始まるんだろうし、こちらはお使い中なので早く帰らせてほしい。
切実な俺の目に気づいたのか、店主は「お待たせしましたね」と言って、鏡の入った箱と、高級チョコレートくらいのサイズ感の箱をくれた。
「お店でおあがりくださいな」
「ありがとうございます! また来ます!」
その2つを、店で持たされた風呂敷に包む。この世界ではエコバッグならぬエコ風呂敷が必須らしい。
元気に頭を下げて、さあ帰ろう、と出口に向かって足を踏み出した瞬間。
「あ、君。ちょっと待って」
着物の襟首を掴まれて足が止まる。おいおい、仔猫じゃないんだから!
「なんですか?」
首を振って手を振り払い、若干イラッとしながら見上げる。イケメンは空気を読まない爽やかスマイル(でも目は笑っていない)で言った。
「君、鶴汀楼って知ってる? 案内してくれないかな?」
……チッ、と舌打ちをしそうになったが、未遂でとどめた俺をどうか褒めてほしい。
行き先は宝飾品の店で、真珠や真ん丸な宝石で作られたアクセサリーなどが飾ってあった。鶴汀楼の使いだと名乗ると、店主は恭しく、布を敷いたお盆に髪飾りを載せて俺の前に差し出した。精緻な彫金細工で作られた茎と葉に、小ぶりな淡水真珠がいくつもつけられている、可愛らしい髪飾りだ。これは鈴蘭兄さんのもので、まさにイメージ通り。
「ありがとうございます」
頭を下げると、初老に見える丸顔の店主は、にこっとほうれい線を深くして笑った。
「ちょっとお待ちくださいね、こちらお包みしてまいります」
そして少し俺に顔を寄せ、唇に人差し指を当てて声を潜めた。
「お菓子もあるんで、持ってきますね。商品を御覧になっておいでください」
なんと! この店の主人はたまにお菓子をくれると秋櫻が言っていたが、まさか事実だとは!
急に元気になって、店の中を見回す。店の中には背の低い棚が置かれていて、その上に商品が陳列されている。かんざしのような髪飾り、紐に丸い宝石が付いた飾りなど、どれも上品で美しいデザインだ。そして端っこに置かれていた手鏡が気になった。持ち手と鏡の裏に、小さな花が彫られている。これは、桜……だろうか。
秋櫻にあげたいな、と思った。手鏡は俺たちの部屋には大きめの物が一つだけあって、共用で使っている。けれどこんなきれいな手鏡を、秋櫻にあげられたら。値札を見てみる。数字なので値段はわかるが、到底俺の手持ちでは買えそうにない。
じっと見ていると、ふいに隣から声が聞えた。
「欲しいのかな?」
え?と思って見上げる。背の高い男が、俺の顔をのぞきこんでいた。
「ずいぶん熱心に見ている。買ってあげようか?」
その聞き覚えのある声に、はっとした。彼はゲームのメインキャラの一人。金の力で主人公をねじ伏せる豪商、洸永遼。鼻持ちならぬ嫌なやつだがビジュアルもよく性豪なのでなかなかの人気だったのだ。もちろん声も大人気の先輩で、セクシーなシーンでは収録現場の空気もかなり桃色になった……というのは冗談だが。
……しかし、彼との出会いはゲームでは店の客としてだったはず。こんなところでは出会わなかった。やはりゲームの正規ルートとは外れてしまっているからだろう。
彼は光沢のあるクリーム色の袍に身を包み、茶色の帯を締めている。生地はみるからに高価そうだし、色味的にも汚れそうだから、すぐに洗える、もしくは買い換えられる財力の持ち主だってことだろう。
高身長で端正な顔立ち。長めの前髪は残したまま髪は上でまとめていて、濃い茶色の髪紐で留めている。柔和で大人な雰囲気だが、その目は笑っていない、という設定通りの印象だ。
「……遠慮します。初対面の方に買って頂くようなお値段ではないので」
妓楼の上客であることも知っているので、無礼にならないように注意しつつ言う。すると彼は口角を上げ、俺に耳打ちした。
「私にとっては大した金額でもない。可愛い君とお近づきの記念にどうかな」
囁き声も素晴らしくセクシーだ。それはそうだろう、彼(の中の人)はその声で、BLのボイスドラマで数多くの受を抱いてきた男なのだから。俺は思わずぞくりとしながら首を振った。
「ぼ、僕が欲しいわけじゃないんで! 贈り物にしたいなって見てただけなんで!」
声が上擦る。いや勘弁してほしい。言っていることはともかく、悩殺ボイスというのは確かに存在するのだ。男だろうが女だろうが、この近距離で耳の中に吹き込まれたらぞわぞわするのは仕方ないだろう。
慌てて男から距離を取った。ちょうど店の奥から店主が戻ってきて、洸永遼を見て目を見開く。
「おやまあ! 洸の坊ちゃんじゃないですか。お戻りでいらしたんですね!」
口元の皺を深くしながら言う。洸永遼も笑い返した。
「お久しぶりです。劉さんも相変わらずご健勝でなによりです」
……ご健勝って書き言葉じゃないのかよ、話し言葉で使うやつ初めて見たわ、と思いつつ。さっさと帰りたくて店主を見上げた。きっと世間話が始まるんだろうし、こちらはお使い中なので早く帰らせてほしい。
切実な俺の目に気づいたのか、店主は「お待たせしましたね」と言って、鏡の入った箱と、高級チョコレートくらいのサイズ感の箱をくれた。
「お店でおあがりくださいな」
「ありがとうございます! また来ます!」
その2つを、店で持たされた風呂敷に包む。この世界ではエコバッグならぬエコ風呂敷が必須らしい。
元気に頭を下げて、さあ帰ろう、と出口に向かって足を踏み出した瞬間。
「あ、君。ちょっと待って」
着物の襟首を掴まれて足が止まる。おいおい、仔猫じゃないんだから!
「なんですか?」
首を振って手を振り払い、若干イラッとしながら見上げる。イケメンは空気を読まない爽やかスマイル(でも目は笑っていない)で言った。
「君、鶴汀楼って知ってる? 案内してくれないかな?」
……チッ、と舌打ちをしそうになったが、未遂でとどめた俺をどうか褒めてほしい。
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