上 下
28 / 77
第二話 紅梅

1-2

しおりを挟む
 その日の昼。俺は兄さんの一人から頼まれごとをした。「特注の髪飾りを受け取ってきてほしい」というものだ。俺は二つ返事で妓楼を出た。おつかいは楽しい仕事の一つだ。なんだかんだで街は楽しい。俺はうきうきと教えてもらった店へ向かった。
 行き先は宝飾品の店で、真珠や真ん丸な宝石で作られたアクセサリーなどが飾ってあった。鶴汀楼の使いだと名乗ると、店主は恭しく、布を敷いたお盆に髪飾りを載せて俺の前に差し出した。精緻な彫金細工で作られた茎と葉に、小ぶりな淡水真珠がいくつもつけられている、可愛らしい髪飾りだ。これは鈴蘭りんらん兄さんのもので、まさにイメージ通り。
「ありがとうございます」
 頭を下げると、初老に見える丸顔の店主は、にこっとほうれい線を深くして笑った。
「ちょっとお待ちくださいね、こちらお包みしてまいります」
 そして少し俺に顔を寄せ、唇に人差し指を当てて声を潜めた。
「お菓子もあるんで、持ってきますね。商品を御覧になっておいでください」
 なんと! この店の主人はたまにお菓子をくれると秋櫻が言っていたが、まさか事実だとは!
 急に元気になって、店の中を見回す。店の中には背の低い棚が置かれていて、その上に商品が陳列されている。かんざしのような髪飾り、紐に丸い宝石が付いた飾りなど、どれも上品で美しいデザインだ。そして端っこに置かれていた手鏡が気になった。持ち手と鏡の裏に、小さな花が彫られている。これは、桜……だろうか。
 秋櫻にあげたいな、と思った。手鏡は俺たちの部屋には大きめの物が一つだけあって、共用で使っている。けれどこんなきれいな手鏡を、秋櫻にあげられたら。値札を見てみる。数字なので値段はわかるが、到底俺の手持ちでは買えそうにない。
 じっと見ていると、ふいに隣から声が聞えた。
「欲しいのかな?」
 え?と思って見上げる。背の高い男が、俺の顔をのぞきこんでいた。
「ずいぶん熱心に見ている。買ってあげようか?」
 その聞き覚えのある声に、はっとした。彼はゲームのメインキャラの一人。金の力で主人公をねじ伏せる豪商、洸永遼こうえいりょう。鼻持ちならぬ嫌なやつだがビジュアルもよく性豪なのでなかなかの人気だったのだ。もちろん声も大人気の先輩で、セクシーなシーンでは収録現場の空気もかなり桃色になった……というのは冗談だが。
 ……しかし、彼との出会いはゲームでは店の客としてだったはず。こんなところでは出会わなかった。やはりゲームの正規ルートとは外れてしまっているからだろう。
 彼は光沢のあるクリーム色の袍に身を包み、茶色の帯を締めている。生地はみるからに高価そうだし、色味的にも汚れそうだから、すぐに洗える、もしくは買い換えられる財力の持ち主だってことだろう。
 高身長で端正な顔立ち。長めの前髪は残したまま髪は上でまとめていて、濃い茶色の髪紐で留めている。柔和で大人な雰囲気だが、その目は笑っていない、という設定通りの印象だ。
「……遠慮します。初対面の方に買って頂くようなお値段ではないので」
 妓楼の上客であることも知っているので、無礼にならないように注意しつつ言う。すると彼は口角を上げ、俺に耳打ちした。
「私にとっては大した金額でもない。可愛い君とお近づきの記念にどうかな」
 囁き声も素晴らしくセクシーだ。それはそうだろう、彼(の中の人)はその声で、BLのボイスドラマで数多くの受を抱いてきた男なのだから。俺は思わずぞくりとしながら首を振った。
「ぼ、僕が欲しいわけじゃないんで! 贈り物にしたいなって見てただけなんで!」
 声が上擦る。いや勘弁してほしい。言っていることはともかく、悩殺ボイスというのは確かに存在するのだ。男だろうが女だろうが、この近距離で耳の中に吹き込まれたらぞわぞわするのは仕方ないだろう。
 慌てて男から距離を取った。ちょうど店の奥から店主が戻ってきて、洸永遼を見て目を見開く。
「おやまあ! 洸の坊ちゃんじゃないですか。お戻りでいらしたんですね!」
 口元の皺を深くしながら言う。洸永遼も笑い返した。
「お久しぶりです。劉さんも相変わらずご健勝でなによりです」
 ……ご健勝って書き言葉じゃないのかよ、話し言葉で使うやつ初めて見たわ、と思いつつ。さっさと帰りたくて店主を見上げた。きっと世間話が始まるんだろうし、こちらはお使い中なので早く帰らせてほしい。
 切実な俺の目に気づいたのか、店主は「お待たせしましたね」と言って、鏡の入った箱と、高級チョコレートくらいのサイズ感の箱をくれた。
「お店でおあがりくださいな」
「ありがとうございます!  また来ます!」
 その2つを、店で持たされた風呂敷に包む。この世界ではエコバッグならぬエコ風呂敷が必須らしい。
 元気に頭を下げて、さあ帰ろう、と出口に向かって足を踏み出した瞬間。
「あ、君。ちょっと待って」 
 着物の襟首を掴まれて足が止まる。おいおい、仔猫じゃないんだから!
「なんですか?」
 首を振って手を振り払い、若干イラッとしながら見上げる。イケメンは空気を読まない爽やかスマイル(でも目は笑っていない)で言った。
「君、鶴汀楼って知ってる? 案内してくれないかな?」
 ……チッ、と舌打ちをしそうになったが、未遂でとどめた俺をどうか褒めてほしい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

チート魔王はつまらない。

碧月 晶
BL
お人好し真面目勇者×やる気皆無のチート魔王 ─────────── ~あらすじ~ 優秀過ぎて毎日をつまらなく生きてきた雨(アメ)は卒業を目前に控えた高校三年の冬、突然異世界に召喚された。 その世界は勇者、魔王、魔法、魔族に魔物やモンスターが普通に存在する異世界ファンタジーRPGっぽい要素が盛り沢山な世界だった。 そんな世界にやって来たアメは、実は自分は数十年前勇者に敗れた先代魔王の息子だと聞かされる。 しかし取りあえず魔王になってみたものの、アメのつまらない日常は変わらなかった。 そんな日々を送っていたある日、やって来た勇者がアメに言った言葉とは──? ─────────── 何だかんだで様々な事件(クエスト)をチートな魔王の力で(ちょいちょい腹黒もはさみながら)勇者と攻略していくお話(*´▽`*) 最終的にいちゃいちゃゴールデンコンビ?いやカップルにしたいなと思ってます( ´艸`) ※BLove様でも掲載中の作品です。 ※感想、質問大歓迎です!!

友達が僕の股間を枕にしてくるので困る

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
僕の股間枕、キンタマクラ。なんか人をダメにする枕で気持ちいいらしい。

悪役令嬢は見る専です

小森 輝
BL
 異世界に転生した私、「藤潮弥生」は婚約破棄された悪役令嬢でしたが、見事ざまあを果たし、そして、勇者パーティーから追放されてしまいましたが、自力で魔王を討伐しました。  その結果、私はウェラベルグ国を治める女王となり、名前を「藤潮弥生」から「ヤヨイ・ウェラベルグ」へと改名しました。  そんな私は、今、4人のイケメンと生活を共にしています。  庭師のルーデン  料理人のザック  門番のベート  そして、執事のセバス。  悪役令嬢として苦労をし、さらに、魔王を討伐して女王にまでなったんだから、これからは私の好きなようにしてもいいよね?  ただ、私がやりたいことは逆ハーレムを作り上げることではありません。  私の欲望。それは…………イケメン同士が組んず解れつし合っている薔薇の園を作り上げること!  お気に入り登録も多いし、毎日ポイントをいただいていて、ご好評なようで嬉しいです。本来なら、新しい話といきたいのですが、他のBL小説を執筆するため、新しい話を書くことはしません。その代わりに絵を描く練習ということで、第8回BL小説大賞の期間中1に表紙絵、そして挿絵の追加をしたいと思います。大賞の投票数によっては絵に力を入れたりしますので、応援のほど、よろしくお願いします。

勇者の股間触ったらエライことになった

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。 町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。 オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。

異世界に転移したショタは森でスローライフ中

ミクリ21
BL
異世界に転移した小学生のヤマト。 ヤマトに一目惚れした森の主のハーメルンは、ヤマトを溺愛して求愛しての毎日です。 仲良しの二人のほのぼのストーリーです。

孤独な蝶は仮面を被る

緋影 ナヅキ
BL
   とある街の山の中に建っている、小中高一貫である全寮制男子校、華織学園(かしきのがくえん)─通称:“王道学園”。  全学園生徒の憧れの的である生徒会役員は、全員容姿や頭脳が飛び抜けて良く、運動力や芸術力等の他の能力にも優れていた。また、とても個性豊かであったが、役員仲は比較的良好だった。  さて、そんな生徒会役員のうちの1人である、会計の水無月真琴。  彼は己の本質を隠しながらも、他のメンバーと各々仕事をこなし、極々平穏に、楽しく日々を過ごしていた。  あの日、例の不思議な転入生が来るまでは… ーーーーーーーーー  作者は執筆初心者なので、おかしくなったりするかもしれませんが、温かく見守って(?)くれると嬉しいです。  学生のため、ストック残量状況によっては土曜更新が出来ないことがあるかもしれません。ご了承下さい。  所々シリアス&コメディ(?)風味有り *表紙は、我が妹である あくす(Twitter名) に描いてもらった真琴です。かわいい *多少内容を修正しました。2023/07/05 *お気に入り数200突破!!有難う御座います!2023/08/25 *エブリスタでも投稿し始めました。アルファポリス先行です。2023/03/20

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません

八神紫音
BL
 やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。  そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。

処理中です...