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第二話 紅梅
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目の前にとんでもなく整った顔があるのには、慣れない。
いやいやそうはいってもその人も俺も男だ。だから何もやましいことはない、とは言い切れない。
なにせここは男のための男だけの妓楼、そして彼は男妓である俺の客、なのだから。
「どうした、そんなに見つめて」
困ったようにイケメンが微笑む。いやいやほんと困っているのはこっちなんだって。なんで俺はイケメンと添い寝をしているんだ。
「……いえ。本当にいいのかなって。その……こんな風に寝るだけで」
そう、俺たちはふかふかの布団の上で向かいあって……いや、抱き合っている。でも何もしない。ただ本当に寝るだけだ。
「君は私と……そういう関係になりたいのか?」
じっと見つめられて、胸が少しだけ音を立てる。静まれ俺の心臓……ってこれ誰のギャグだっけ。
「いや、その……そういうわけじゃないんですけど。その、僕は……ちゃんと仕事できてるのかなって」
仕事。そう、俺たち男妓の仕事は、客を喜ばせることだ。その方法には現代ではいかがわしいと言われることかもあるかもしれないけど。
すると真波さんはまた微笑んだ。
「悩む必要はない。陽と陽を合わせれば効果があるかもしれないと言ったのは君だ」
そして、胸の中に抱きしめられた。また、胸が変な感じに鳴る。いやいやいや、これは仕方ないだろう。こんなゼロ距離で誰かと寝るなんて、恋人以外の誰ともしたことがない。ああ、幼いころはあったな、ってそれは母親じゃねーか。なんてことを考えていると、真波さんはさらに俺をぎゅっと抱きしめた。
「……雪柳は、暖かいな。寒い夜にはぴったりだ」
「……子供ですからね、僕は」
……中身は28のお兄さんだけどな! と思いながら、彼の胸に顔を埋める。イケメンと添い寝するだけの簡単なお仕事だ。ふとんはふかふかだし、おいしい夕食も食べられる。この世界に来て一番のイージーモードかもしれない。
けれど……なんだか落ち着かない。俺はなぜだかうるさい心臓を鎮めるために息を大きく吸い込んだ。そして真波さんの品のいい香の匂いを胸いっぱいに吸い込んで、さらに鼓動を加速させたのだった。
……俺、一体何やってんだろう。
「いいなー、雪柳、すっごく大事にされてるんだね。程将軍から」
秋櫻が目をきらめかせながら言う。いつもの洗濯場、皐月も一緒に洗濯ものを洗っているところだ。洗濯場は広くはないので、ここで洗濯ができるのは2人から3人まで。なのでいつも秋櫻と一緒にすることが多いのだが、最近皐月も加わるようになった。
皐月は、一度「蛋」に戻りたいと鶴天佑に告げ、一時的に戻っている。孵化の相手だった真波さんを満足させられなかったから修業しなおしたい、というのが建前だ。
実際真波さんの相手をしたのは俺で、皐月は「孵化」はしなかった。恋人とも別れ、あらためて準備を整えて、本当の「孵化」を迎えたいと皐月は思ったらしい。そして俺が真波さんの相手をする代わりに、彼が蛋に戻ったのだ。そんな希望を受け入れたのは、きっと鶴天佑も、皐月の迷いを察していたからだと思う。
「いやいや、大事っていうか。何もしないんですよ真波さん。なんだか申し訳なくて」
「……はあ。惜しいことしたなあ。僕が行けばよかった。程将軍だって知ってたのに」
皐月はため息をついた。……俺がどれだけひやひやしながら君の身代わりをやったかわかってる?と思うが、一度逃げ出そうとしたこの場所に戻り、男妓として生き直そうとしたその決意はすごいと思う。ただ、程将軍が「当たり客」であったことは間違いないだろう。
「孵化の相手、誰になるんだろうな。なるべくいいひとだといいな」
皐月はものうげに目を伏せる。絵になる姿だが、手に持っているのはふんどしだ。
「……僕も。そう願っています」
ぽつりと秋櫻が呟いた。俺たちは今年18歳、みんな同じ年だ。彼も皐月から遅れること半年、今年の秋に「孵化」を迎える。秋は春ほどの注目度はないが、秋櫻は孵化を急ぐ事情があるらしい。
「……皐月さんの衣装、綺麗でしたね。秋櫻も作るの?」
「うん! それはすごく楽しみ」
皐月の衣装は青地に皐月のピンクが映える美しい衣装だった。秋櫻も花はピンクだろうけど、地色は何になるんだろう。
「衣装、何色になるんでしょうね。青は皐月兄さんとかぶるから、白とか」
すると秋櫻はきょとんとした顔で俺を見た。
「白はないよ。あんまり縁起のいい色でもないしね~」
からりとした口調で言う。……そうなの!? 白は縁起のいい色じゃないのか。
「そうだね。薄青とか。緑なんかもいいかもね」
皐月と秋櫻の弾んだ会話を聞きながら、俺の常識、ここの非常識、を噛みしめていると、皐月が思いだしたように言った。
「そういえば秋櫻、もうすぐ誕生日だよね?」
ふと皐月が言った。……え? そうなの?
「僕からちょうどひと月あとだって覚えてたから。6日だよね」
皐月がふんどしを絞りながら言った。いまは……1日だって聞いたから。なのであと5日。俺は慌てた。
「もうすぐじゃないですか! 困ったな」
「なにが?」
秋櫻がきょとんとした顔で俺を見る。
「いや、ほら、誕生日祝いとか!」
すると秋櫻はぷっと吹き出した。
「あっは、いいよそんなの! その気持ちだけで嬉しい」
にっこりと笑う。……かわいい。
「その日はささやかにお祝いでもしよう。夜に街にでも出掛けて」
皐月が笑って、俺も頷く。俺たちは仲間だ、そんな気がして妙に嬉しくなりながら。
いやいやそうはいってもその人も俺も男だ。だから何もやましいことはない、とは言い切れない。
なにせここは男のための男だけの妓楼、そして彼は男妓である俺の客、なのだから。
「どうした、そんなに見つめて」
困ったようにイケメンが微笑む。いやいやほんと困っているのはこっちなんだって。なんで俺はイケメンと添い寝をしているんだ。
「……いえ。本当にいいのかなって。その……こんな風に寝るだけで」
そう、俺たちはふかふかの布団の上で向かいあって……いや、抱き合っている。でも何もしない。ただ本当に寝るだけだ。
「君は私と……そういう関係になりたいのか?」
じっと見つめられて、胸が少しだけ音を立てる。静まれ俺の心臓……ってこれ誰のギャグだっけ。
「いや、その……そういうわけじゃないんですけど。その、僕は……ちゃんと仕事できてるのかなって」
仕事。そう、俺たち男妓の仕事は、客を喜ばせることだ。その方法には現代ではいかがわしいと言われることかもあるかもしれないけど。
すると真波さんはまた微笑んだ。
「悩む必要はない。陽と陽を合わせれば効果があるかもしれないと言ったのは君だ」
そして、胸の中に抱きしめられた。また、胸が変な感じに鳴る。いやいやいや、これは仕方ないだろう。こんなゼロ距離で誰かと寝るなんて、恋人以外の誰ともしたことがない。ああ、幼いころはあったな、ってそれは母親じゃねーか。なんてことを考えていると、真波さんはさらに俺をぎゅっと抱きしめた。
「……雪柳は、暖かいな。寒い夜にはぴったりだ」
「……子供ですからね、僕は」
……中身は28のお兄さんだけどな! と思いながら、彼の胸に顔を埋める。イケメンと添い寝するだけの簡単なお仕事だ。ふとんはふかふかだし、おいしい夕食も食べられる。この世界に来て一番のイージーモードかもしれない。
けれど……なんだか落ち着かない。俺はなぜだかうるさい心臓を鎮めるために息を大きく吸い込んだ。そして真波さんの品のいい香の匂いを胸いっぱいに吸い込んで、さらに鼓動を加速させたのだった。
……俺、一体何やってんだろう。
「いいなー、雪柳、すっごく大事にされてるんだね。程将軍から」
秋櫻が目をきらめかせながら言う。いつもの洗濯場、皐月も一緒に洗濯ものを洗っているところだ。洗濯場は広くはないので、ここで洗濯ができるのは2人から3人まで。なのでいつも秋櫻と一緒にすることが多いのだが、最近皐月も加わるようになった。
皐月は、一度「蛋」に戻りたいと鶴天佑に告げ、一時的に戻っている。孵化の相手だった真波さんを満足させられなかったから修業しなおしたい、というのが建前だ。
実際真波さんの相手をしたのは俺で、皐月は「孵化」はしなかった。恋人とも別れ、あらためて準備を整えて、本当の「孵化」を迎えたいと皐月は思ったらしい。そして俺が真波さんの相手をする代わりに、彼が蛋に戻ったのだ。そんな希望を受け入れたのは、きっと鶴天佑も、皐月の迷いを察していたからだと思う。
「いやいや、大事っていうか。何もしないんですよ真波さん。なんだか申し訳なくて」
「……はあ。惜しいことしたなあ。僕が行けばよかった。程将軍だって知ってたのに」
皐月はため息をついた。……俺がどれだけひやひやしながら君の身代わりをやったかわかってる?と思うが、一度逃げ出そうとしたこの場所に戻り、男妓として生き直そうとしたその決意はすごいと思う。ただ、程将軍が「当たり客」であったことは間違いないだろう。
「孵化の相手、誰になるんだろうな。なるべくいいひとだといいな」
皐月はものうげに目を伏せる。絵になる姿だが、手に持っているのはふんどしだ。
「……僕も。そう願っています」
ぽつりと秋櫻が呟いた。俺たちは今年18歳、みんな同じ年だ。彼も皐月から遅れること半年、今年の秋に「孵化」を迎える。秋は春ほどの注目度はないが、秋櫻は孵化を急ぐ事情があるらしい。
「……皐月さんの衣装、綺麗でしたね。秋櫻も作るの?」
「うん! それはすごく楽しみ」
皐月の衣装は青地に皐月のピンクが映える美しい衣装だった。秋櫻も花はピンクだろうけど、地色は何になるんだろう。
「衣装、何色になるんでしょうね。青は皐月兄さんとかぶるから、白とか」
すると秋櫻はきょとんとした顔で俺を見た。
「白はないよ。あんまり縁起のいい色でもないしね~」
からりとした口調で言う。……そうなの!? 白は縁起のいい色じゃないのか。
「そうだね。薄青とか。緑なんかもいいかもね」
皐月と秋櫻の弾んだ会話を聞きながら、俺の常識、ここの非常識、を噛みしめていると、皐月が思いだしたように言った。
「そういえば秋櫻、もうすぐ誕生日だよね?」
ふと皐月が言った。……え? そうなの?
「僕からちょうどひと月あとだって覚えてたから。6日だよね」
皐月がふんどしを絞りながら言った。いまは……1日だって聞いたから。なのであと5日。俺は慌てた。
「もうすぐじゃないですか! 困ったな」
「なにが?」
秋櫻がきょとんとした顔で俺を見る。
「いや、ほら、誕生日祝いとか!」
すると秋櫻はぷっと吹き出した。
「あっは、いいよそんなの! その気持ちだけで嬉しい」
にっこりと笑う。……かわいい。
「その日はささやかにお祝いでもしよう。夜に街にでも出掛けて」
皐月が笑って、俺も頷く。俺たちは仲間だ、そんな気がして妙に嬉しくなりながら。
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