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プロローグ

プロローグ 1

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 瞼を開くと、青が見えた。
 抜けるような真っ青な空。筆で書いたようなしゅっとした白い雲が一本だけ、その空を横切っている。
 ――あれ? 俺。どこにいるんだっけ。
 瞬きをしながら考えた。
 オーディションの結果を電話で聞いて、かっかしながら歩道橋を上がった。そしたら空でブルーなんちゃらとかいう飛行機がショーをやってて、何機もが連なって見事な旋回を見せるその様に思わず見とれて……。
 そのあと。
 歩道橋から、落ちたはずだ。
 ……ああ、歩道橋の下か。だったらあの雲は、飛行機雲ってわけか。でもおかしいな、それなら一本って筈はない。飛行機は五機飛んでいたのだから。
 けれど身体はやっぱり痛いので、きっと階段から落ちたのだろう。頭と右肩と右足がとても痛い。
 再び目を閉じる。……怪我したかな。明日の収録、大丈夫だろうか。
 そもそもスマホは無事か? 収録のスケジュールも場所も、全部スマホで管理している。マネージャーの連絡先だってスマホがなければわからない。放り投げて壊れたりしていないだろうか。


「大丈夫か?」
 不意に、低い男の声が聞こえた。つきりと痛む額を押さえて、目を開く。真上から俺をのぞきこむ男の顔。切れ長の目と目が合う。涼し気な美しい形の目に、一瞬息をのむ。
「……あ、はい」
 一拍置いてから、差し出された手を掴み、身を起こした。ずき、と腕が痛みを訴えて、思わず顔をしかめる。
「ありがとうございます……」
 礼を言おうと男を見て、驚いた。しゃがみこんで俺に目線を合わせている男のヘアスタイルが独特で。
 髪は後ろに纏めて、頭の高い位置でお団子にし、その周りを白い紐でくくっている。額には青いハチマキをしていて、サイドから長めの前髪が零れていた。
 着ている服もまるでコスプレだ。深い青色の着物みたいな服を着ているが、袖は全体的に大きい。幅広の帯を締め、丈は長めで、下にはズボン的なものを履いているようだった。
 ……今日、この辺りでコスプレイベントなんてあったっけ? 首を傾げて考えていると。
「……泥が。打ったのか?」
 手が伸ばされ、額に触れられた。つきり、とそこが痛んで、思わず顔をしかめる。幸い、血などは出ていないようだ。
「たぶん……」
 頷きながら言うと、男は自分にどこか痛いところがあるみたいに眉をひそめて、「災難だったな」と言った。
「……まったく。馬車が出払っているからって、あんな荷台に乗せるとは」
「荷台……?」
 驚いて男を見上げた。男は頷き、「馬が暴れて、荷台に乗っていた君が振り落とされた。ひどい話だ」と言った。
 ……すべてがおかしい。これは夢なのか。俺は歩道橋から落ちたはずで、荷台からなんて落ちてない。
 ふと手元を見た。自分が知っている自分の手よりもはるかに小さくて華奢だった。
 ……心臓がバクバクする。
 自分の服を見てみる。今朝着て来たものとは全く違う、簡素な作務衣みたいな服で、袖と裾がやけに幅広だ。次いで体を見る。腕から胸元、地面に投げ出した脚も、全体的に線が細い、まるで少年のような体格。
 ……再び手を見た。血管の一筋も浮いていない、ぴんとはったなめらかな肌。指も手首もほっそりと華奢な、子どもっぽい手だ。
 鏡なんてないから顔は見えない。それでもわかる。これはきっと俺の手でも、俺のからだでもない。
 ……。
 …………。
 ………………まさか、これは。
 ……転生、というやつなのか?
 流行っているのは知っている。しかし俺は今まで縁がなかったので内容はよく知らない。けれどこの状況は、まさに。
 俺が黙ったままでいるせいか、男は困ったような顔をして、ためらいがちに俺の頭を撫でた。暖かな手のひらの感触に、なんだか泣きたいような気持ちになる。
「……もう大丈夫だ。ちょうど馬同士がすれ違うときに事故が起きて、馬が興奮したそうだ。君は荷台に乗っていたから、転がり落ちてしまったんだな」
 男は馬の方を見た。つられてそちらを見ると、馬の傍には屋根のない荷台があった。おいおい、それは人を運ぶものじゃないだろう。俺はアレに乗っていたのか。そして、落ちて。
 ……この体に入ってしまったというわけか。
「しかたない。私が送ろう」
「え?」
 送る? どこへ?
「俺……どこにいくんですか?」
 間抜けな質問をしてしまった。すると男は頷いて答えた。
鶴汀楼かくていろうだ。君の目的地はあそこの御者に聞いた。あそこの楼主とは知り合いだから、問題ない」
「かっ……」
 ――鶴汀楼。
 ……その瞬間、頭の中が真っ白になった。まさか、よりにもよってあの世界だとは。
 その反応をどう思ったのか。男はわずかにほほ笑み、イケメンは笑顔もやっぱりイケメンだな、と俺はぼんやり思ったのだった。

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