2 / 77
プロローグ
プロローグ 2
しおりを挟む
「鶴汀楼戯伝」という18禁BLゲームがある。俺は声優として、その中のキャラクターの声を演じていた。中華風に和テイストも加わった異世界で、鶴汀楼とは妓楼の名前だ。妓楼とは、作中では遊郭のような場所だった。しかも、男だけの。
俺はその主役だった。楊史琉という名の少年で、母を亡くして妓楼にひきとられ、一番人気の男妓……妓女の男版だ……に成り上がるという物語だ。
声優としてデビューして3年目。もらえる仕事はなんでもやったし、濡れ場が多いとはいえ主役は嬉しかった。史琉の攻略対象の男は数多く、ありとあらゆるパターンの濡れ場を演じたから、経験も知り合いも増えた。そして嬉しいことにファンができた。
18禁PCゲームという、割と購入のハードル高めのコンテンツだったが、しっかりしたストーリーとキャラの力もあって口コミで人気となり、キャラソンも発売されて、初めて仕事で歌を歌った。だから俺にとっては忘れられない作品になったのだ。
そしてデビューして6年目。さらにチャンスが訪れた。スポーツアニメの四番手の、くせつよキャラの役が受け、一気に人気が広がった。SNSのフォロワー数は倍々で伸び、仲良くなった同期声優と始めたゲーム実況の動画チャンネルも登録者数はうなぎのぼり。そしてようやく声優と名乗ることに躊躇もなくなった。古い言葉でいえば、故郷に錦を飾れると思っていたのに……。
……どうせ転生するなら、あっちのアニメにしてくれよ、そしたら普通の、いや普通ではなく天才なのだが、スポーツ得意な男子高校生として、刺激的な日常を送れたはずなのに。
そんなことを、馬車の中でずっと考えていた。なんと男は馬車を手配してくれて、自分も鶴汀楼に行くと言い、一緒に乗ってくれたのだ。「まだ安静にしておいた方がいい」という言葉に甘えて、目をつぶり、つらつら考え事もできたわけだ。じつに親切な男である。
知らないお兄さんについて行ってはいけないのは常識なのだが、この世界で彼について行かなければ多分もっと大変なことになる。なので俺は腹を括って馬車に乗ったのだ。
……とはいえ、揺れる。馬車揺れすぎじゃね? てか馬車に乗るのも人生で初めてなんだが。これはあんな、軽トラの荷台みたいな露台に乗ってたら落ちもするわ、と考えていると、男の声がした。
「……もうすぐ着くぞ」
パッと目を開く。もとより寝ていないので一瞬で。すると俺を見ていたらしい男と、ばちっと目が合った。さっと目を逸らされてなんとなく気まずい。
「……あの」
沈黙に耐えきれず話しかけた。
「ありがとう、ございます。わざわざ送ってもらって」
「いや」
男は首を振った。
「たまたま、務めの帰りに事故を見かけた。君が荷台から落ちる瞬間を」
「……それは衝撃ですね……なんだかすみません」
しかし、やはり随分親切な人だ。俺はたとえ目の前で誰かが事故っても、その人の家までタクシーで送るようなことまではしないだろう。救急車は呼ぶかもしれないが。ってか、救急車なんてないか。
「……いや。困った人を助けるのは私の義務だ」
イケメンは表情を変えずに呟いた。あまり感情の起伏がなさそうな人だ。
「それに、鶴汀楼の楼主とは知り合いでな」
……知り合い。真面目そうなのに妓楼の主と知り合いだとは……などと思っていると。
「君の名前は?」
いきなり聞かれて驚いた。俺の名前……「鶴汀楼戯伝」の主人公の名前。それくらいは覚えている。
「楊、史琉、です」
「楊史琉か。私は程真波という」
ていしんはさん。やはり聞いたことのない名前だ。ゲームには出てこなかった。
「鶴汀楼の楼主、鶴天佑は面倒みのいい男だ。頼るといい」
そういって、わずかに口角をあげた。ぎこちない笑みは、急に彼を親しみやすい人に感じさせて。
シンハさん、俺妓楼になんて行きたくないんだけど、連れて帰ってくれないかな。
……なんて、いくら親近感を覚えたとはいえ、そんなことを言えるはずもなく。俺はおとなしく頷いた。
俺はその主役だった。楊史琉という名の少年で、母を亡くして妓楼にひきとられ、一番人気の男妓……妓女の男版だ……に成り上がるという物語だ。
声優としてデビューして3年目。もらえる仕事はなんでもやったし、濡れ場が多いとはいえ主役は嬉しかった。史琉の攻略対象の男は数多く、ありとあらゆるパターンの濡れ場を演じたから、経験も知り合いも増えた。そして嬉しいことにファンができた。
18禁PCゲームという、割と購入のハードル高めのコンテンツだったが、しっかりしたストーリーとキャラの力もあって口コミで人気となり、キャラソンも発売されて、初めて仕事で歌を歌った。だから俺にとっては忘れられない作品になったのだ。
そしてデビューして6年目。さらにチャンスが訪れた。スポーツアニメの四番手の、くせつよキャラの役が受け、一気に人気が広がった。SNSのフォロワー数は倍々で伸び、仲良くなった同期声優と始めたゲーム実況の動画チャンネルも登録者数はうなぎのぼり。そしてようやく声優と名乗ることに躊躇もなくなった。古い言葉でいえば、故郷に錦を飾れると思っていたのに……。
……どうせ転生するなら、あっちのアニメにしてくれよ、そしたら普通の、いや普通ではなく天才なのだが、スポーツ得意な男子高校生として、刺激的な日常を送れたはずなのに。
そんなことを、馬車の中でずっと考えていた。なんと男は馬車を手配してくれて、自分も鶴汀楼に行くと言い、一緒に乗ってくれたのだ。「まだ安静にしておいた方がいい」という言葉に甘えて、目をつぶり、つらつら考え事もできたわけだ。じつに親切な男である。
知らないお兄さんについて行ってはいけないのは常識なのだが、この世界で彼について行かなければ多分もっと大変なことになる。なので俺は腹を括って馬車に乗ったのだ。
……とはいえ、揺れる。馬車揺れすぎじゃね? てか馬車に乗るのも人生で初めてなんだが。これはあんな、軽トラの荷台みたいな露台に乗ってたら落ちもするわ、と考えていると、男の声がした。
「……もうすぐ着くぞ」
パッと目を開く。もとより寝ていないので一瞬で。すると俺を見ていたらしい男と、ばちっと目が合った。さっと目を逸らされてなんとなく気まずい。
「……あの」
沈黙に耐えきれず話しかけた。
「ありがとう、ございます。わざわざ送ってもらって」
「いや」
男は首を振った。
「たまたま、務めの帰りに事故を見かけた。君が荷台から落ちる瞬間を」
「……それは衝撃ですね……なんだかすみません」
しかし、やはり随分親切な人だ。俺はたとえ目の前で誰かが事故っても、その人の家までタクシーで送るようなことまではしないだろう。救急車は呼ぶかもしれないが。ってか、救急車なんてないか。
「……いや。困った人を助けるのは私の義務だ」
イケメンは表情を変えずに呟いた。あまり感情の起伏がなさそうな人だ。
「それに、鶴汀楼の楼主とは知り合いでな」
……知り合い。真面目そうなのに妓楼の主と知り合いだとは……などと思っていると。
「君の名前は?」
いきなり聞かれて驚いた。俺の名前……「鶴汀楼戯伝」の主人公の名前。それくらいは覚えている。
「楊、史琉、です」
「楊史琉か。私は程真波という」
ていしんはさん。やはり聞いたことのない名前だ。ゲームには出てこなかった。
「鶴汀楼の楼主、鶴天佑は面倒みのいい男だ。頼るといい」
そういって、わずかに口角をあげた。ぎこちない笑みは、急に彼を親しみやすい人に感じさせて。
シンハさん、俺妓楼になんて行きたくないんだけど、連れて帰ってくれないかな。
……なんて、いくら親近感を覚えたとはいえ、そんなことを言えるはずもなく。俺はおとなしく頷いた。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜
長月京子
恋愛
学院には立ち入りを禁じられた場所があり、鬼が棲んでいるという噂がある。
朱里(あかり)はクラスメートと共に、禁じられた場所へ向かった。
禁じられた場所へ向かう途中、朱里は端正な容姿の男と出会う。
――君が望むのなら、私は全身全霊をかけて護る。
不思議な言葉を残して立ち去った男。
その日を境に、朱里の周りで、説明のつかない不思議な出来事が起こり始める。
※本文中のルビは読み方ではなく、意味合いの場合があります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
美しき父親の誘惑に、今宵も息子は抗えない
すいかちゃん
BL
大学生の数馬には、人には言えない秘密があった。それは、実の父親から身体の関係を強いられている事だ。次第に心まで父親に取り込まれそうになった数馬は、彼女を作り父親との関係にピリオドを打とうとする。だが、父の誘惑は止まる事はなかった。
実の親子による禁断の関係です。
捨て猫はエリート騎士に溺愛される
135
BL
絶賛反抗期中のヤンキーが異世界でエリート騎士に甘やかされて、飼い猫になる話。
目つきの悪い野良猫が飼い猫になって目きゅるんきゅるんの愛される存在になる感じで読んでください。
お話をうまく書けるようになったら続きを書いてみたいなって。
京也は総受け。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる