鶴汀楼戯伝~BLゲームの中の人、男ばかりの妓楼に転生する~

鹿月

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 「鶴汀楼戯伝かくていろうぎでん」という18禁BLゲームがある。俺は声優として、その中のキャラクターの声を演じていた。中華風に和テイストも加わった異世界で、鶴汀楼とは妓楼の名前だ。妓楼とは、作中では遊郭のような場所だった。しかも、男だけの。
 俺はその主役だった。楊史琉ようしりゅうという名の少年で、母を亡くして妓楼にひきとられ、一番人気の男妓だんぎ……妓女の男版だ……に成り上がるという物語だ。
 声優としてデビューして3年目。もらえる仕事はなんでもやったし、濡れ場が多いとはいえ主役は嬉しかった。史琉の攻略対象の男は数多く、ありとあらゆるパターンの濡れ場を演じたから、経験も知り合いも増えた。そして嬉しいことにファンができた。
 18禁PCゲームという、割と購入のハードル高めのコンテンツだったが、しっかりしたストーリーとキャラの力もあって口コミで人気となり、キャラソンも発売されて、初めて仕事で歌を歌った。だから俺にとっては忘れられない作品になったのだ。
 そしてデビューして6年目。さらにチャンスが訪れた。スポーツアニメの四番手の、くせつよキャラの役が受け、一気に人気が広がった。SNSのフォロワー数は倍々で伸び、仲良くなった同期声優と始めたゲーム実況の動画チャンネルも登録者数はうなぎのぼり。そしてようやく声優と名乗ることに躊躇もなくなった。古い言葉でいえば、故郷に錦を飾れると思っていたのに……。
 ……どうせ転生するなら、あっちのアニメにしてくれよ、そしたら普通の、いや普通ではなく天才なのだが、スポーツ得意な男子高校生として、刺激的な日常を送れたはずなのに。

 そんなことを、馬車の中でずっと考えていた。なんと男は馬車を手配してくれて、自分も鶴汀楼に行くと言い、一緒に乗ってくれたのだ。「まだ安静にしておいた方がいい」という言葉に甘えて、目をつぶり、つらつら考え事もできたわけだ。じつに親切な男である。
 知らないお兄さんについて行ってはいけないのは常識なのだが、この世界で彼について行かなければ多分もっと大変なことになる。なので俺は腹を括って馬車に乗ったのだ。
 ……とはいえ、揺れる。馬車揺れすぎじゃね? てか馬車に乗るのも人生で初めてなんだが。これはあんな、軽トラの荷台みたいな露台に乗ってたら落ちもするわ、と考えていると、男の声がした。
「……もうすぐ着くぞ」
 パッと目を開く。もとより寝ていないので一瞬で。すると俺を見ていたらしい男と、ばちっと目が合った。さっと目を逸らされてなんとなく気まずい。
「……あの」
 沈黙に耐えきれず話しかけた。
「ありがとう、ございます。わざわざ送ってもらって」
「いや」
 男は首を振った。
「たまたま、務めの帰りに事故を見かけた。君が荷台から落ちる瞬間を」
「……それは衝撃ですね……なんだかすみません」
 しかし、やはり随分親切な人だ。俺はたとえ目の前で誰かが事故っても、その人の家までタクシーで送るようなことまではしないだろう。救急車は呼ぶかもしれないが。ってか、救急車なんてないか。
「……いや。困った人を助けるのは私の義務だ」
 イケメンは表情を変えずに呟いた。あまり感情の起伏がなさそうな人だ。
「それに、鶴汀楼の楼主とは知り合いでな」
 ……知り合い。真面目そうなのに妓楼の主と知り合いだとは……などと思っていると。
「君の名前は?」
 いきなり聞かれて驚いた。俺の名前……「鶴汀楼戯伝」の主人公の名前。それくらいは覚えている。
「楊、史琉、です」
「楊史琉か。私は程真波という」
 ていしんはさん。やはり聞いたことのない名前だ。ゲームには出てこなかった。
「鶴汀楼の楼主、鶴天佑は面倒みのいい男だ。頼るといい」
 そういって、わずかに口角をあげた。ぎこちない笑みは、急に彼を親しみやすい人に感じさせて。
 シンハさん、俺妓楼になんて行きたくないんだけど、連れて帰ってくれないかな。
 ……なんて、いくら親近感を覚えたとはいえ、そんなことを言えるはずもなく。俺はおとなしく頷いた。
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