上 下
15 / 30
第二章 君の手は握れない

第十五話 君の手は握れない6

しおりを挟む
「狭いけど我慢してよー」
 メガネの引き取りしたあと、我が家へと移動した。四人も入ると一気にギュウギュウ、限界だ。
「店長の部屋、めちゃくちゃキレイじゃないですか!」
「その言い方だと汚いとでも思ってたワケ?」
「い、いえ! そんなことは微塵も……! あ! これ、店長が力入れて展開してた商品だ~!」
 桂っちが指さしたのは、B6サイズの一見ただの鏡。だけど、中を開くことが出来る。ネックレスやブレスレット、ピアスをひっかけられるフックが並び、指輪を刺しておけるリングホルダーも付いているアクセサリーケースなのだ。サイズも大きすぎず、薄型なのに収納力抜群の商品だ。
「そりゃ、もちろん使ってよかったからあんだけ大きくコーナー作ったに決まってんじゃん」
「さすが~!」
「褒めても何もでないっての」
「あの、店長さん」
「ん? 駿河っちどしたー?」
「今日はえみさんから晩ご飯ご馳走していただけると聞いてます。ありがとうございます」
「いーのいーの。家にずっと置きっぱだったたこ焼き器、一度使ってみたかったからさー」
「たこ焼き、マジっすか!」
「たこ焼き作るのは初めてなので楽しみです!」
「というわけだから、早速みんなで分担して用意するかんね」
「えっ、ワタシたちもやるんですか」
「客人だからってゆっくりできると思うなよ~」
「えぇー!」
「食材やたこ焼き器までわざわざ用意していただいたんですから、それくらいは」
「さすが駿河っち。話が分かるわー」
「オレもやる」
「よーし、ワタシも頑張るしかないっすねぇ」
 鍋を取り出し、アタシは鰹節から出汁をとる。桂っちはたこやチーズなど具材切っていく。狭いキッチンだから二人立つだけでもういっぱいだ。駿河っちはローテーブルの上で長いもをすりおろして、とろろを作る。
 最後の過程である、ボウルに入れた生地や出汁を混ぜるのはダダ。「大役になってしまった」とぼやくダダは、混ぜるだけとはいえ、少し緊張していた。実際、粉やとろろが重く、かなり混ぜづらそうにしている。アタシが横から出汁を少しずつ注いでいきながら、
「そうそう。最初は切る感じで混ぜて。出汁の量が増えたらたぶん混ぜやすくなるから頑張れー」
 と声をかけていく。徐々に慣れて、良い感じに混ざってくる。
「そうそう、その調子」
「キムキムは人に教えるの上手」
「そう? ただ説明してるだけだけど」
「バイトの先輩っていつも上から目線で怖い人ばっかだったから、優しく教えてもらえると安心する」
「『bloom』はみんな優しいっすよね。やまむぅパイセンも、タハラーパイセンもバイトの子みんな。心折れなくて続けられるのはこのメンバーだからだとひしひし感じます」
「桂っちの言う通り。オレも楽しい」
「僕は部外者ですけど、みなさん仲良くて良い職場だと思いますよ」
「ソーイチローも一緒に働かない?」
「みなさんからお誘いいただいて嬉しいんですけど、僕は僕で書店楽しいので」
「そっか。またソーイチローのお店も遊びに行く。オレ、本読まないけど」
「ぜひ来てください! 一緒に本探しましょう」
 高校時代のダダからは想像できないくらい、人と話すようになったと思う。バンドもやってるし、バイトも一応何回かチャレンジしてたみたいだし。アタシが知らない時間の中にいろんなことがあったんだろうな。その変わっていく姿をアタシも少し見てみたかった。

 アツアツになったたこ焼き器の鉄板に生地を流し込み、たこを一つずつ入れていく。千枚通しを手にしている桂っちが「まだかなー」と生地をつつく。
「あー、あんまりつついたりしない。放置放置!」
「店長、声がマジじゃないっすか」
「おいしいたこ焼き食べたいっしょ? マジになるに決まってんじゃん」
「そりゃそうっすけど、目が怖いっす」
「キムキム、情熱すごい」
「鍋奉行はよく聞きますが、たこ焼き奉行もいらっしゃるんですね……」
 ある程度経ってから、鉄板のフチをなぞって浮いた生地を中に入れこんだら、端から千枚通しの先でなぞり、勢いよくひっくり返す。こんがりきつね色の表面が現れた。「おぉー」と三人は声をあげて、たこ焼きを眺めている。
「みんなもやってみ?」
 と、三人に順繰りに千枚通しを持たせる。最初は苦戦しつつ回すけれど、達成感があるのか、みんなやりたがるからおもしろい。アタシは缶ビールを飲みつつ、その様子を見守った。
 完成したたこ焼きを皿に分けて、食べはじめる。
「めっちゃうまいっすー!」
「外カリカリ、中とろとろ」
「お店で出されてるのと大差ないですよ」
「そんだけ喜んでもらえたなら、アタシも嬉しいってモンよ」
 みんなが美味しそうに食べてる姿を横目に、アタシは生地を鉄板に流し込み、準備を始めた。
外はもう夏。暑くてクーラーかけてるけど、煙やにおいを出すため少し窓は開けているからプラマイゼロ。だけどそんな中で食べるたこ焼きはおいしいし、みんなで作るのは楽しいから、どんどんとビールが進む。
 どんどんと記憶が薄れて、三人の声が遠くなる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夏蝉鳴く頃、空が笑う

EUREKA NOVELS
ライト文芸
夏蝉が鳴く頃、あの夏を思い出す。 主人公の僕はあの夏、鈍行列車に乗り込んであの街を逃げ出した。 どこにいるかもわからない君を探すため、僕の人生を切り売りした物語を書いた。 そしてある時僕はあの街に帰ると、君が立っていたんだ。 どうして突然僕の前からいなくなってしまったのか、どうして今僕の目の前にいるのか。 わからないことだらけの状況で君が放った言葉は「本当に変わらないね、君は」の一言。 どうして僕がこうなってしまったのか、君はなぜこうして立っているのか、幾度と繰り返される回想の中で明かされる僕の過去。 そして、最後に訪れる意外なラストとは。 ひろっぴーだの初作品、ここに登場!

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

彼氏の前でどんどんスカートがめくれていく

ヘロディア
恋愛
初めて彼氏をデートに誘った主人公。衣装もバッチリ、メイクもバッチリとしたところだったが、彼女を屈辱的な出来事が襲うー

ときめきざかりの妻たちへ

まんまるムーン
ライト文芸
高校卒業後から20年が過ぎ、朋美は夫と共に「きさらぎヶ丘」へ引っ越してきた。 そこでかつての仲良しグループのメンバーだったモッコと再会する。 他の2人のメンバーは、偶然にも近くに住んでいた。 夫と妻の役割とは… 結婚すると恋をしてはいけないのか… 夫の浮気とどう立ち向かうのか… 女の人生にはいつも悩みが付きまとう。 地元屈指のお嬢様学校の仲良しグループだった妻たちは、彼女たちの人生をどう輝かせるのか? ときめきざかりの妻たちが繰り広げる、ちょっぴり切ないラブストーリー。 ※この作品は小説家になろうにも掲載しています。

失われた君の音を取り戻す、その日まで

新野乃花(大舟)
ライト文芸
高野つかさの恋人である朝霧さやかは、生まれた時から耳が全く聞こえなかった。けれど彼女はいつも明るく、耳が聞こえない事など一切感じさせない性格であったため、つかさは彼女のその姿が本来の姿なのだろうと思っていた。しかしある日の事、つかさはあるきっかけから、さやかが密かに心の中に抱えていた思いに気づく。ある日つかさは何のけなしに、「もしも耳が聞こえるようになったら、最初に何を聞いてみたい?」とさかかに質問した。それに対してさやかは、「あなたの声が聞きたいな」と答えた。その時の彼女の切なげな表情が忘れられないつかさは、絶対に自分がさかやに“音”をプレゼントするのだと決意する。さやかの耳を治すべく独自に研究を重ねるつかさは、薬を開発していく過程で、さやかの耳に隠された大きな秘密を知ることとなる…。果たしてつかさはいつの日か、さやかに“音”をプレゼントすることができるのか?

家に帰ると夫が不倫していたので、両家の家族を呼んで大復讐をしたいと思います。

春木ハル
恋愛
私は夫と共働きで生活している人間なのですが、出張から帰ると夫が不倫の痕跡を残したまま寝ていました。 それに腹が立った私は法律で定められている罰なんかじゃ物足りず、自分自身でも復讐をすることにしました。その結果、思っていた通りの修羅場に…。その時のお話を聞いてください。 にちゃんねる風創作小説をお楽しみください。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

処理中です...