16 / 30
第二章 君の手は握れない
第十六話 君の手は握れない7
しおりを挟む
「……っつ」
目を開けた瞬間から、鉛を入れられたかのように頭が重い。二日酔いはいつものことだけど、やっぱ慣れない。服も昨日のままだし、顔を触ると化粧も落としてないから、汗と皮脂でべとべと。
「キムキム、起きた。おはよー」
珍しくダダが先に起きて、三角座りした膝にスケッチブックを置いて絵を描いている。ダダもビール飲んでたはずなのに、いつも通りだ。
「お水、いる?」
「お願い」
持ってきてもらったコップ一杯の水を一気に飲み干して、また横になる。
「あー……」
「お酒、弱いんだね」
「美味しいのになー。絶対途中で記憶失くすっていうか。ま、外で飲んでもちゃんと家に帰れてるのは偉いと思うけど」
ゴミ袋の山の上で寝ていたとか、財布スラれたとかよく聞くけど、そういうのは今のところ一度もない。起きたら、家のベッドに見ず知らずの男……のちに初めての彼氏になる人が寝ていたということはあったけど。
「じゃあ、昨日のことも?」
「んー。覚えてない。どうなってた?」
「テンション上がって、桂っちとソーイチローにウザがらみしてた」
「わー、最悪。あとでごめんってメッセージ入れとこ。他は? 物壊したり、その辺で吐いたりとか」
この二つは過去にやらかした失敗例だ。
「物は壊してない。ちゃんとトイレで吐いてた」
「うっ……吐いてたか……。はぁ~……。お酒、やっぱそこそこにしないとダメだぁ」
「うん、その方が良い」
ダダは珍しくしっかりしたトーンで言った。相当ヤバかったんだろうな。
「お風呂入ったら買い物行くわ~」
「わかった。オレもついてく」
頭ぐるぐるしてるけど、明日からまた忙しくなる。スーパーに食材と、ティッシュとか生活用品のストックも買っておかなきゃ。
てか、日差しが強すぎてヤバイ。帽子か日傘必須だったな。その上、このムシムシした暑さ。二日酔いの身体に堪える。でも、歩いて五分の場所にスーパーがあるのが救いだ。
カゴを乗せたカートを押しつつ、商品を詰め込んでいく。
「あ、キムキム、ごまドレッシング買わなくていいの?」
「そういや、もうなかったね」
「あと、マヨネーズも『もうなくなる』って言ってなかった?」
「ありがと、一緒に買っとこー」
ダダは結構ストックのありなしだったり覚えてくれていて助かる。こうして二人でスーパーに行くのももうすっかり慣れたものだ。
「キムキム、お菓子買わないの?」
「今日は買わない」
「えー」
「まさか昨日、駿河っちと桂っち来るからって買っておいたの、全部食べたの?」
「食べた」
「マジ? 二人が持って来たチーズバタークッキーは?」
「それはキムキムがお酒のアテにピッタリってほとんど食べたじゃん」
「記憶ない……」
パッケージに牛のイラスト描かれててかわいい上に、チーズバタークッキー好きだから楽しみにしていた。なのに、食べたくせに舌にも脳にも味が記録されてない。シラフの時に食べたかった……。お詫びにお菓子なんでも一個買っていいよと言うと、ダダはお菓子の棚をじーっと見て、吟味している。
「キムキムって、昔、よくお菓子食べてたよね」
「そんな時代もあったあった」
いつもお菓子何かしら持ってて、ダダにもよく分けてた。今思えば、のどあめを常にカバンに入れてるおばあちゃんみたい。
「あれは友達との……なんつーかノリかな? 持ってたら話のタネになるし、友達からお菓子もらった時に返せるし。お金もったいないからあんま買いたくなかったけど、そーいうとこ合わせないと嫌われる」
「そこまで考えてたの」
「学校くらいは一人でいたくなかったんだよね」
帰って一人。特に冬場の、真っ暗でヒンヤリとした人気のない家は嫌いだった。身体の奥の奥から寂しさがこみ上げ、涙が出る。流れる涙も冷たくて思い出すだけでも苦しくなる。なんの特徴もないアタシは、無理やり自分じゃないジブンを作ったとしても、誰かと一緒にいたい。「友達がいるかいないか」はあの頃のアタシには最重要事項だった。
「ダダは一人でいつも描きたいものを描いて、カッケーって思ってた」
「そう?」
「なんていうか、我が道を行く感じ」
ずっと一人で黙々とマイペースに生きる彼を強いと感じてた。その強さがアタシにも欲しいくらいだった。だけど、なかなかできなくて。「好き」と言う言葉に弱い自分を預けようとして、男にすべて奪われかけたり、しれっと捨てられたりしたんだけど。
「でも、アタシも今は一人でも全然寂しくなくなったし。大人だわ~」
そうだ。もう強いんだ。そう思っているから、今笑ってダダにも言えるのだ。すると、
「キムキム」
名前呼ばれたなぁと思ったら、カートを押しているアタシの手に手を重ねた。
「ちょっ、何?」
驚いて振り払おうとしたら、力強く握られた。
「オレが一緒にいる。キムキムは一人じゃない」
人を吸い込んでいきそうな瞳、アタシの手をすっぽりと覆ってしまう大きな手。ダダから触れられたこと初めてで、心拍数が一気に上がる。
「はいはい、あんがとね」
慌てて手を退ける。ダダは無表情で、何もなくなった自分の手をただじっと見つめていた。
「帰ったら昼ご飯にするから」
「……うん」
目を伏せる。「ごめん」と言おうとして、言えなくなった。こんなに落ち込むなんて思わなかった。強がってるように見えるアタシを、ダダなりに気を使ってくれた?
距離を詰められるのは、怖い。のまま程よい距離感のままいたいだけ。これ以上の何かを期待してしまう。期待しても、その先に待っているのは消失だ。アタシは繰り返す。「特別は作らないって決めたじゃんか」と言い聞かせる。
重い荷物をお互い持ちながら、家を目指す。
「キムキム、さっきはごめん」
「え?」
「勝手に、手、触ったから」
「いいよ、怒ってない」
何も悪くないのに謝らせてしまった。罪悪感がのしかかる。出来ることならあの手を握り返したかった。「ありがとう。一人じゃない」って返事したかった。けど、それは甘えになる。甘えたら、折れてしまう。すべてが壊れる。じりじりと焼きつける日差しがみじめなアタシを痛めつけるように降り注いでいた。
目を開けた瞬間から、鉛を入れられたかのように頭が重い。二日酔いはいつものことだけど、やっぱ慣れない。服も昨日のままだし、顔を触ると化粧も落としてないから、汗と皮脂でべとべと。
「キムキム、起きた。おはよー」
珍しくダダが先に起きて、三角座りした膝にスケッチブックを置いて絵を描いている。ダダもビール飲んでたはずなのに、いつも通りだ。
「お水、いる?」
「お願い」
持ってきてもらったコップ一杯の水を一気に飲み干して、また横になる。
「あー……」
「お酒、弱いんだね」
「美味しいのになー。絶対途中で記憶失くすっていうか。ま、外で飲んでもちゃんと家に帰れてるのは偉いと思うけど」
ゴミ袋の山の上で寝ていたとか、財布スラれたとかよく聞くけど、そういうのは今のところ一度もない。起きたら、家のベッドに見ず知らずの男……のちに初めての彼氏になる人が寝ていたということはあったけど。
「じゃあ、昨日のことも?」
「んー。覚えてない。どうなってた?」
「テンション上がって、桂っちとソーイチローにウザがらみしてた」
「わー、最悪。あとでごめんってメッセージ入れとこ。他は? 物壊したり、その辺で吐いたりとか」
この二つは過去にやらかした失敗例だ。
「物は壊してない。ちゃんとトイレで吐いてた」
「うっ……吐いてたか……。はぁ~……。お酒、やっぱそこそこにしないとダメだぁ」
「うん、その方が良い」
ダダは珍しくしっかりしたトーンで言った。相当ヤバかったんだろうな。
「お風呂入ったら買い物行くわ~」
「わかった。オレもついてく」
頭ぐるぐるしてるけど、明日からまた忙しくなる。スーパーに食材と、ティッシュとか生活用品のストックも買っておかなきゃ。
てか、日差しが強すぎてヤバイ。帽子か日傘必須だったな。その上、このムシムシした暑さ。二日酔いの身体に堪える。でも、歩いて五分の場所にスーパーがあるのが救いだ。
カゴを乗せたカートを押しつつ、商品を詰め込んでいく。
「あ、キムキム、ごまドレッシング買わなくていいの?」
「そういや、もうなかったね」
「あと、マヨネーズも『もうなくなる』って言ってなかった?」
「ありがと、一緒に買っとこー」
ダダは結構ストックのありなしだったり覚えてくれていて助かる。こうして二人でスーパーに行くのももうすっかり慣れたものだ。
「キムキム、お菓子買わないの?」
「今日は買わない」
「えー」
「まさか昨日、駿河っちと桂っち来るからって買っておいたの、全部食べたの?」
「食べた」
「マジ? 二人が持って来たチーズバタークッキーは?」
「それはキムキムがお酒のアテにピッタリってほとんど食べたじゃん」
「記憶ない……」
パッケージに牛のイラスト描かれててかわいい上に、チーズバタークッキー好きだから楽しみにしていた。なのに、食べたくせに舌にも脳にも味が記録されてない。シラフの時に食べたかった……。お詫びにお菓子なんでも一個買っていいよと言うと、ダダはお菓子の棚をじーっと見て、吟味している。
「キムキムって、昔、よくお菓子食べてたよね」
「そんな時代もあったあった」
いつもお菓子何かしら持ってて、ダダにもよく分けてた。今思えば、のどあめを常にカバンに入れてるおばあちゃんみたい。
「あれは友達との……なんつーかノリかな? 持ってたら話のタネになるし、友達からお菓子もらった時に返せるし。お金もったいないからあんま買いたくなかったけど、そーいうとこ合わせないと嫌われる」
「そこまで考えてたの」
「学校くらいは一人でいたくなかったんだよね」
帰って一人。特に冬場の、真っ暗でヒンヤリとした人気のない家は嫌いだった。身体の奥の奥から寂しさがこみ上げ、涙が出る。流れる涙も冷たくて思い出すだけでも苦しくなる。なんの特徴もないアタシは、無理やり自分じゃないジブンを作ったとしても、誰かと一緒にいたい。「友達がいるかいないか」はあの頃のアタシには最重要事項だった。
「ダダは一人でいつも描きたいものを描いて、カッケーって思ってた」
「そう?」
「なんていうか、我が道を行く感じ」
ずっと一人で黙々とマイペースに生きる彼を強いと感じてた。その強さがアタシにも欲しいくらいだった。だけど、なかなかできなくて。「好き」と言う言葉に弱い自分を預けようとして、男にすべて奪われかけたり、しれっと捨てられたりしたんだけど。
「でも、アタシも今は一人でも全然寂しくなくなったし。大人だわ~」
そうだ。もう強いんだ。そう思っているから、今笑ってダダにも言えるのだ。すると、
「キムキム」
名前呼ばれたなぁと思ったら、カートを押しているアタシの手に手を重ねた。
「ちょっ、何?」
驚いて振り払おうとしたら、力強く握られた。
「オレが一緒にいる。キムキムは一人じゃない」
人を吸い込んでいきそうな瞳、アタシの手をすっぽりと覆ってしまう大きな手。ダダから触れられたこと初めてで、心拍数が一気に上がる。
「はいはい、あんがとね」
慌てて手を退ける。ダダは無表情で、何もなくなった自分の手をただじっと見つめていた。
「帰ったら昼ご飯にするから」
「……うん」
目を伏せる。「ごめん」と言おうとして、言えなくなった。こんなに落ち込むなんて思わなかった。強がってるように見えるアタシを、ダダなりに気を使ってくれた?
距離を詰められるのは、怖い。のまま程よい距離感のままいたいだけ。これ以上の何かを期待してしまう。期待しても、その先に待っているのは消失だ。アタシは繰り返す。「特別は作らないって決めたじゃんか」と言い聞かせる。
重い荷物をお互い持ちながら、家を目指す。
「キムキム、さっきはごめん」
「え?」
「勝手に、手、触ったから」
「いいよ、怒ってない」
何も悪くないのに謝らせてしまった。罪悪感がのしかかる。出来ることならあの手を握り返したかった。「ありがとう。一人じゃない」って返事したかった。けど、それは甘えになる。甘えたら、折れてしまう。すべてが壊れる。じりじりと焼きつける日差しがみじめなアタシを痛めつけるように降り注いでいた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。

ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
何でも屋
ポテトバサー
ライト文芸
幼馴染の四人が開業した何でも屋。
まともな依頼や可笑しな依頼がこれでもかと舞い込んでくるコメディー長編!
映画やドラマに飽きてしまったそこのアナタ! どうぞ「何でも屋」をお試しあれ。活字入門にもうってつけ。どうぞ本を読まない方に勧めてください! 続編のシーズン2もあります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる