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森の獣 3章 諸国動乱の刻。暗躍する者たち編

戦いの結末1(才籐)

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皇子は獣と一瞬、視線を交わすと、
間合いを一気に詰めた。
「今は、動物と戯れている時間はありません。
じゃれつくなら、容赦はしません」

馬上より大剣を構えて、突進する皇子、
獣は、その場で全身の毛を逆立て、威嚇した。

馬より飛び降り、そのまま、大剣を振り下ろすが、
獣は、跳躍して回避した。
そして、次の瞬間、皇子に向かって跳躍した。
獣の牙を紙一重で回避すると、
避けざまに獣の背骨に肘打ちを喰らわした。
獣は地に向かって無様に転がった。
そこへヴェンツの風の魔法が襲いかかり、
獣を切り刻み、幾本かの矢が突き刺さった。

「ぐぎゃー、ぐぅぅ」
獣は呻くと、己を傷つけた者に向かおうとしたが、
皇子の殺気に圧っされて、動けなかった。
本能があの男から、目を逸らせば、その一瞬で殺されると
訴えていた。

「ぐぐっ、汚いぞ、皇子。堂々と戦え」
と遠方からアグリッパは罵り、皇子に目がけて、
氷結の魔術を唱えた。

「ふむ、これは中々、斬新な魔術ですね。
この気候でこのレベルの氷を生成するとは」
足元から、氷始める状態を眺めて、
皇子は、驚きを隠せずにいた。

「しかし、残念。
ここが真冬か、水辺であれば、捕まえられたでしょう」
と続け、大剣で氷を叩き割った。

遠目に皇子の行動を見ていたアグリッパは、ニヤリとした。
所詮は、奴も脳筋、あの獣を相手に隙を見せれば、
それが命取りになることが理解できないとは、
噂は所詮、噂だとアグリッパは思った。

「中々、畜生にしては、利口ですね。
この隙に乗じて、襲わないとは!
誘いと判断したのかな。
まあいいでしょう。では、私から近づきましょう」

皇子の全身の筋肉が収縮し、一瞬にして解放された。
獣の眼前で大剣が振り下ろされた。
獣はどうにか両断を避けたが、
ごっそりと胸部から左脚にかけて、切り落とされていた。
「ぎゃあああー」
断末魔の悲鳴を上げる獣。

そして、皇子は、間髪入れずに
止めの一撃を振り下ろそうとした。

「ねえねえ、ちょっと待ってー。
まだ、生まれたばかりだし、もうちょっと遊んであげてよ。
次に会うときは、もう少し楽しめると思うからさー」

獣の側に倒れているレズェエフ王国軍の兵士1人が
突然、立ち上がり、皇子に向かって、話だした。

聞き覚えのある話し方に皇子は、不快感しかなかった。
「黙れ、化け物。
用があるなら、依り代など使わずに現れろ」
と言うや否やその兵士を横なぎに両断した。
両断された身体は、地面に倒れたが、しゃべり続けた。

「まあ、いいや。帰還の時間も稼げたし。
もっと話したかったけど、良しとしよう。
あんまり、邪魔するようだったら、君も殺すよ。
じゃあねー」

無言で喉を潰す皇子、そして、獣に目を向けると、
跡形もなく消えていた。
先ほど、魔術を扱った男が回収したのだろうと思い、
周囲に目を向けるがそれらしき男を捉えることはできなかった。

アグリッパは獣を回収すると、
捨て台詞を呪詛の様に吐いて、逃亡する軍に
混じりながら、レズェエフ王国の近隣の都市へ
向かっていた。

後方が大混乱に陥ったレズェエフ王国軍は、
十分な兵力があったにもかかわらず、
散り散りになって、撤退した。
方やバルザース帝国軍は、撤退するレズェエフ王国軍を
追撃する余力などなく、レズェエフ王国軍が
撤退するのを城から眺めていただけだった。
余力のあるアルベリク侯爵は、撤退し、
アルフレード皇子の軍は、壊滅的な打撃を受けていた。
生き残った者たちは、精も根も尽き果て、壁に寄りかかり、
立っている者なく、まるで幽鬼のようであった。
その中で、少数ではあるが、纏まって、
組織的に行動している一軍があった。

「ったくどうなってんだ。
敵さんが急に逃げ出したぞ。
司祭、どうしたもんかな?」

何とか生き残ったが、疲労困憊で
フラフラの才籐であった。

「帝都まで体力が持ちそうな者は、
自力で戻って貰うしかありませんね。
そうでなければ」
メープルは言葉を濁して、うつむいた。
才籐もメープルの言わんとしていることは
理解できた。
敵軍が撤退した以上、防衛に成功したと
判断していいのだろう。
しかし、この城に残って、拠点とするには
兵数、兵站が少なすぎた。
そして何よりも才籐は、この死臭のする城から
逃げ出したかった。
「才籐、心配せずともこの城からすぐに出ます。
この状況では、城の外でも内でも大して変わりません。
しばらくは野盗に落ちぶれた者たちからの襲撃を
警戒しながら、帝都を目指します」
才籐はメープルの言葉にうなずき、
周囲の惨状から目を逸らし、
俺を恨んでくれるなよと心の底から思った。
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