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本編
安寧となるもの㈠
しおりを挟むㅤ――燃える、燃える。なにもかも。
ㅤ光でもなく、闇でもなく。
ㅤ灼熱の紅蓮が、産魂まれてはじめて目にしたものだった。
* * *
ㅤ此処なるは天上界。貴なる神々の住まう高天原。
「お願い?ㅤアマテラスちゃんから、僕に?ㅤ……はぁ、またスサノヲくんがやらかしたの。やんちゃな弟を持つのも、困りもんだね……」
ㅤかぐわしく咲きにおう桃林にて、少年の姿をした天津神が一柱、これ見よがしに肩を竦めてみせた。
右手には桃。着物の裾をたくし上げ、両の素足を清流にあそばせては、心穏やかに憩うている最中と見えた。
それも、ひとときの夢に終わったのだが。
「えーっと、オオゲツヒメさん、だっけ?ㅤそれはお気の毒としか……あーはいはい。わかったわかった、わかりました。行けばいいんでしょ、まったく……」
ㅤみなまで言うなと言外に遮る声音には、自棄の色が混じる。
弾みをつけて立ち上がった拍子に、細かな水飛沫と、緋色の髪が舞い踊った。
ㅤ悩みの種は、摘んでも摘んでも芽を出す。
頭を抱える知恵の神に、「いつもお疲れさまでーす」とかけていた言葉も、いまとなっては口が裂けても言えない。
明日は我が身とは、一体誰が言い出したのか。
「好きで雷落としたいわけじゃないんだけど……一向に学習しない箱入り坊っちゃんに、伝えといて」
ㅤアマテラスの治める高天原において、太陽が落ちることはない。
しかしながら、少年を取り巻く空気に限っては、にわかにその様子を一変させる。
「――逆ギレして、うっかり殺しちゃいましただぁ?ㅤ調子乗るのも大概にしろよ、若造が」
ㅤ事前予告をするだけ、ありがたく思ってほしいものである。
ㅤ厳かに燻る言の葉を聴き届けた小鳥が、ひとつ囀ずり、淡く澄み渡る空の彼方へと飛び去ってゆく。
ㅤかの荒神を凌ぎ、鉄拳制裁を下すことが可能であるのは、少年――高天原最強の軍神と謳われるタケミカヅチ以外には、ついぞ存在し得ない。
ㅤㅤㅤ*ㅤㅤ*ㅤㅤ*
「というわけで、泣き喚いて言うことを聞きやしないお子ちゃまは、とりあえずぶっ飛ばしてきましたんで。いまごろ、出雲辺りの地面にでも埋まってるんじゃないかな。でもまぁ、あそこ根の国に近いじゃないですか。お母さんに会いたがってたし、むしろ本望なんじゃないですかね。あー仕事した仕事したー」
ㅤ今日も今日とて書簡の山に埋もれ、繰り返し嘆息をこぼしていたオモイカネは、嵐のようにやってきた少年による怒濤の報告を、一方的に聞かされていた。
「……茶でも飲むか?」
「お構いなくー」
「そのほうが良さそうだな」
ㅤにこにこと頬笑んでいるタケミカヅチから、ひとたび視線を外した窓の向こう側は、轟々と吹き荒ぶ嵐。
止むことのない雷雨が、かの神の帰還と共にやってきたのだ。
ㅤ武神にしては珍しく、一応は温厚な部類に入るタケミカヅチである。
それを、一体どうすればここまで激怒させるってんだよ、スサノヲのやつ、と甚だ疑問に思いながらも、終わったことを掘り返す無粋はおかさない主義だ。
多くを訊かず、さっさと踵を返す少年を、ただ見送るに留まった。
ㅤかくして通常の執務に戻ったオモイカネではあったが、〝それ〟は、程なくして起こる。
「――どういうことですか、オモイカネさんっ!」
ㅤ開け放たれた扉を反射的に捕捉する。
鼈甲の双眸には少なくない驚愕の色がにじみ、平生より冷静沈着な知恵の神らしからぬ表情をかたち作らせていた。
ㅤそれもそのはず。淡々と受け答えをし、食ったような態度で接することすらある少年、いましがた退室したばかりのタケミカヅチが、混乱を隠せない様子で執務室へと舞い戻ったのだから。
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