ポットのためのもう一杯

五条葵

文字の大きさ
14 / 26
本編

14

しおりを挟む
「まぁ、それはシンシアも悪いわね。あっ、誤解しないでね、シンシアもよ。圧倒的に悪いのはあの男よ。大体トーマスの過去が原因でシンシアが困らされる、というのも腹立たしいし、まさかまだ話していなかったとは思わなかったわ。言うに事欠いて、延々としらばっくれていた自分のことを棚に上げて、妻を怒鳴りつけけるだなんて、ご丁寧に使用人や従業員にまで箝口令を敷いていてみたいですしね」

 だんだんイライラが募ってきたのだろう、そこまで一息で言い切ったアデルは、目の前のカップに残ったお茶をゴクリと煽る。決して中上流の女性として褒められた態度ではないが、彼女がするとさまになる。喉を潤した彼女はフッと息を吐いた。

 初めて見るトーマスの本気の怒りに当てられ、自身の罪悪感に押しつぶされそうになり、とっさに屋敷を飛び出したシンシアが向かったのはホールトン邸。アデルの元だった。

 突然やってきた、それも顔を泣きはらしたシンシアにアデルは驚いたが、なにかあったのだろうと察した彼女は快くシンシアを屋敷に迎え入れ、お茶を入れてくれた。お茶を飲みようやく落ち着いたシンシアに何があったのかを聞いたアデルがしたのが冒頭の発言である。

「いえ、箝口令を敷いた、ということはよほど知られたくなかったということですわ。それなのに私は勝手に探るような真似をして、皆様にも迷惑をかけてしましました」

 シュンとするシンシアの頭をテーブルの向こうから伸びてきたアデルの手が優しく撫でる。

「まぁ・・・・・、できればトーマス本人に教えてもらうようにすればよかったかしら。あのことはトーマスにとってもショックだっただろうし、あなたも気付いているでしょうけどトーマスはああ見えて繊細だわ」

「でも、ブラッドリーという大きな商会を背負わないといけないから、繊細な部分は見せないようにしていたのですよね」

「えぇそうね。でもそれは組織を預かる者なら多かれ少なかれそうだし、トーマスも学生の頃から覚悟はしていたわ。多少その時期が早くなりはしたけど」

 そう行って、懐かしげに宙を見上げたアデルは目の前のシンシアを見据える。

「まぁ、たしかに怒ったトーマスはなかなか迫力があるけど、彼も後悔しているでしょうし、めげずにトーマスに過去のことを教えてもらえないか聞いてみなさい?」

「良いのですか?旦那様は触れられたくないのでは?」

「でも、触れないとあなたが感じたとおり、一生本当の意味で夫婦にはなれないわよ。これはトーマスが超えるべき試練でもあるわ。完璧にすべてを隠すのなんて無理なのだから、どうせいずれは誰かから噂を聞くことになるでしょうし、なら本人から聞いたほうが良いと思うわ」

「わ、わかりました」

「急がなくて良いわよ。二人のペースを掴みなさい。それはそうと、今日は泊まって行くわよね」

「よろしいのですか?」

「えぇ、もちろん。よろしいも何も、まず今はもう真っ暗よ。いくら近くてもいまさら帰せないわ。どうせならせっかくだし2,3日泊まっていきなさい。トーマスには私が手紙を出しておくし、急ぎの用があれば別だけど。こういう時は一旦距離を置くのも大事よ」

 その言葉にシンシアは自分の予定を思い出す。数日後にお茶会に呼ばれてはいるが、ある程度準備は出来ているし、2,3日アデルのもとに入る分には構わないだろう。それに正直今屋敷に帰っても夫とどんな顔で合えば良いのか分からない。

「ではお言葉に甘えさせてもらっても良いですか?」

「喜んで。私も早くにこの世界に入ったから、普通の女の子の友達が少なくて。こうしてシンシアが頼ってくれてとても嬉しいの。だから自分の家だと思ってくつろいでね」

 じゃあ、少しだけ準備をしてくるわ、とアデルは席を立ち部屋を後にした。



 翌日の夜。シンシアを怒鳴りつけたトーマスはいつものように書斎にいた。違うのはいつもの時間になってもシンシアが現れないことである。

「旦那様、ブラウンでございます」

 硬質な規則正しいノックの後にブラウンの声がドアの向こうからする。部屋に入るよう言うと、彼は屋敷の差配に関するものだ、という書類を側に置く。もっとも仕事熱心なトーマスも今はそれを読む気に慣れなかった。

「今日は・・・・・シンシアは来ないんだな」

「シンシア様でしたら、ホールトン邸に預かった、ではなくホールトン邸で泊まってもらうと、ミス・ホールトンから手紙がありましたよね」

 この期に及んでそんなことを言う主人に若干呆れつつ、ブラウンはそう言う。シンシアがトーマスのもとを走り去ってから数時間後。アデルからトーマスへそんな手紙が届いていた。

「そんなに後悔なされるのでしたら、あんなことをおっしゃられなければよろしかったのでは?アーシェル子爵夫人のことはご自身で仰るタイミングを測っていらっしゃると思い、我々は黙っておりましたが、完全に裏目に出てしまいましたね」

 ブラウンは主人を散々にこき下ろすが、トーマスは反論することができない。これまで寂しかった屋敷に暖かな風を呼び込んだシンシアを使用人たちはとても慕っている。

 シンシアがトーマスの書斎を飛び出した後も、驚きはしたものの、すぐにシンシアを落ち着かせそしてしっかり身支度を整えさせてから、馬車でホールトン邸まで送り届けた。今回の件についてはシンシアに付く、という彼等のメッセージだろう。

 ハウスキーパーのミセスリードに至っては朝から直接厳しい言葉を頂いてしまった。とは言え、彼等はシンシアだけの味方ではない。トーマスが幼い頃から仕え、彼が若くしてブラッドリーを率いる、という重圧に耐えてきた様子を間近で見てきた使用人たちはトーマスにも幸せになって欲しいと願っている。だからこそこの夫婦の円満を願っていた。

「ですが、考えようによってはよかったのでは?ミスホールトンのもとなら安心ですし。トーマス様も少し落ち着いて考える時間が出来るのではないでしょうか?」

 そう言って、「しょうがない人だ」とでも言いたげな笑みを浮かべるブラウンにトーマスを息を吐く。

 そして少し何かを考えると、少し後ろに控える執事に

「明日の朝、先触れを走られせてくれないか?」

 と言い、何かを書き始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』

鷹 綾
恋愛
前世では、仕事に追われるだけの人生を送り、恋も自由も知らないまま終わった私。 だからこそ転生後に誓った―― 「今度こそ、働かずに優雅に生きる!」 と。 気づけば貴族夫人、しかも結婚相手は冷静沈着な名門貴族リチャード様。 「君は何もしなくていい。自由に過ごしてくれ」 ――理想的すぎる条件に、これは勝ち確人生だと思ったのに。 なぜか気づけば、 ・屋敷の管理を改善して使用人の待遇が激変 ・夫の仕事を手伝ったら経理改革が大成功 ・興味本位で教えた簿記と珠算が商業界に革命を起こす ・商人ギルドの顧問にまで祭り上げられる始末 「あれ? 私、働かない予定でしたよね???」 自分から出世街道を爆走するつもりはなかったはずなのに、 “やりたいことをやっていただけ”で、世界のほうが勝手に変わっていく。 一方、そんな彼女を静かに見守り続けていた夫・リチャードは、 実は昔から彼女を想い続けていた溺愛系旦那様で――。 「君が選ぶなら、私はずっとそばにいる」 働かないつもりだった貴族夫人が、 自由・仕事・愛情のすべてを“自分で選ぶ”人生に辿り着く物語。 これは、 何もしないはずだったのに、幸せだけは全部手に入れてしまった女性の物語。

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

私が素直になったとき……君の甘過ぎる溺愛が止まらない

朝陽七彩
恋愛
十五年ぶりに君に再開して。 止まっていた時が。 再び、動き出す―――。 *◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦* 衣川遥稀(いがわ はるき) 好きな人に素直になることができない 松尾聖志(まつお さとし) イケメンで人気者 *◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*

【完結】妻の日記を読んでしまった結果

たちばな立花
恋愛
政略結婚で美しい妻を貰って一年。二人の距離は縮まらない。 そんなとき、アレクトは妻の日記を読んでしまう。

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

氷の宰相補佐と押しつけられた厄災の花嫁

瑞原唯子
恋愛
王命により、アイザックはまだ十歳の少女を妻として娶ることになった。 彼女は生後まもなく始末されたはずの『厄災の姫』である。最近になって生存が判明したが、いまさら王家に迎え入れることも始末することもできない——悩んだ末、国王は序列一位のシェフィールド公爵家に押しつけたのだ。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...