○○さんの諸事情。

アノンドロフ

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須応さんと斑目くんの場合。

斑目くんと図書館。

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 初めて琴原市立図書館を利用してから、一週間が経過した。
 寝ても覚めても須応の影がちらついて、この週の講義では何を習ったのかよく覚えていない。物理化学実験では一人だけ変な数値を叩き出し、やり直しを食らった。
 このような精神状態のなか、斑目が頭を悩ませ続けていたのは、如何にして須応に会うかということだ。
 真っ先に思いついたのは、図書館に行って本を借り続けること。これならば、業務的ではあるが貸出と返却の際に須応と話せる可能性が高く、かつ自然に会える。そうなると、次は何を借りるのかということだが、ここで斑目は思考に行き詰ったのだ。
 斑目は、本が好きではない。文字の羅列を見るだけで、眠くなってしまう。
 故に、何を借りればいいのかがわからない。
 講義で参考図書を紹介されることはあるが、それも毎度のことではない。あと、できれば学術的な本も読みたくない。
 一週間考え続けて、ひねり出した答えは──。
「おすすめの本、ありますか?」
 直接、須応に訊いてしまうことだった。

「おすすめの本、ですか?」
 配架が丁度終わった須応は、斑目の質問に首をかしげる。
「それは、前に借りられていたような自然科学分野のなかで、でしょうか」
「そうではなくて、えっと……学術的な本ではなくて、小説とか」
「小説」
 少しだけ、須応の声のトーンが上がる。
「お好きなジャンルはありますか? 探偵モノとか、ファンタジーとか」
「や、俺はあまり普段本は読まないので。できれば、あまり長くないような、おもしろい話がいいです」
「なるほど」
 人差し指をマスクの上から口元に当て、そのまま閲覧室の入り口に近い本棚へと歩いていく彼を、斑目は追いかけていく。
「この本、いかがでしょうか」
 須応が選んだのは、一冊の文庫本だった。
「この本はいわゆるショートショート集で、一つの話が二、三ページで終わるんです」
 そう言いながら開かれた目次のページには、びっしりとタイトルが書きこまれている。
「お話のジャンルもバラエティーに富んでいまして、サイエンス・フィクションにミステリー、恋愛など。最後まで飽きることなく読めるかと思います」
「へぇ……そういう本もあるんですね」
 これなら自分も読めそうだ、と続けると、須応はもう一冊本を抜き取った。
「これもおすすめで。ミステリーなんですけど問題編と解答編に分かれているんです。ですので、読者も推理を楽しみながら読めます。私は、今まで正解したことがないんですけどね」
「おもしろそうですね、それ」
「そうなんです。これ、本当におもしろくって。七巻まで出ているんですけど、特に三巻の衝撃は今でも忘れられないぐらいで──」
 本当に本が好きなのだろう。須応は瞳を輝かせながら、また別の本を抜き取る。
「これもミステリーですけど、殺人事件ではなく日常の謎を扱った作品で──」
 次の本。
「この本は何よりも世界観が素敵で、何度この世界に行きたいと思ったか──」
 次の本。
「この作者さんは描写が本当に綺麗で──」
 次の本。
 次の本。
 次の本──。

「──で、気が付くと朝になってて、そのぐらいの没入感がありますね。このシリーズが一番好きです。よいしょ」
 抜き取った本は全て須応の片腕に抱えられているのだが、ついに限界が来たようだ。
 本の重さで我に返った彼は、腕の中にある十数冊を超える本のタワーを見つめ、
「またやっちゃった……」
とか細い声を漏らした。
「ごめんなさい。僕──じゃなかった、私が、ええと……完全に、自分の好きな本ばかり、紹介してしまって……恥ずかしい……」
 マスクで分かりづらいが耳の先まで真っ赤に染めて。その須応の様子に心臓が跳ね上がるが、抑え込んで──。
「俺、須応さんのおすすめの本、全部借ります。読むのが遅いんで、毎週一冊ずつ借りることになると思いますけど」
 少しの間ぽかんとした様子だったが、須応はバッと頭を下げる。
 須応の腕から本が落ちてしまうのではないかと焦ったが、それは杞憂に終わった。
「ありがとう、ございます……!」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
 静かな感謝の声に、礼を返す。

 初めは、癒しとしてただ見ているだけで良いと思っていた。
 しかし、本を借りに行くたびに──須応に、「おもしろかった」と伝えるたびに、その思いは霧散してしまう。
 今まで須応が浮かべていた微笑みは、所謂「営業スマイル」だったのだろう。そう感じてしまうほど、斑目が感想を伝えたときに見せる須応の笑顔は、より親しみのあるものへと変わっていった。

 斑目はただただ純粋に、この人と仲良くなりたいと心の底から感じるのだった。
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