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71~80話
言葉の裏に願うもの《ヨルグ視点》【下】
しおりを挟むコンコンコン
「ヨルグです。まだ起きていますか?」
ノックして声をかけると、ほどなくしてドアが開けられた。
「なんでこっちに来てやがんだ。こんなときゃあリゼットの味方でいてやれ」
「俺は何があろうと絶対的にリゼットの味方です。――ガファスさんも、そうですよね?」
ガファスの言葉にリゼットへの想いを確信して微笑みかければ、気まずさを誤魔化すようにチッと舌打ちが返ってきた。
「ったく。言うじゃねえか」
ドアを開け放したまま背を向けて室内に戻っていくガファスに、『上がっていい』という意味だと理解してドアをくぐる。
「リゼットはどうしてる」
「ガファスさんに酷いことを言ってしまったと、泣き疲れて寝てしまいました。俺がこちらへ来ることは書き置きを残してあります」
「そうか。なら一杯付き合え」
一人で呑んでいたのだろう。
ガファスは、テーブルに並ぶ酒器にもう一脚陶器の盃を足した。
静かに酒を酌み交わす。
「……あれの父親が店を継がねえで家出した話は聞いてるか?」
「はい、一通りは」
「そうか」
酔って赤らんだガファスの顔は、眉間にシワを寄せて涙を堪えているようにも見える。
「俺ぁまた間違えたのか……?」
それは俺に答えを求めるものではなく、自問のような呟きだった。
見えない答えを探すような沈黙。
俺はその答えを持たず、ガファス自身も思い悩んでいるようだ。
コトンと、盃を置く小さな音が沈黙を破ったのを合図に、自分の知り得ることを口にした。
「……リゼットに結婚を申し込んだときに言われました。店を継ぎたいのだと――『パン屋で働いていてもお嫁さんにしてくれますか?』、と」
「長ぇこと店の手伝いで縛りつけちまったが、結婚して家を出たんなら丁度いい機会だろ。リゼットにゃあこの店のことも『家出した父親の責任』なんてもんも気にしねえで、やりてえことをやってほしいと思ってる」
ああ、だからガファスは……。
リゼットが父親が逃げ出したことの責任を負おうとしているのではないかと懸念して、あんなにも店を継がせることを反対していたのだ。
リゼットを家から解放して、自由にしてやるために。
店が大好きだと話すリゼットも、孫娘に好きな生き方をしてほしいと願うガファスも、こんなにもお互いを想い合っているのに。
「店を継ぎたいと語るリゼットの口から、『父親の代わり』や『責任』という言葉は聞いたことがありません。俺が知っているのは、リゼットがどれほどこの店を大好きで、どれほど大事に思っているかということだけです。……リゼットにとっては、この店そのものが『第二の故郷』なのではないでしょうか」
「この店が…………」
じっと盃の水面を見つめていたガファスは、煮え切らない気持ちごと呑み込むように、グイと酒をあおった。
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