上 下
193 / 210
71~80話

言葉の裏に願うもの《ヨルグ視点》【下】

しおりを挟む


 コンコンコン

「ヨルグです。まだ起きていますか?」

 ノックして声をかけると、ほどなくしてドアが開けられた。

「なんでこっちに来てやがんだ。こんなときゃあリゼットの味方でいてやれ」

「俺は何があろうと絶対的にリゼットの味方です。――ガファスさんも、そうですよね?」

 ガファスの言葉にリゼットへの想いを確信して微笑みかければ、気まずさを誤魔化すようにチッと舌打ちが返ってきた。

「ったく。言うじゃねえか」

 ドアを開け放したまま背を向けて室内に戻っていくガファスに、『上がっていい』という意味だと理解してドアをくぐる。

「リゼットはどうしてる」

「ガファスさんに酷いことを言ってしまったと、泣き疲れて寝てしまいました。俺がこちらへ来ることは書き置きを残してあります」

「そうか。なら一杯付き合え」

 一人で呑んでいたのだろう。
 ガファスは、テーブルに並ぶ酒器にもう一脚陶器のさかずきを足した。



 静かに酒を酌み交わす。

「……あれの父親が店を継がねえで家出した話は聞いてるか?」

「はい、一通りは」

「そうか」

 酔って赤らんだガファスの顔は、眉間にシワを寄せて涙を堪えているようにも見える。

「俺ぁまた間違えたのか……?」

 それは俺に答えを求めるものではなく、自問のような呟きだった。

 見えない答えを探すような沈黙。
 俺はその答えを持たず、ガファス自身も思い悩んでいるようだ。

 コトンと、盃を置く小さな音が沈黙を破ったのを合図に、自分の知り得ることを口にした。

「……リゼットに結婚を申し込んだときに言われました。店を継ぎたいのだと――『パン屋で働いていてもお嫁さんにしてくれますか?』、と」

「長ぇこと店の手伝いで縛りつけちまったが、結婚して家を出たんなら丁度いい機会だろ。リゼットにゃあこの店のことも『家出した父親の責任』なんてもんも気にしねえで、やりてえことをやってほしいと思ってる」

 ああ、だからガファスは……。
 リゼットが父親が逃げ出したことの責任を負おうとしているのではないかと懸念して、あんなにも店を継がせることを反対していたのだ。
 リゼットを家から解放して、自由にしてやるために。

 店が大好きだと話すリゼットも、孫娘に好きな生き方をしてほしいと願うガファスも、こんなにもお互いを想い合っているのに。

「店を継ぎたいと語るリゼットの口から、『父親の代わり』や『責任』という言葉は聞いたことがありません。俺が知っているのは、リゼットがどれほどこの店を大好きで、どれほど大事に思っているかということだけです。……リゼットにとっては、この店そのものが『第二の故郷』なのではないでしょうか」

「この店が…………」

 じっと盃の水面を見つめていたガファスは、煮え切らない気持ちごと呑み込むように、グイと酒をあおった。
しおりを挟む
感想 78

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話

水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。 相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。 義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。 陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。 しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。

恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。 パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

かりそめマリッジ

ももくり
恋愛
高そうなスーツ、高そうなネクタイ、高そうな腕時計、高そうな靴…。『カネ、持ってんだぞ──ッ』と全身で叫んでいるかのような兼友(カネトモ)課長から契約結婚のお誘いを受けた、新人OLの松村零。お金のためにと仕方なく演技していたはずが、いつの間にか…うふふふ。という感じの王道ストーリーです。

処理中です...