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神殿と悪魔
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「おい、起きろ。」
頬を叩かれて、意識が浮上する。僕が反応するより早く、引きずられて地面に打ち付けられた。目を開けると夜空が見えた。荷車から落とされたことを悟って、僕はうめいた。攫われる時に強く殴られた腹が傷んだ。
「1、2、3…これで最後か?」
「ああ。」
僕の近くには同じような年頃の子どもが2人、同じく無造作に放り出されてうずくまっていた。皆手足を縛られ、猿轡をかまされている。
僕を攫った男は何枚かの銀貨を受け取ると、俺たちの頭を足先で小突いた。
「生き残れるよう、女神さまに祈りな。」
女神なんかいない。僕はぎゅうぎゅうに押し込められた荷馬車の中でそう思った。いたとしても、僕のようなちっぽけな存在を救うほど暇ではない。きっと、神というのは神殿に籠一杯の金貨を寄付できるような金持ちの願いを聞くので大忙しだ。
僕は大きな荷馬車に乗せ替えられた。その荷馬車には子どもが20人以上乗せられていた。それが、どこかで停車するたびに、増えていく。あちこちの人攫いから買い集めているらしかった。乗ってくるのは、少年ばかりである。
僕は寝ようと瞳を閉じた。荷馬車にはすすり泣く声と、恐怖で震える奥歯の音が満ちていて、良い夢が見れる気はしなかった。しかし、今は寝なければならない。
そうして結局悪夢を見て朝を迎え、太陽が一番高いところまで昇る頃には、荷馬車は目的地へたどり着いたようだった。
「うぇ……ふぇ…おかぁさん……。」
「ぐすっ、すっ……うぅ……。」
荷馬車から下された少年たちが泣き出した。僕はそれを見て、あの子たちは生き残れないな、と思った。
泣くと、涙で視界が悪くなる。何が起きているのか見えない。見えないものは怖い。恐怖は思考を停止させる。
人間、それほど恐ろしいことにはならない。何に巻き込まれたとしても、行きつく先はあの死の門だ。
死の門を見たこともない小奇麗な連中はあの門を呪われるとか言って恐れていたが、そこに住みついていた僕に言わせると、見たことがないから怖いだけだ。見て知ってしまえば、なんてことない、あれはただの門だ。
よく寝たおかげで、頭も冴えている。恐怖もない。大丈夫、僕はきっと今回も切り抜けることができる。僕は目を見開いてあたりを見渡した。
巨大な彫像を屋根に乗せた建物が見えた。後ろを向いているが、間違いなく、女神の像だ。つまり、この建物は神殿の持ち物であることがわかる。僕たちは神殿の所有する建物の裏手に下されたようだった。
僕たちを受け取った者たちは頭から布を被り、その素性は知れない。しかし、見当はつく。
僕は昨夜のことをはっきりと覚えてた。僕らは三人で銀貨数枚だった。それが今は30人を超えている。全員合わせて、金貨一枚の値段でもおかしくない。それをぽっと支払える者で、憲兵も手を出せない存在。
――あいつらは神官だ。
僕は理解した。毎日毎日死の門へ運ばれてくる死体。新聞が戦況有利とどれほど書き立てても、この国が劣勢なのは明らかだ。そして、劣勢に追い込まれた国と神殿が、少年を買い集めている。
――少年兵か……?
頭によぎった言葉を否定した。おかしい。少年兵なんて、堂々と徴兵すればいい。生活の保障をすれば、志願する連中もいるはずだ。闇で少年を買わないといけない理由は何だ。
僕らは体の自由を奪われたまま、建物の中へと運ばれた。
*
「悪魔を連れて来るのは、君か?それとも他の子どもか?」
そのまま連れてこられた地下室で、僕らは床に放り出された。
そこにはやはり、最上位の神官の衣を着た男がいた。隠す気もないらしい。何人かの少年は驚嘆で目をひん剥いて神官を見た。
神官はひとりひとりの少年の頭に触れて、祈りの言葉をつぶやいて回った。
――悪魔?
僕は男の発言から、思考を巡らせた。
――そうか、悪魔憑きの少年兵を作るつもりなんだ。
悪魔とは神殿に仇をなす存在だ。人を惑わせ、苦しめ、呪いを運ぶ。
悪魔と契約を交わして自在に悪魔の力をこの世に行使する者を悪魔憑きと呼んだが、彼らは尋常ではない力を得る代わりに正気を失い、やがて悪魔に体を乗っ取られるという。
悪魔を祓う力を持つのは神官のみだが、反対に、悪魔を自在に召喚する術を知っているのも神官のみである。
見渡せばこの地下室には到底神殿の所有物とは思えないようなものが並べられている。
牛の頭、悪魔の絵、割れた盃。僕は何とかして逃げなければならないと思ったが、手足の拘束はきつく、地下室のたったひとつの扉には見張りが3人もいる。
万事休す。それでも僕は目だけはせわしなく動かしていた。何かを見つけたかった。
男が合図を出す。四方に配された人間たちが何事かを唱え始める。僕はまだ目を閉じない。
急に息苦しくなった。地下室の床に描かれていた陣が発光し、熱をもった。そして、僕の体の中に何者かが入ってきた。
「おい、起きろ。」
頬を叩かれて、意識が浮上する。僕が反応するより早く、引きずられて地面に打ち付けられた。目を開けると夜空が見えた。荷車から落とされたことを悟って、僕はうめいた。攫われる時に強く殴られた腹が傷んだ。
「1、2、3…これで最後か?」
「ああ。」
僕の近くには同じような年頃の子どもが2人、同じく無造作に放り出されてうずくまっていた。皆手足を縛られ、猿轡をかまされている。
僕を攫った男は何枚かの銀貨を受け取ると、俺たちの頭を足先で小突いた。
「生き残れるよう、女神さまに祈りな。」
女神なんかいない。僕はぎゅうぎゅうに押し込められた荷馬車の中でそう思った。いたとしても、僕のようなちっぽけな存在を救うほど暇ではない。きっと、神というのは神殿に籠一杯の金貨を寄付できるような金持ちの願いを聞くので大忙しだ。
僕は大きな荷馬車に乗せ替えられた。その荷馬車には子どもが20人以上乗せられていた。それが、どこかで停車するたびに、増えていく。あちこちの人攫いから買い集めているらしかった。乗ってくるのは、少年ばかりである。
僕は寝ようと瞳を閉じた。荷馬車にはすすり泣く声と、恐怖で震える奥歯の音が満ちていて、良い夢が見れる気はしなかった。しかし、今は寝なければならない。
そうして結局悪夢を見て朝を迎え、太陽が一番高いところまで昇る頃には、荷馬車は目的地へたどり着いたようだった。
「うぇ……ふぇ…おかぁさん……。」
「ぐすっ、すっ……うぅ……。」
荷馬車から下された少年たちが泣き出した。僕はそれを見て、あの子たちは生き残れないな、と思った。
泣くと、涙で視界が悪くなる。何が起きているのか見えない。見えないものは怖い。恐怖は思考を停止させる。
人間、それほど恐ろしいことにはならない。何に巻き込まれたとしても、行きつく先はあの死の門だ。
死の門を見たこともない小奇麗な連中はあの門を呪われるとか言って恐れていたが、そこに住みついていた僕に言わせると、見たことがないから怖いだけだ。見て知ってしまえば、なんてことない、あれはただの門だ。
よく寝たおかげで、頭も冴えている。恐怖もない。大丈夫、僕はきっと今回も切り抜けることができる。僕は目を見開いてあたりを見渡した。
巨大な彫像を屋根に乗せた建物が見えた。後ろを向いているが、間違いなく、女神の像だ。つまり、この建物は神殿の持ち物であることがわかる。僕たちは神殿の所有する建物の裏手に下されたようだった。
僕たちを受け取った者たちは頭から布を被り、その素性は知れない。しかし、見当はつく。
僕は昨夜のことをはっきりと覚えてた。僕らは三人で銀貨数枚だった。それが今は30人を超えている。全員合わせて、金貨一枚の値段でもおかしくない。それをぽっと支払える者で、憲兵も手を出せない存在。
――あいつらは神官だ。
僕は理解した。毎日毎日死の門へ運ばれてくる死体。新聞が戦況有利とどれほど書き立てても、この国が劣勢なのは明らかだ。そして、劣勢に追い込まれた国と神殿が、少年を買い集めている。
――少年兵か……?
頭によぎった言葉を否定した。おかしい。少年兵なんて、堂々と徴兵すればいい。生活の保障をすれば、志願する連中もいるはずだ。闇で少年を買わないといけない理由は何だ。
僕らは体の自由を奪われたまま、建物の中へと運ばれた。
*
「悪魔を連れて来るのは、君か?それとも他の子どもか?」
そのまま連れてこられた地下室で、僕らは床に放り出された。
そこにはやはり、最上位の神官の衣を着た男がいた。隠す気もないらしい。何人かの少年は驚嘆で目をひん剥いて神官を見た。
神官はひとりひとりの少年の頭に触れて、祈りの言葉をつぶやいて回った。
――悪魔?
僕は男の発言から、思考を巡らせた。
――そうか、悪魔憑きの少年兵を作るつもりなんだ。
悪魔とは神殿に仇をなす存在だ。人を惑わせ、苦しめ、呪いを運ぶ。
悪魔と契約を交わして自在に悪魔の力をこの世に行使する者を悪魔憑きと呼んだが、彼らは尋常ではない力を得る代わりに正気を失い、やがて悪魔に体を乗っ取られるという。
悪魔を祓う力を持つのは神官のみだが、反対に、悪魔を自在に召喚する術を知っているのも神官のみである。
見渡せばこの地下室には到底神殿の所有物とは思えないようなものが並べられている。
牛の頭、悪魔の絵、割れた盃。僕は何とかして逃げなければならないと思ったが、手足の拘束はきつく、地下室のたったひとつの扉には見張りが3人もいる。
万事休す。それでも僕は目だけはせわしなく動かしていた。何かを見つけたかった。
男が合図を出す。四方に配された人間たちが何事かを唱え始める。僕はまだ目を閉じない。
急に息苦しくなった。地下室の床に描かれていた陣が発光し、熱をもった。そして、僕の体の中に何者かが入ってきた。
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