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第43話 要の最期
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◆◆◆◆◆
「要くんっ・・どうしてっ!」
ガツ
「あぐっ!」
ガツ ガツ
ごめんね。
でも、仕方ないんだ。
女の看護師さんなら、素手で殴れば逃げられそうだったけど。男の看護師さんじゃ、石で殴るしかないでしょ?
担当医に、退院か仮退院を申し出たのがまずかったのかな?あっさり却下の上に、警戒されて散歩の時は何時も男の看護師さんが付くようになっちゃった。でもよかった。俺とたいして体格の変わらない人がいて。皆が体育会系の体格なら、どうしようかと思っていたんだよね~。
あーー、血が出てる。だらだらって。痛そうだな。とにかく・・そうだな、つつじの植え込みに突っ込んでおくか?
ズルズルズル ズルズル
重い!やっぱり、男は重いな!やっぱり、担当医に退院したいなんて言わなければよかった。
まあ、いいや。
えーーっと、これでいいかな?隠れたよね。あっ、血が地面に付いてる。足で踏んで消しちゃえ!ザッツザッツザッツってね!
これでよし!
早く弘樹さんに会いに行かないと!きっと、びっくりするだろうな。でも、喜んでくれる。えっと、門はあそこだな。あー、やっぱり締まってる。
でもいいや、乗り越えれば。
結構近くで見ると高いな。でも、愛の力で乗り越える!!ここに足を掛けて、ここに手を置いて!
「よっとっ、おお!」
のぼったら飛び降りるだけ!
わぁ、上手くいった!やっぱり、セキュリティーが甘いな。帰ってきたら、先生にアドバイスしよっと。有刺鉄線とか張っておかないと、すぐ脱出できちゃうよ。
とにかく、弘樹さんに会いに行かないと!えーと、弘樹さんのマンションはどこだったかな?
◇◇◇
あれーー?ここだと思ったのに、おかしいなあ???このマンションの、この部屋のはずなのに、表札がなくなってるな。呼び鈴押してもでない。
んーーー??引っ越したのかな?
それはそうか!だって、ここには奥さんとの思い出が多すぎるものね。正美さんと一緒に住むには、相応しくない。んーー、どうしよう。どこに住んでいるか、分からなくなっちゃった。
弘樹さん。
俺はどこに行けば会えるの?携帯番号も・・うーー、思い出せないや。
最近、記憶力が悪いからなあ。
よく考えると、日中なら仕事をしてるよね。弘樹さんの職場は・・警察署だけど、入院服で周りをうろうろしてたら怪しまれるかな?捕まったりしたら。ああ、まずいまずい。
それは駄目だ。
じゃあ・・あと、覚えているのは、正美さんの職場くらいだな。いまでも、和樹さんのマンションで働いているのかな?嫌だけど仕方ないか。仕事と私生活は別だものね。
よし、正美さんに会いに行こう。
◇◇◇
あっ!ここのマンションだよね。ううっ、ここはセキュリティーが、しっかりしてるんだよな。住人以外は建物に入れない。和樹さんを刺したときは、入り口で部屋番号を押して呼び出したんだっけ。
ん・・あれ、部屋番号を思い出せないな。うーん。うーん。ん?マンションのフロントに、ホテルマンみたいな人がいるな。すごく豪勢だなぁ・・俺の住んでたアパートと大違い。そんなこと、どうでもいいや。あの人に聞いてみようかな!!
「すみませーーーん、ここを開けてください。漫画家の和樹さんの部屋に行きたいんです!正美さん呼んで下さいーーーー!」
◇◇◇◇◇
マンションの管理人から問い合わせがあり、僕はびっくりしてマンションの入り口に向かった。和樹も心配して、僕に付いてくる。
「なあ、管理人はまじで要が会いに来てるって言ってたんか?」
「うん!僕に会いたがってるって。マンションの玄関先で、騒いでるって言ってた」
エレベーターの中で、僕と和樹は不安な気分で話していた。
「なあ、あいつはまだ、入院中と違うのか?また・・刺しにきたんじゃ?警察に連絡した方がよくないか?」
「以前の犯罪は薬の影響があったから、もう刺したりしないと思う。とにかく、会って要くんだって確認しないと。あまり大げさにするのも・・」
「そうやけど」
和樹は眉を顰めながら、そっと刺された位置を撫でた。記憶が蘇ったのかもしれない。
「和樹、ごめんね。会いたくなければ・・僕だけで大丈夫だからね」
「アホか!お前だけ行かせられるか」
和樹は僕の言葉に、怒った顔をした。
エレベーターが一階に到着する。管理人が困った顔をして、エントランスの外を見つめていた。僕は近づいて驚く。確かに要くんだった。しかもその格好は病院服に見える。僕は和樹の制止を無視して、マンションの外に飛び出していた。
「要くん!!」
「あーー、正美さん!」
びっくりするくらい、鮮やかに要が笑う。僕は気圧されて、彼を見つめた。要は近づくと、僕に触れようとした。
「正美!!」
鋭い声と共に、和樹が僕を抱きしめ要を睨みつける。要はびっくりした表情で、僕と和樹を見つめる。やがてその顔が不快げに歪んだ。
「どうして、正美さん?正美さんには、弘樹さんがいるのに!どうして、和樹さんが傍にいるの?ううん・・仕事の関係で、嫌々一緒にいるんだよね?可愛そうな正美さん。俺がちゃんと、和樹さんをヤっておけば!」
要はくるくると表情を変えながらとうとうと語る。
「要くん・・」
おかしい。様子が明らかにおかしい。和樹が僕を庇うように前に出る。
「要、お前何しにきたんや?」
要は和樹を見ながら口を開く。
「俺は弘樹さんに会いに来たんだ!でも、住んでいる場所が分からなくて、困っているんだよ。ねえ、正美さん。弘樹さんの住所教えて?」
僕は目を見開いて要を見つめた。
「兄さんに、会いに行くって言うの?冗談だろ?兄さんの家族を奪っておいて、よくそんな事言えるね!要くん、やめてよ。もうこれ以上、兄さんを苦しめないでよ!!」
僕の言葉に要が意外そうな顔をする。
「苦しめる?弘樹さんを?俺が?」
「そうだよ。これ以上、兄さんを苦しめないで!やっと、立ち直ろうとしてるところなのに!」
いつの間にか涙があふれ出していた。
「正美さんは何を言ってるの?俺は弘樹さんを苦しめたりしないよ。何時だって、俺は弘樹さんの望む事をしているんだから。俺は弘樹さんの幸せだけを、望んでいるんだから!」
「兄さんの望む事?君はっ!」
僕の感情の高まりとは対照的に、要はふわりと笑って口を開いた。
「だって、俺は弘樹さんを一番理解できるんだから!同じ父親殺しの血を、分ち合った仲なんだから!弘樹さんの苦しみも悲しみも願いも、全部分かるのは僕だけだ!!」
「っ!?」
僕は呆然として要を見つめていた。
「・・父親殺し?」
「そうだよ?弘樹さんがアパートに火を付けて父親を殺したように、俺も父親を刺し殺したんだ!だから、俺が弘樹さんに一番近いんだよ。身も心も全部溶けて一緒なんだ!弘樹さんに会いたいよ。早く会いたい!ねえ、教えてよ・・正美さん」
僕はがたがたと震えだしていた。
目の前に炎がちらついた気がする。真っ赤に燃えるアパートの中、僕を抱えて救い出してくれた兄さん。父さんの寝タバコが原因だって、警察は言っていたじゃないか。それに、兄さんは燃えるアパートを見つめて泣いていた。
兄さんが、父親殺しだなんて、そんな事を・・
「いやだ・・」
僕は首を振って、要から目を逸らせた。和樹が僕を抱きしめ、腕の中で守ってくれてる。突然、要の明るい声が響く。
「分かった!正美さんは、俺に嫉妬しているんでしょ?俺が弘樹さんと、近すぎるから!でも、大丈夫だよ。弘樹さんが本当に求めているのは、正美さんだって俺は知っているから!でも、正美さんが住所を教えてくれないなら仕方ないな。警察署の前で、弘樹さんの仕事が終わるまで待つしかないな。弘樹さんの仕事を、邪魔しちゃったら悪いしね」
そう言うと、要は踵を返す。僕と和樹はぎょっとして、要を見つめる。
「待って、要くん!!」
「要!」
ふわふわと、まるで夢見ごこちの足取りで要は歩く。その要がなんの躊躇もなく、赤信号の交差点に飛び出した。
「っ!?」
彼の直前で、乗用車が急ブレーキの音を響かせながら止まる。それをするりと避けながら、要はまだ突き進む。
その先に、まるで兄さんが待っているとでもいうように。軽やかにまるでダンスをするように歩いていく。
そして、要が消えた。
激しい衝突音と共に、要のいたはずの空間にトラックが通りすぎていった。
辺りに響いたブレーキ音。
僕と和樹はただ呆然と要がいたはずの空間を見つめていた。誰もいないその空間を。
「正美・・要が・・・」
和樹の震える声が聞こえる。
ゆっくりと、目の前が暗くなる。周辺から怒号や救急車を求める声が聞こえてきたが、僕はそれらを拒絶するように自然と耳を塞いでいた。
「正美・・おい、大丈夫か!!正美ーーー!」
和樹の声が遠くに聞こえる。
僕は暗闇に落ちていった。
◇◇◇◇◇
ひろき・・さん
弘樹さん。
どこにいるの?
俺、会いたいよ。
好きなんだ。大好きなんだ。
俺、俺・・抱きしめて欲しいよ。
あれ・・なにか、聞こえてきたや。
ああ、覚えてる。これは子守唄だ。母さんが死んじゃう前は、よく歌ってくれたな。
これ、誰の歌声かな?
弘樹さん?
それとも、母さん?
俺ね、いっぱいがんばったよ。
がんばったんだ。
すごく、辛かったけど。
でも、弘樹さんに会えて・・俺は幸せになれたんだ。
もう痛いのも、苦しいのも嫌なんだ。
幸せになるんだ。
弘樹さん・・ねえ、大好き。
俺は弘樹さんが・・大好き。
大好き。
弘樹さん・・・・・
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「要くんっ・・どうしてっ!」
ガツ
「あぐっ!」
ガツ ガツ
ごめんね。
でも、仕方ないんだ。
女の看護師さんなら、素手で殴れば逃げられそうだったけど。男の看護師さんじゃ、石で殴るしかないでしょ?
担当医に、退院か仮退院を申し出たのがまずかったのかな?あっさり却下の上に、警戒されて散歩の時は何時も男の看護師さんが付くようになっちゃった。でもよかった。俺とたいして体格の変わらない人がいて。皆が体育会系の体格なら、どうしようかと思っていたんだよね~。
あーー、血が出てる。だらだらって。痛そうだな。とにかく・・そうだな、つつじの植え込みに突っ込んでおくか?
ズルズルズル ズルズル
重い!やっぱり、男は重いな!やっぱり、担当医に退院したいなんて言わなければよかった。
まあ、いいや。
えーーっと、これでいいかな?隠れたよね。あっ、血が地面に付いてる。足で踏んで消しちゃえ!ザッツザッツザッツってね!
これでよし!
早く弘樹さんに会いに行かないと!きっと、びっくりするだろうな。でも、喜んでくれる。えっと、門はあそこだな。あー、やっぱり締まってる。
でもいいや、乗り越えれば。
結構近くで見ると高いな。でも、愛の力で乗り越える!!ここに足を掛けて、ここに手を置いて!
「よっとっ、おお!」
のぼったら飛び降りるだけ!
わぁ、上手くいった!やっぱり、セキュリティーが甘いな。帰ってきたら、先生にアドバイスしよっと。有刺鉄線とか張っておかないと、すぐ脱出できちゃうよ。
とにかく、弘樹さんに会いに行かないと!えーと、弘樹さんのマンションはどこだったかな?
◇◇◇
あれーー?ここだと思ったのに、おかしいなあ???このマンションの、この部屋のはずなのに、表札がなくなってるな。呼び鈴押してもでない。
んーーー??引っ越したのかな?
それはそうか!だって、ここには奥さんとの思い出が多すぎるものね。正美さんと一緒に住むには、相応しくない。んーー、どうしよう。どこに住んでいるか、分からなくなっちゃった。
弘樹さん。
俺はどこに行けば会えるの?携帯番号も・・うーー、思い出せないや。
最近、記憶力が悪いからなあ。
よく考えると、日中なら仕事をしてるよね。弘樹さんの職場は・・警察署だけど、入院服で周りをうろうろしてたら怪しまれるかな?捕まったりしたら。ああ、まずいまずい。
それは駄目だ。
じゃあ・・あと、覚えているのは、正美さんの職場くらいだな。いまでも、和樹さんのマンションで働いているのかな?嫌だけど仕方ないか。仕事と私生活は別だものね。
よし、正美さんに会いに行こう。
◇◇◇
あっ!ここのマンションだよね。ううっ、ここはセキュリティーが、しっかりしてるんだよな。住人以外は建物に入れない。和樹さんを刺したときは、入り口で部屋番号を押して呼び出したんだっけ。
ん・・あれ、部屋番号を思い出せないな。うーん。うーん。ん?マンションのフロントに、ホテルマンみたいな人がいるな。すごく豪勢だなぁ・・俺の住んでたアパートと大違い。そんなこと、どうでもいいや。あの人に聞いてみようかな!!
「すみませーーーん、ここを開けてください。漫画家の和樹さんの部屋に行きたいんです!正美さん呼んで下さいーーーー!」
◇◇◇◇◇
マンションの管理人から問い合わせがあり、僕はびっくりしてマンションの入り口に向かった。和樹も心配して、僕に付いてくる。
「なあ、管理人はまじで要が会いに来てるって言ってたんか?」
「うん!僕に会いたがってるって。マンションの玄関先で、騒いでるって言ってた」
エレベーターの中で、僕と和樹は不安な気分で話していた。
「なあ、あいつはまだ、入院中と違うのか?また・・刺しにきたんじゃ?警察に連絡した方がよくないか?」
「以前の犯罪は薬の影響があったから、もう刺したりしないと思う。とにかく、会って要くんだって確認しないと。あまり大げさにするのも・・」
「そうやけど」
和樹は眉を顰めながら、そっと刺された位置を撫でた。記憶が蘇ったのかもしれない。
「和樹、ごめんね。会いたくなければ・・僕だけで大丈夫だからね」
「アホか!お前だけ行かせられるか」
和樹は僕の言葉に、怒った顔をした。
エレベーターが一階に到着する。管理人が困った顔をして、エントランスの外を見つめていた。僕は近づいて驚く。確かに要くんだった。しかもその格好は病院服に見える。僕は和樹の制止を無視して、マンションの外に飛び出していた。
「要くん!!」
「あーー、正美さん!」
びっくりするくらい、鮮やかに要が笑う。僕は気圧されて、彼を見つめた。要は近づくと、僕に触れようとした。
「正美!!」
鋭い声と共に、和樹が僕を抱きしめ要を睨みつける。要はびっくりした表情で、僕と和樹を見つめる。やがてその顔が不快げに歪んだ。
「どうして、正美さん?正美さんには、弘樹さんがいるのに!どうして、和樹さんが傍にいるの?ううん・・仕事の関係で、嫌々一緒にいるんだよね?可愛そうな正美さん。俺がちゃんと、和樹さんをヤっておけば!」
要はくるくると表情を変えながらとうとうと語る。
「要くん・・」
おかしい。様子が明らかにおかしい。和樹が僕を庇うように前に出る。
「要、お前何しにきたんや?」
要は和樹を見ながら口を開く。
「俺は弘樹さんに会いに来たんだ!でも、住んでいる場所が分からなくて、困っているんだよ。ねえ、正美さん。弘樹さんの住所教えて?」
僕は目を見開いて要を見つめた。
「兄さんに、会いに行くって言うの?冗談だろ?兄さんの家族を奪っておいて、よくそんな事言えるね!要くん、やめてよ。もうこれ以上、兄さんを苦しめないでよ!!」
僕の言葉に要が意外そうな顔をする。
「苦しめる?弘樹さんを?俺が?」
「そうだよ。これ以上、兄さんを苦しめないで!やっと、立ち直ろうとしてるところなのに!」
いつの間にか涙があふれ出していた。
「正美さんは何を言ってるの?俺は弘樹さんを苦しめたりしないよ。何時だって、俺は弘樹さんの望む事をしているんだから。俺は弘樹さんの幸せだけを、望んでいるんだから!」
「兄さんの望む事?君はっ!」
僕の感情の高まりとは対照的に、要はふわりと笑って口を開いた。
「だって、俺は弘樹さんを一番理解できるんだから!同じ父親殺しの血を、分ち合った仲なんだから!弘樹さんの苦しみも悲しみも願いも、全部分かるのは僕だけだ!!」
「っ!?」
僕は呆然として要を見つめていた。
「・・父親殺し?」
「そうだよ?弘樹さんがアパートに火を付けて父親を殺したように、俺も父親を刺し殺したんだ!だから、俺が弘樹さんに一番近いんだよ。身も心も全部溶けて一緒なんだ!弘樹さんに会いたいよ。早く会いたい!ねえ、教えてよ・・正美さん」
僕はがたがたと震えだしていた。
目の前に炎がちらついた気がする。真っ赤に燃えるアパートの中、僕を抱えて救い出してくれた兄さん。父さんの寝タバコが原因だって、警察は言っていたじゃないか。それに、兄さんは燃えるアパートを見つめて泣いていた。
兄さんが、父親殺しだなんて、そんな事を・・
「いやだ・・」
僕は首を振って、要から目を逸らせた。和樹が僕を抱きしめ、腕の中で守ってくれてる。突然、要の明るい声が響く。
「分かった!正美さんは、俺に嫉妬しているんでしょ?俺が弘樹さんと、近すぎるから!でも、大丈夫だよ。弘樹さんが本当に求めているのは、正美さんだって俺は知っているから!でも、正美さんが住所を教えてくれないなら仕方ないな。警察署の前で、弘樹さんの仕事が終わるまで待つしかないな。弘樹さんの仕事を、邪魔しちゃったら悪いしね」
そう言うと、要は踵を返す。僕と和樹はぎょっとして、要を見つめる。
「待って、要くん!!」
「要!」
ふわふわと、まるで夢見ごこちの足取りで要は歩く。その要がなんの躊躇もなく、赤信号の交差点に飛び出した。
「っ!?」
彼の直前で、乗用車が急ブレーキの音を響かせながら止まる。それをするりと避けながら、要はまだ突き進む。
その先に、まるで兄さんが待っているとでもいうように。軽やかにまるでダンスをするように歩いていく。
そして、要が消えた。
激しい衝突音と共に、要のいたはずの空間にトラックが通りすぎていった。
辺りに響いたブレーキ音。
僕と和樹はただ呆然と要がいたはずの空間を見つめていた。誰もいないその空間を。
「正美・・要が・・・」
和樹の震える声が聞こえる。
ゆっくりと、目の前が暗くなる。周辺から怒号や救急車を求める声が聞こえてきたが、僕はそれらを拒絶するように自然と耳を塞いでいた。
「正美・・おい、大丈夫か!!正美ーーー!」
和樹の声が遠くに聞こえる。
僕は暗闇に落ちていった。
◇◇◇◇◇
ひろき・・さん
弘樹さん。
どこにいるの?
俺、会いたいよ。
好きなんだ。大好きなんだ。
俺、俺・・抱きしめて欲しいよ。
あれ・・なにか、聞こえてきたや。
ああ、覚えてる。これは子守唄だ。母さんが死んじゃう前は、よく歌ってくれたな。
これ、誰の歌声かな?
弘樹さん?
それとも、母さん?
俺ね、いっぱいがんばったよ。
がんばったんだ。
すごく、辛かったけど。
でも、弘樹さんに会えて・・俺は幸せになれたんだ。
もう痛いのも、苦しいのも嫌なんだ。
幸せになるんだ。
弘樹さん・・ねえ、大好き。
俺は弘樹さんが・・大好き。
大好き。
弘樹さん・・・・・
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