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第16話 小林

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◆◆◆◆◆

ノックもなく病室に入ってきた男の顔を見て、僕は呆然とした。

「出て行ってくれ!あんたの顔なんか見たくもない!」

僕の抗議にも、男はにやにやと醜く顔を崩すだけだった。僕は泣きたい気分で、病室のベッドから男を見つめていた。

僕を陵辱した男・・要の父親。

こんな日に限って、兄さんもはるかさんもいない。僕は知らない内に、がくがくと震えだしていた。そんな僕の様子に構うことなく、小林が病室をじろじろと見回す。

「高そうな個室だな。特別室って感じじゃないか?お前・・金持っていたんだなぁ~?」

黙って男を見つめていると、小林が僕に近づいてくる。

「なんだよ。こんなに金があるなら、体だけじゃなく・・金も融通してもらおうかな?」

僕は顔を顰めて男から目を逸らせた。

「金なんてない。友達の好意で、個室代を出してもらっているだけだ」

「へぇー、そんな金持ちの友達がいるならさぁ・・金目のもの貢いでもらえよ。それを質屋で換金して俺にまわせ。お前にも分け前やる。なあ、いいアイデアだろ?」

僕は咄嗟にナースコールのスイッチを掴んだ。それを持つ手は、情けないほど震えている。

「東條さん、ナースを呼ぶつもりか?まあ、いいか。可愛いナースにも見てもらおうか・・この写真を?」

男は何枚もの写真を、バラバラとベッドの上に散らした。

「やめっ・・!」

拘束された裸の僕の写真だった。

指を入れられ犯される姿。結合部分をアップにした写真さえあった。僕はナースコールを手から落とすと、必死で写真をかき集めた。忌々しい写真が僕の手の中で震えている。

「やめろ。もう、やめて・・」

「よく映ってるだろ?スマホって便利だよな?ネットにも、すぐに配信できるしさぁ~」

僕はぎょっとして小林を見つめた。

「ネット配信!?」

「安心しろ。まだそこまではやってない。でも、金になるなら・・やる価値ありだよな。東條さん、顔色悪いな?俺が診察してやろうか?」

「うっ!やめろ!!」

小林が僕のパジャマのボタンを外しに掛かる。その手を払いのけ抵抗していると、僕の手から写真がばらばらと床に落ちた。

「悪かったなぁ、東條さん。まさか、入院するほどの傷になるとは思わなくてさあ。まあ、あんたがあんまり可愛いから、興奮していろいろやっちゃったんだけどね」

「嫌だっ・・やめ!」

男の手がパジャマの襟から入り込み、胸の突起に触れてきつく摘んできた。

「うぅ・・く・・痛い!」

「警察には告発しなかったみたいだな?それって・・俺とのセックスを、オッケーしたってことだろ?こういう事を俺としたいって事だよな?」

「やめ・・痛い!人を呼ぶぞ!!」

「呼べよ、正美ちゃん。で、皆にこのやらしい写真を見てもらえよ?犯されてる写真をな!」

「ああぁ、くっ、やめ!」

悔しさと恐怖で涙が溢れる。こんな奴の言いなりなんて嫌だ!こんな男!

「俺があんたの事を恐喝しているのを忘れたのか?あんまり煩わせると、本当にこの写真を出版社に送っちゃうよ?『僕を犯して』ってメッセージ入りでな!」

僕はもう声も出せなかった。何の答えも出せないまま、僕はこの男と対峙してしまった。抵抗さえむなしく感じて力が篭らない。男は布団をめくると、ズボンの中に手を突っ込んできた。

「んあ・・や・・」

牡を掴まれしごかれて、目の前が赤く染まる。快感と羞恥心と、憎悪と不快感が、ごちゃ混ぜになって全身を包む。

そのときだった。

病室のドアがノックされた。のんびりとした河内弁が聞こえる。

「おい、正美・・入ってもええか?」

彼らしくない遠慮がちな声。
和樹だ。
和樹・・和樹!!

僕を苛む男が嫌な笑みを浮かべ、僕の首筋で囁く。

「ちょっと待ってもらえよ?正美」
「う・・あぁ」

離せ。頼むから離して。触らないで。僕に触るな!

「待つように言え!」

男の意図が分かり涙が溢れた。それでも、この状態で和樹を部屋に入れるわけにはいかない。それが、現実。

「和樹・・待って、ちょっと今は」

男が笑いを浮かべながら、さらに僕の牡を弄ぶ。こんな精神状態なのに、牡だけは刺激に敏感に反応する。僕は必死になって喘ぎ声を飲み込む。射精感が一気に高まる。

そして。僕は欲望を吐き出していた。

最悪の男に、無理やり射精させられてしまった。それでも僕を弄ぶ男の欲望は納まらない。牡に絡み付いていた指が、尻の割れ目に移動する。僕はびくびくと震えていた。指が僕の流した精液の力を借りて、ずるりと奥に押し込まれる。

「う・・ぐっ!」

まだ傷の治りきらない蕾が、男の指に悲鳴を上げていた。痛みに脂汗がにじみ出る。

「ま、この辺で・・勘弁してやるか」
「うぐ・・はぁ、はぁ」

男はそう囁くと、いきなり指を引き抜いた。そして、僕のパジャマで濡れた指を拭う。小林はゆっくりと床に散らばった写真を拾うと、ベッドの上にパラパラと散らした。

「じゃあな、東條さん。写真片付けておけよ?俺の恐喝材料を、他人に見せるのは勿体無いからな」

この男は人を傷つけて楽しんでいる。苦しめて快感を得ている。本当は金や性欲なんて、二の次なんじゃないのか?ただ人を苦しめたいだけ。それを楽しみたいだけ。

「・・っ」

涙を拭いながら、僕は必死に写真をかき集め枕の下に隠す。小林はそんな僕の様子を見て、薄笑いを浮かべながら病室の扉に向かった。扉が小林の手によって開かれる。



◇◇◇◇◇



誰や、こいつ?

病室から出てきたのは、医者でもナースでもなかった。医者の手当てを受けているので、正美が入るのを待つように言ったのだと思っていた。

だが、違ったようだ。

まともな職業についているとも思えない、どこか荒んだ雰囲気を持った男。そいつが俺を見つめてにやりと笑うと、病室を後にした。俺は不審に思いながらも病室に入る。正美はベッドの上だった。

それにしても・・

「正美。顔色が悪いな。大丈夫か?」

「へ、平気。ごめん、和樹・・待ってもらって。アパートの人がお見舞いに来てくれて、つい話し込んじゃって」

正美の様子がおかしい。

「今の人はアパートの人か?何て名前や、正美?」

正美が顔を引き攣らせる。

「どうして、名前なんか聞くんだ?」

「別にたいした意味もないけど?お前こそ、名前言うのをなんで躊躇ってるんや?」

「躊躇ってなんかいないよ。小林って名前だよ・・今の人は」

「ふーん。なんか、ちょっとチンピラって感じしたけど・・」

「まあ、定職にはついていないから。でも、それを言うなら・・僕も定職には就いていないよね?漫画家志望のアシスタントなんて、やくざな稼業に就いているんだから・・」

「漫画家志望と違うやろ?正美はもう立派な漫画家やん!」

俺がそう言うと、正美は照れくさそうに笑う。

「人気漫画家の和樹からそう言われると・・照れる」

俺はちょっと笑って、ベッドの近くの椅子に座る。正美が小林という名の人間から、話題を変えようとしているのは明らかだった。何かあると思ったが、それを追求するのも気の毒に思えて矛先が鈍る。

どうしたものかと床に視線を落とした時、それに気がついた。ベットの下に何かが落ちている。俺はしゃがんでそれをベットの下から取り出した。

写真?

「んっ!?」
「何・・どうしたの、和樹?」

不安そうに震える正美の声。俺は拾い上げた写真をそっとポケットに収めると、ゴミを拾ったふりをしてゴミ箱に近づき捨てる仕草をした。

「ゴミやったわ。一瞬、お金かと思ってんけど違ってた・・残念」

「金持ちの癖に小銭に必死になるなよ、和樹」

正美がほっと緊張を解く。

「一円を笑うものは、一円に泣く。正美は、一円に泣かされるタイプやな」

「お金では泣かないよ。すぐに和樹の人気を食っちゃうような、人気漫画を描いて大金持ちになるから」

俺は笑って正美を見つめた。

「お前ならなれる。人気の漫画家に」

俺の謙虚な反応に正美が驚く。そして、俺の顔をじろじろ見つめてきた。

「まあ、でも・・俺を追い越すのは無理やろうけどな!」

俺が言葉を付け加えると、正美は何時もの笑顔を浮かべた。

「和樹らしい傲慢台詞に安心した」
「そうか?ところで、正美」
「ん、何?」

俺は少し間を置いて口を開いた。

「お前の住んでるアパートやけど、引き払ったらどないや?」

「引越ししろってこと?」

「そうや。もっと、セキュリティのしっかりしてるところに移ろ、正美」

正美が少し眉を顰める。

「お前は僕の貯金額知ってるの?敷金礼金も出せないよ。まして、高い家賃なんて払えない」

俺は身を乗り出していた。

「俺のマンションに来たらいいやん」

正美がぽかんとした顔をする。

「え?」

「一緒に住まへんか?俺の家は結構広いし、空いてる部屋もある。それに、正美は俺の専属のアシスタントやから、今でも漫画のストーリーのことで相談に乗ってくれてるし。一緒に住んだほうが、仕事がしやすいんやん。そう思わんか、正美?」

「でも・・」
「その・・変な意味で誘ってるんと違うで?正美が男に酷い目にあったんは知ってるし、男と肌を合わせるのもいややと思ってるんやったら・・ただの親友同士に戻ったらいいやん。プライベートな時間も、部屋があれば確保できるやろ?俺も、お前も、女連れ込んでも文句言わんことにしよ。な、そうしよ?」

「ちょっと待ってよ、和樹。そう急に言われても。それに、僕が和樹と同居したら・・酷い噂話をされそう」

「二人はできてるって?いいやん、噂させといたら。それに、ほんまのことやしな」

「まあ、そうだけど」

「とにかく、あのアパートは引っ越せ。あんな場所は・・やめとけ」

不意に正美の凄惨な陵辱場面を思い出し、気分が悪くなった。俺がこんな気分になるんやから、正美の心の傷は相当なもののはず。

俺は親友として、少しでもその傷を癒す事ができるだろうか?正美が少し俯いてぼそりと呟いた。

「和樹がいいなら・・同居も悪くないかもね」

俺はほっとして頷いた。嬉しくて頬が弛む。

「家賃は給料のアシスタント代からぬいとくから安心しろ、正美」

「家賃取るのかぁー??」

「当たり前やろ、正美!一円を笑う奴は、一円に泣くっていったやろ?金のことはきっちりせんとな。まあ親友価格で、格安にしといたるわ。感謝しろよ、正美」

正美は呆れた顔をしていたが、やがて笑顔になって口を開いた。

「ありがとう、和樹。感謝しているよ・・心から」

不意に、正美の手が伸びて俺の腕を掴んだ。そのまま引き寄せられ、俺は正美に抱きしめられていた。驚いて俺は正美を見つめたが、すぐに抱き返す。

どうか・・心の傷が癒えるように。

俺はそう願いながら、優しく正美の背中を撫でていた。何度も、何度も。


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