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家庭の事情。

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あずさ先輩はずるい。

泣き出した僕を慰めながら心の内を全て暴いてしまった。それも、自然に優しく飴を唇の中で溶かすように甘く、僕の唇を開放させる。

全てを話してしまった。お母さんが小1の時に病気で亡くなった事。三年前に父さんが再婚して、新しい母さんのお腹には弟がもう宿っていて。

育児に忙しいその人はいつもイライラして、僕は息を潜めて生きている。父さんの視線は弟と新しいお母さんに向けられていて。

あの家に僕の居場所は無い。

「そっか。のぞみはいっぱい我慢してきたんだな。頑張ったな、のぞみ」

のぞみ。のぞみ。

先輩はやっぱりずるい。僕の名を呼んで僕に居場所を与えようとしてる。でもね、そんな居場所は脆くて崩れるのを知ってるよ。なのに、欲しくなる。あずさ先輩の隣が欲しい。

「あ、あずさ先輩は‥ずる、い」
「え?」
「僕ばっかり話してる」
「‥俺の話も聞きたいのか?」

僕は頷くと涙を拭った。先輩は困り顔で僕を見ていたが、ゆっくり口を開いた。

「俺の両親は教師で勉強にはうるさかったけど、平和に暮らしていた。堺が俺の街。でも、親父が捕まってすべてが崩れた。家庭崩壊だ」

「え、あの‥」
「ビビったか?親父の罪状を聞いてもっとビビれ。痴漢だよ。痴漢」
「っ!」
「教師が痴漢なんて、格好の新聞ネタでさ。名前までバッチリ報道されて、堺に住めなくなった。で、東大阪の婆ちゃん家に引っ越してきたわけ」

「そんな‥」
「親父が冤罪なら救いもあった。でも、家から証拠がいっぱい出てきて。お袋はキレちまって、親父と離婚して山崎姓に戻った。」

「‥‥山崎あずさ」

「そうだ。俺も山崎姓になって、お袋の実家の駄菓子屋で暮らしてる。でも、お袋は別居してるけどな」

「どうして?」
「親父に似てるからかな‥俺が」

あずさ先輩が不意に黙り込んで僕を見つめてきた。そして、少し目を細めて言葉を零す。

「のぞみは意地悪だな」
「な、なんで」
「ずるいって言うべきか。まあ、いいけど」
「僕はただ‥」

ただ、あずさ先輩の弱みを握りたかっただけ。そうすれば、僕は先輩の隣にいられる。そうじゃないの?

「そんな不安そうな顔するな。俺はのぞみを嫌ってないし、むしろ親近感が湧いたな。そうだな‥俺が泣きたい時はお前のそばがいい。一人は嫌だし、婆ちゃんには涙を見せたくないしな」

なんだ。先輩も同じなんだ。誰かの側にいたいんだ。それが、僕?

「泣いていいよ」
「ばかっ。ガキの前で泣くかよ」

あずさ先輩にデコピンされた。痛くて額をおさえてこたつテーブルに突っ伏す。

何時か。
僕がガキじゃなくなったら、隣で泣いてくれますか?

あずさ先輩。


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