20 / 20
最終話 『十九文屋』屋号「菊風」
しおりを挟む
◆◆◆◆◆
左衛門は目をパチクリさせて、弥太郎を指さして問う。
「父上の鼻が曲がったのは君の一撃によるものか?なるほど、確かに腕っぷしは確かなようだ。だが、短気者は困る。散花、用心棒は別の者を雇おう」
「あ、兄上様!弥太郎は短気ではありません。あれは旦那様が陰間の尻にカラクリ張形を挿入して、変態助平をしていたのが原因です。あれは桔梗屋の変態が悪いのです!兄上の父上は変態助平です」
左衛門は散花の言葉に頭を抱えつつ、ちらりと弥太郎を見た。弥太郎が散花に並々ならぬ想いを抱いているのは明らか。左衛門は兄として散花の身が心配で仕方ない。それでも‥‥。
「散花」
「はい、兄上」
「弥太郎はどうしても必要か?」
「陰間として共に歩んでまいりました。大切な仲間です。頼りにしております」
どうやら散花と弥太郎は恋仲ではないらしい。その事に何故か安堵した左衛門は、絆を結んだばかりの散花の想いをくんだ。
「では、用心棒は弥太郎で決まりだ」
「いや、待ってくれ。俺は蔦屋で回しの生業がある。陰間茶屋の主に不義理は働けない。」
不意に散花に袂を掴まれて、弥太郎は戸惑う。散花は弥太郎を見つめながら呟く。
「離れたくない。でも、確かに蔦屋の旦那様に不義理は働けない。弥太郎はお客さんでいいや。あ、喜助さんに頼もうかな!でも、喜助さんは自由な鳶の方が合ってるかな」
散花は不意に頬を赤らめる。その表情に二人の男が顔を強張らせる。
「喜助とは誰だい、散花?」
「陰間の散花のご贔屓客です。『散る花』になっても、優しく抱いてくれる人。長く抱かれて‥‥形を覚えてしまいました。」
左衛門は『形』について考え答えにたどり着く。そして、散花があまりに常識知らずであることに頭を抱える。これでは店先で客に問われて、陰間の秘め事を話す可能性がある。
「やはり、囲う方が‥‥」
そう呟いた左衛門は、視線を感じで顔を上げる。視線の持ち主は弥太郎で、左衛門を見つめて口を開く。
「気が変わった。不義理を働いても、散花には俺が必要だと気が付いた。散花は馬鹿なので、俺が必要だ‥‥間違いない」
その言葉に左衛門は吹き出しそうになる。片想いらしい弥太郎の心情を思いつつ、ちょっと笑って口を開く。
「では、用心棒は弥太郎で決まりだ。鳶の喜助が弟に近づかない様にしてくれ。そして、弥太郎はいい加減に諦めろ。成就はしないぞ」
左衛門の嫌味を無視して、弥太郎は頭を下げる。
「承知しました、若旦那様。『十九文屋』の用心棒を務めさせて貰います。」
散花は笑みを浮かべて頭を下げる。その姿を左衛門は愛おしいと思った。そして身を正して若旦那は散花に話しかける。
「散花、水揚げの祝盃をあげる前に『十九文屋』の屋号を決めてしまおう。なにか良い案はあるかい?」
散花は少し考えた後に答えた。
「私のもう一つの名前『琴風』から『風』の一文字を。姉の『菊乃』から『菊』の名を。屋号は『菊風』としたいと思います。」
「『菊風』か‥‥良いな」
左衛門は目をつむり、亡くなった菊乃を想った。そして、語りかける。『遺言は守ったぞ、菊乃』と。
「兄上‥‥」
「散花」
左衛門が目を開くと、散花が間近にいた。散花は切なく微笑むと肌襦袢の袖で、左衛門の頬に流れた涙を拭う。
「姉を大切に想った左衛門様に水揚げされて、散花は幸せです。」
「よかった。本当に良かった。」
左衛門は散花を抱き寄せて、静かに泣いた。その様子を見た弥太郎は静かに寝所を退出する。
「兄上、お菊姉さんの話をもっと聞かせて下さい。散花は知りたいです。」
「聞いてくれ、散花。君の姉はとても優しく美しい人だった。愛嬌があって‥」
散花は左衛門の背中を撫でながら、双子の姉を想い目を閉じた。
◆◆◆◆◆
左衛門は目をパチクリさせて、弥太郎を指さして問う。
「父上の鼻が曲がったのは君の一撃によるものか?なるほど、確かに腕っぷしは確かなようだ。だが、短気者は困る。散花、用心棒は別の者を雇おう」
「あ、兄上様!弥太郎は短気ではありません。あれは旦那様が陰間の尻にカラクリ張形を挿入して、変態助平をしていたのが原因です。あれは桔梗屋の変態が悪いのです!兄上の父上は変態助平です」
左衛門は散花の言葉に頭を抱えつつ、ちらりと弥太郎を見た。弥太郎が散花に並々ならぬ想いを抱いているのは明らか。左衛門は兄として散花の身が心配で仕方ない。それでも‥‥。
「散花」
「はい、兄上」
「弥太郎はどうしても必要か?」
「陰間として共に歩んでまいりました。大切な仲間です。頼りにしております」
どうやら散花と弥太郎は恋仲ではないらしい。その事に何故か安堵した左衛門は、絆を結んだばかりの散花の想いをくんだ。
「では、用心棒は弥太郎で決まりだ」
「いや、待ってくれ。俺は蔦屋で回しの生業がある。陰間茶屋の主に不義理は働けない。」
不意に散花に袂を掴まれて、弥太郎は戸惑う。散花は弥太郎を見つめながら呟く。
「離れたくない。でも、確かに蔦屋の旦那様に不義理は働けない。弥太郎はお客さんでいいや。あ、喜助さんに頼もうかな!でも、喜助さんは自由な鳶の方が合ってるかな」
散花は不意に頬を赤らめる。その表情に二人の男が顔を強張らせる。
「喜助とは誰だい、散花?」
「陰間の散花のご贔屓客です。『散る花』になっても、優しく抱いてくれる人。長く抱かれて‥‥形を覚えてしまいました。」
左衛門は『形』について考え答えにたどり着く。そして、散花があまりに常識知らずであることに頭を抱える。これでは店先で客に問われて、陰間の秘め事を話す可能性がある。
「やはり、囲う方が‥‥」
そう呟いた左衛門は、視線を感じで顔を上げる。視線の持ち主は弥太郎で、左衛門を見つめて口を開く。
「気が変わった。不義理を働いても、散花には俺が必要だと気が付いた。散花は馬鹿なので、俺が必要だ‥‥間違いない」
その言葉に左衛門は吹き出しそうになる。片想いらしい弥太郎の心情を思いつつ、ちょっと笑って口を開く。
「では、用心棒は弥太郎で決まりだ。鳶の喜助が弟に近づかない様にしてくれ。そして、弥太郎はいい加減に諦めろ。成就はしないぞ」
左衛門の嫌味を無視して、弥太郎は頭を下げる。
「承知しました、若旦那様。『十九文屋』の用心棒を務めさせて貰います。」
散花は笑みを浮かべて頭を下げる。その姿を左衛門は愛おしいと思った。そして身を正して若旦那は散花に話しかける。
「散花、水揚げの祝盃をあげる前に『十九文屋』の屋号を決めてしまおう。なにか良い案はあるかい?」
散花は少し考えた後に答えた。
「私のもう一つの名前『琴風』から『風』の一文字を。姉の『菊乃』から『菊』の名を。屋号は『菊風』としたいと思います。」
「『菊風』か‥‥良いな」
左衛門は目をつむり、亡くなった菊乃を想った。そして、語りかける。『遺言は守ったぞ、菊乃』と。
「兄上‥‥」
「散花」
左衛門が目を開くと、散花が間近にいた。散花は切なく微笑むと肌襦袢の袖で、左衛門の頬に流れた涙を拭う。
「姉を大切に想った左衛門様に水揚げされて、散花は幸せです。」
「よかった。本当に良かった。」
左衛門は散花を抱き寄せて、静かに泣いた。その様子を見た弥太郎は静かに寝所を退出する。
「兄上、お菊姉さんの話をもっと聞かせて下さい。散花は知りたいです。」
「聞いてくれ、散花。君の姉はとても優しく美しい人だった。愛嬌があって‥」
散花は左衛門の背中を撫でながら、双子の姉を想い目を閉じた。
◆◆◆◆◆
応援ありがとうございます!
8
お気に入りに追加
42
この作品の感想を投稿する
1 / 4
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる