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天下人への道

長篠の戦い 後編

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 織田軍2万8千と徳川軍1万は、長篠城の手前の設楽原に着陣。設楽原は小川に沿って丘陵地が南北にいくつも連なる場所であった。ここからでは相手陣までは見渡せなかったが信長はこれを利用し、軍勢を敵から見えないようにとぎれとぎれに布陣させた。小川を堀に見立て、防御に力を入れた作戦であった。

 一方信長は蘭と秀吉と光秀、家康を連れて長篠城へ入城した。



―――

 長篠城


「まさか信長様直々においで下さるとは。うちの守備隊は500人にも満たない少数なので包囲された時はどうしたものかと思っていたのです。家臣を家康様の元に使いに出そうかと思っていた矢先に来て下さって本当に感謝しています。」

 長篠城・城主の奥平貞昌は頭を深々と下げながら感謝の意を述べた。それに対して信長は軽く頷く。


「設楽原に置いてきた軍勢は武田方が攻撃してきた時の為に守備に特化した体制だ。ここにいる以上、城には一歩も踏み込ません。」
「はっ!」
「それはそうと貞昌。家康から聞いた話だと鉄砲を200丁も持っているそうだな。」
「はい。大鉄砲もあります。」
「それを貸してはくれんか。俺も鉄砲は持って来ているが数は多いに越した事はない。」
「信長様のお役に立てるならどうぞお使い下さい。ただ今、持ってこさせます。」

 貞昌はそう言うと、もう一度深く頭を下げて部屋から出て行った。


「さて、守備も攻撃もこれで一応万全だが他にいい作戦はないか。やはり武田の騎馬隊は厄介だからな。味方の被害はなるべく出さずに終わらせたい。」

 信長がぐるりと三人を見回すと、光秀が口を開いた。


「武田は蔦ヶ巣山に砦を築いて本陣としているようです。まずそこを後方から奇襲をかければ、突然の事に驚いて前進してくるはず。そこを設楽原の軍が攻撃を仕掛ければ武田軍を討ち取る事は出来るかと。」
「成程な。家康、お前の所に別動隊を率いる事の出来る手腕のある奴はいないか。」
「酒井忠次という重臣がおります。彼は松平の頃から仕えてくれていた者で、人柄も良く統率力があり、これまでの戦では負け知らずです。」
「ほぉ。それではその酒井を今すぐ呼べ。」
「承知いたしました。」
「恐れながら信長様。その者を呼ばなくてもある人物を使えば事足りるのではないのですか?」
「ん?どういう事だ。」

 腰を浮かしかけた家康を遮り、光秀が再び口を開く。その口調は若干刺があるように蘭には聞こえた。


「先程私は奇襲をかければと言いましたが、ある人物が力を使えば武田を一掃出来るのではないかと言っているのです。」
「だからある人物というのは一体誰の事を言っているのだ。」

 信長が苛々したように眉を寄せる。蘭は嫌な予感がした。


「大谷吉継、といいましたか。自分は『放火』の力を持っていると言って先日訪ねてきた者の事ですよ。」
「…………」

 一瞬、その場の空気が凍る。


(そう言えば吉継が訪ねてきた時、応対したのって光秀さんだったよな。あの時吉継は普通に自分の力の事を言ったんだっけ……)


「あぁ。あれはあいつの冗談だ。吉継は以前から俺の家来になりたいと思っていたが、まだ元服前の身。普通にやって来たところで門前払いになると危惧したのだろう。だから奇想天外な事を言って俺の気を引こうと思ったのさ。よくよく話を聞いてみたらそのような力は無いと言っていた。そもそも『放火』などという力がこの世に存在すると思うか?」

 信長が事もなげに言うが、光秀は到底納得できないという顔で見つめてくる。それを見た信長はふっと溜め息を零した。


「大体あのような子どもに何が出来る。」
「しかし吉継を家来にしたという事は彼に何かしらの興味を持たれたという事ですよね?ただの子どもですよ?」

 揚げ足を取るような光秀の言い方に、とうとう信長の堪忍袋の緒が切れた。


「何が言いたい!俺が誰を家来にしようが俺の勝手だろう。お前が口出す事ではない!出て行け!」
「……申し訳ございません。言い過ぎました。それでは失礼します。」

 信長に怒鳴られて意気消沈した光秀は、若干青い顔をしながら出て行った。


「だ、大丈夫でしょうか?光秀さん、絶対疑ってますよ。っていうか、確信してますって。」
「ふん、勝手に思わせてろ。どうせサルの力の事はあいつには知られてる。この世の中に超能力というものが存在するかも知れない事は気づいているはずさ。」
「そう言えば前に市様が言っていましたね。秀吉さんが『瞬間移動』している場面を見られたって……」
「あぁ、うっかりな。だからあいつの中では能力者がいるという事は、俄には信じられないが有り得る事なのだ。そこに力を持つと言う吉継が現れた。」
「能力者の存在が本当なのかどうか、鎌をかけたという事ですか……」
「そういう事だ。」
「どうするんですか!あんな風に怒鳴ったりして……光秀さん、ますます疑いを深めちゃったかもしれないですよ!?」
「放っておけ。」
「え、でも……」
「まずは武田との戦が最優先だ。光秀は馬鹿ではない。これ以上詮索して俺の機嫌を損ねるような真似はしないさ。まぁ、いずれ話をせにゃならん時が来るかもしれんが、その時はその時だ。」
「そんな……」

 蘭が悲壮な声を上げると、今まで黙っていた秀吉が静かに発言した。


「明智殿の事は私がそれとなく監視しましょう。」
「あぁ、頼む。」
「はい。」
「さて、話を戻すか。家康、先程言った酒井だったか。今すぐ呼べるな。」
「大丈夫です。すぐ連れて参ります。」

 そう言うと、家康は立ち上がって部屋を後にした。


「そのような顔をするな、蘭丸。心配いらん。光秀の事はサルに任せよう。あいつは大丈夫さ。……今はな。」
「え?」

 最後の一言は小さすぎて、蘭にはよく聞こえなかった。聞き返すも信長は既に戦の時の瞳になっていて、口を噤まざるを得なかった。


(大丈夫かな、ホントに……)

 蘭は密かに溜め息を吐いた。



―――

 酒井忠次率いる別動隊は夜中の内に長篠城を出立。武田軍に気づかれないように後方に回る事に成功した。


「よーし、皆の者!武田勢が油断している隙に一気に攻撃を仕掛けるぞ!」
「お―――!!」

 忠次の大声に全員が右手を挙げる。そして砦の方に向かって走り出した。


「家康様。この忠次、必ず武功を挙げてみせますぞ。」

 そう呟くと忠次は軍の最後尾に回った。



―――

 蔦ヶ巣山砦、武田軍本陣



「勝頼様!大変でございます!!」
「どうした!?」

 寝ていた勝頼は家来の慌てた声に飛び起きた。


「後方から織田の別動隊らしき軍が迫ってきております!」
「何っ!!」

 思わず蔦ヶ巣山の方を振り向く。勝頼は起き上がりながら布団の脇に置いてあった刀を持った。


「なりません!ここはお逃げになった方が……」
「逃げても設楽原には織田軍が待ち構えている。くそっ……!挟み撃ちという訳か。何て卑劣な!!」
「しかしここは我々に任せて勝頼様は逃げて下さい。何処かに逃げ道があるはずですから。」
「五月蠅い!私は逃げないぞ。父上の為にもここで信長に負ける訳には……」

 そこまで言った時、ドーン!!という爆音が響き渡った。二人は何事かと辺りを見回す。


「大変です!蔦ヶ巣山が……燃えています!」

 そこへもう一人の家来が部屋に飛び込んでくる。勝頼は唖然とした。


「何だと……?」
「爆発音がしたと思ったら、突然山が燃えたのです。と、とにかくここから出ましょう!このままでは危険です!」
「わ……わかった。」

 勝頼は譫言のように呟くと、着の身着のままで逃げ出した。



―――

 設楽原、織田軍本隊


「来たな。行くぞ!」

 前方を見据えていた信長は武田勢が一斉に逃げ出してくるのを見るや否や、その場にいた全員に声をかけた。すぐさま鉄砲隊が鉄砲を構え、撃ち始める。

 鉄砲隊は三人ずつの組が数百組あり、まず先頭の者が撃つと次の者がすぐに撃てる準備をした銃を持って前に出て撃つ。そして次に三人目も同じようにして撃つ。という、信長考案のやり方で次々と武田勢に向かって撃っていった。


 信長自身は最前線で、隣にいる家臣から銃を受け取りながら一人で撃っていた。馬防柵と呼ばれる柵を盾に、時々休みながら攻撃を仕掛けていると武田軍が十人、二十人と撃たれて倒れていくのが見えた。信長はニヤリと口角を上げながら、それでも攻撃の手を緩めない。しばらくすると蔦ヶ巣山で上がっていた火の手が武田軍の本陣を飲み込んでいくのが見えた。


「やはり『放火』の力は絶大だな。」

 喜色満面の笑みを浮かべると、銃がすべて無くなるまで容赦なく攻撃を続けたのだった。


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