111 / 124
天下人への道
飛び散る涙
しおりを挟む―――
半月後、信雄の祝言の日取りが決まった。それと同時に家督を襲名する事になる。それを聞いた信長は、即座に北畠家攻略に向けて準備を開始した。
―――
岐阜城、信長の部屋
「ついにやるのね。」
「あぁ。先延ばしにすればする程、成功する確率が減る。信雄が家督を継ぐ前に決着をつけないとな。信忠。準備は出来てるな。」
「はい。」
蝶子が心配げな顔を向ける中、信忠は背筋を正して頷いた。それを見た蝶子は一瞬目を瞑った後、覚悟を決めるように大きく深呼吸した。
「しっかり成果を上げてくるのよ。絶対に帰って来てね。」
「わかっています、母上。」
信忠が蝶子を見つめる。蝶子も見つめ返す。お互い無言のまま、しばらくそうしていた。
「祝言は明後日だ。今から大河内城に向かえ。近くに砦を築いてある。そこで信雄からの合図を待て。」
「承知致しました。」
信忠は短く返事をすると、蘭の方を見た。
「蘭丸も来るのだろう?大丈夫?」
「馬鹿にすんな。こう見えてお前より戦場に行った回数は多いんだ。実際に戦に参加する事は出来ないけど、出来る限りの手助けはするよ。」
ムッとした顔で蘭がそう言うと、信忠は可笑しそうに笑った。
「そうだったね。じゃあ頼んだよ、先輩。」
「おうっ!」
蘭は気合いを入れて拳を上げた。
―――
二日後、大河内城
その日は朝から忙しかった。何しろ祝言と家督襲名が同日に行われるのだ。前々から準備をしていたとはいえ、当日の慌ただしさは異常だった。何人もの家来が城の中を行ったり来たりしていて、何処か浮ついた空気が充満していた。
そんな中、当主の北畠具房はこの上ない幸福の真っただ中にいた。織田との同盟の証としてその子・信雄を養子に迎え、北畠家はこれまで以上に繁栄した。公家の出身でありながら武家としても活躍。伊勢を中心とした一大勢力にまで登りつめ、これから更なる力をその手に握る事が出来るところまでやってきた。
信雄と娘の雪姫が結婚すれば信長からの支援が絶対的なものになる。そうすればこの先の北畠家の未来は安泰だ。もちろん織田方の家臣としてこれからも戦場に駆り出される事が多くなるだろうが、織田が天下を取れば必ず北畠への恩賞も出るだろう。伊勢だけではなく近隣の国を任せられる事は間違いない。
そこまで考えて、具房はニヤリと笑った。
「具房様!大変でございます!」
「どうした?」
そこへ慌てた様子の家来が部屋に飛び込んできた。具房は戸惑いながら聞き返す。
「台所と雪姫様のお部屋が……占拠されました。」
「……は?」
すぐには意味が分からなかった。間抜けな声を出す具房にその家来はじれったそうに身を捩った。
「家老とその従者らが突然台所に入って来たかと思ったら、そこにいた二、三人を斬りつけて……雪姫様を人質にしたと言ったのです!」
「何だと!?それで雪姫は……?」
「見に行ったらそこに信雄様がいらっしゃって……」
「信雄も捕まったのか?」
「いえ、それが……」
「何だ、はっきり言え。」
「……信雄様が雪姫様の首に刀を突きつけて、具房様を呼んで来いと……」
「…………」
余りの事に具房は声が出ない。体が固まったように動かなかった。
あの信雄が雪姫を……?信じられなかった。しかしこの家来がこの期に及んで嘘を言う意味がないし、本当の事なのだろう。具房はグッと拳を握りしめると顔を上げた。
「わかった。今すぐ行く。」
―――
「お待ちしておりました。お父様。」
具房が雪姫の部屋に行くと、信雄はにっこりと笑いながら言った。雪姫は信雄の側で蹲っている。具房は慌てて近づいていって娘をそっと抱き寄せた。
「……どういうつもりだ?今日はお前達の祝言の日だぞ?それとも何かの余興か。」
「余興ではありません。僕は本気です。本気で今から貴方に反旗を翻すのですよ。」
「何っ!?」
「僕はこの日をずっと待っていた。そう、この家に来たその日から。織田信長の為に北畠を……滅ぼす事を。」
「……信長の差し金か。」
具房は唇を嚙みしめる。ギリッという音がして鉄の味が口の中に広がった。
「最初から、初めから……お前は裏切るつもりでこの家にいたのか?幼かったあの日から?何ていう事だ……一体どんな想いで……」
「想いも何も。何も考えず、ただこの日だけを夢見て生きてきましたよ。」
無表情でそう言いのけた信雄を、具房は信じられないというような目で見つめた。
雪姫はずっと俯いて体を震わせている。
「それなら何故、問答無用で討たん。このような真似をして……意味があるのか。」
「最後に貴方と話したかったので。あと……君とも。」
そう言って雪姫の方に視線をやる。雪姫はビクッと体を揺らした。
「これまで育てて頂いて、ありがとうございました。本当に感謝しています。雪姫も。今までありがとう。」
言いながら頭を下げる。そんな信雄を具房は忌々しげに見た。
「……貴方とは幼馴染として、そして兄妹として接してきました。でもそう思っていたのはわたしだけだったようですね。」
沈黙を破って雪姫が口を開いた。信雄は虚を突かれたような顔で雪姫を見る。雪姫は赤くなった眼を鋭くして信雄を睨みつけた。
「所詮、あの織田信長の息子。やる事が非道ですね。でも人の心がわからないというのは、悲しい事ですよ。」
「…………」
雪姫の言葉に僅かに信勝の眉が動く。しかしすぐに平静を取り戻すと、持っていた刀を握り直した。
「さぁ、時間です。今頃は織田軍が城を囲んでいるでしょう。長らく続いた北畠家は今日で終わりだ!」
そう叫んだ信雄は未だに座り込んだままの具房と雪姫に向かっていった。
刀を振り下ろした瞬間信雄の瞳から一滴の涙が飛んだ事は、きっと本人にもわからなかっただろうと思われた……
.
0
あなたにおすすめの小説
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。
もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。
【リクエスト作品】邪神のしもべ 異世界での守護神に邪神を選びました…だって俺には凄く気高く綺麗に見えたから!
石のやっさん
ファンタジー
主人公の黒木瞳(男)は小さい頃に事故に遭い精神障害をおこす。
その障害は『美醜逆転』ではなく『美恐逆転』という物。
一般人から見て恐怖するものや、悍ましいものが美しく見え、美しいものが醜く見えるという物だった。
幼い頃には通院をしていたが、結局それは治らず…今では周りに言わずに、1人で抱えて生活していた。
そんな辛い日々の中教室が光り輝き、クラス全員が異世界転移に巻き込まれた。
白い空間に声が流れる。
『我が名はティオス…別世界に置いて創造神と呼ばれる存在である。お前達は、異世界ブリエールの者の召喚呪文によって呼ばれた者である』
話を聞けば、異世界に召喚された俺達に神々が祝福をくれると言う。
幾つもの神を見ていくなか、黒木は、誰もが近寄りさえしない女神に目がいった。
金髪の美しくまるで誰も彼女の魅力には敵わない。
そう言い切れるほど美しい存在…
彼女こそが邪神エグソーダス。
災いと不幸をもたらす女神だった。
今回の作品は『邪神』『美醜逆転』その二つのリクエストから書き始めました。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います
ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。
懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる