異世界ダイエット

Shiori

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第百八十九話

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 「逃げたのは二人です!」
グレースが髭づらの男を斬った場所までたどり着き、さらに洞穴の奥へ急ごうとするセヴランに、サシャは叫んだ。声を判別してサシャが数えた下っ端の人数は、十三人。そしてここへ来るまでに十二人を戦闘不能の状態にしているのを確認した。中心の三人のうち二人が、すぐそこにそれぞれ斃れている。
「グレースを頼むぞ!」
そう言いおいて洞穴の奥へ走り去るセヴランとルイを見送って、サシャはグレースに走り寄る。足首を負傷し、肩をざっくりと切られた状態で、自分を騙した男を叩き斬ったグレースは、すべての力を使い果たしてその場に倒れていた。出血がひどいために青白くなった顔は、返り血や土に汚れた上を涙が流れていた。
「グレースさんっ!」
サシャが上体を抱え起こすと、グレースは重傷でもまだ、意識ははっきりしていた。
「サシャ・・・、ごめんね・・・。ナナミやセヴラン様にも、わたしが謝っていたって、伝えてね・・・」
「グレースさん! どういうことですか・・・?」
肩の傷、というのはどのように手当をすればいいのか、サシャはわからない。腕とか脚とかだったら、とりあえずぐるぐる巻いてしっかり縛ればいいのかと思うけれど、肩というのはどのように巻いたり縛ればいいのか、サシャはわからなかった。それでも、持って来た布を必死にまきつける。瀕死の状態でも、グレースは大人の女性で、サシャはまだ少年で、血と泥に汚れていても服を脱がせて清めて傷の手当をするとか、できない。どうすればいいのかわからなくて、ただ布で包む、それだけで精一杯だった。
「あの男に、騙されたの・・・。魔力があるのに使いこなせないアホな女を家畜にして、楽に暮らそうって・・・。お前を愛してるから、大事にするから、オレの子供をたくさん産んでくれって・・・。」
グレースの目から、新たな涙が溢れる。
「だから・・・、わたしが手引きしたの・・・。あの男と一緒に、ナナミをさらう計画をたてたの・・・。ごめんね・・・」
首の後ろが痛いでしょ、とグレースに言われ、サシャは頷く。毒師の男の荷物に解毒剤があるから飲んで、と、グレースはサシャに言う。さっき奈々実に飲ませたカラの小瓶が近くに転がっているから、それと同じのを飲んでね、とグレースに言われて、サシャは頷くしかできない。
「全部、ウソだった・・・。愛しているなら、大事にするなら、他の男のオモチャになんか、させるはずないよね・・・、他の男の報酬になんか、するはずないよね・・・。演技しろって、逃げ切るまで、ナナミを鎖につないで家畜にするまで、俺とぐるだってことは気づかれないようにしてろって、そんなの、おかしいよね・・・」
あの男は、奈々実をシエストレムの鎖に繋いで自分のものにするのが目的だった。そのためにグレースを騙して利用した。奈々実を自分のものにできたら、グレースはもう用済みだから、年配の男に報酬として渡してしまうつもりだった。今になって、腹が立つ。あんな男を信じていた自分に、猛烈に腹が立つ。怒りが、死へ向かう身体を押しとどめている。グレースは苦しい息の下から、奈々実に聞いた内容を、サシャに告げる。
「シエストレムの鎖はね・・・、愛さなければ魔力を借りることはできないんだって・・・。あの男は、わたしを愛してるって言ったのに、ナナミを鎖につなぐのが目的だった・・・」
愛さなければ魔力を借りて使うことはできない。髭づらの男はそれをきちんとわかっていたのだろうか。ただ鎖につなげばそれでいいと、思っていたのかもしれない。セヴランを殺して、鎖につないで、レイプして、それだけで奈々実の魔力を好き勝手にできると、思っていたのかもしれない。
「ナナミを家畜になんか、できないよね・・・。あんなに一生懸命なのに、魔力を役立てようと努力してるのに、そんな酷いこと、できないよね・・・。魔力をちゃんとコントロールできなくても、ナナミはアホなんかじゃないよ・・・。あの男のほうが、よっぽどアホだよ・・・。でも、あんなアホに騙されたわたしが、一番アホだ・・・」
あんな男に騙されて、利用されて、愚かだったと思う。でも、たくましい腕に抱かれて、耳元でささやかれて、信じてしまった。愛しているなんて、そんなことを軽々しく言う男なんて信じたらいけないのに、そういうことに知識が無くて、免疫が無くて、迂闊だったかもしれないけれど、情けないけれど、あの時は信じてしまった。
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