異世界ダイエット

Shiori

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第百七十九話

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 洞穴から十分に離れると、サシャは少し急いで歩き始めた。それでも、音はたてないように歩く。首筋と、足の傷がずきずきと痛いけれど、我慢して歩く。馬とロバはどこへ行ってしまっただろう。この足では、ポート・タウンまで戻るのは明日の昼頃になるだろうか。
 幼い頃から船の上で過ごしていたサシャは、星を見て現在地を読むのが得意だ。いつも通っている山道では、帰りには右側に見える山、その中腹あたりに今、自分がいる。奈々実とグレースが連れて行かれた洞穴は、もう少し山を回り込んで中腹よりも少し下、くらいの位置だ。
 しばらく歩くと、いつも通っている山道まで戻ることができた。遠くから複数の馬蹄が迫ってくるのを、サシャの耳は捕らえた。あいつらの仲間なのか、ナナミの帰りが遅いのでポート・タウンの港湾警備軍の人達が来てくれたのか、確認しようとサシャは傷の痛みを堪えて、大きな岩の上によじ登って身を伏せた。低い灌木や立ち枯れた木しかない岩山なので、大きな岩の上にぺったりと身を伏せていれば見通しがきく上に身を隠すこともできる。警備軍の人達なのか賊なのかを、こっちの存在を先方に見つけられる前に見極めることができる。
 いくつもの灯りがちょっと乱れた隊列の状態で、馬の疾走に従って揺れながら向かってくる。あれは、魔石の灯りだ。松明など炎の灯りを使って、万が一にも枯れ木に燃え移ったら、岩山の乾燥地帯では野火は環境に甚大な被害を与えてしまうので、警備軍など良識ある組織であれば松明は使わず、魔石の灯りを使う。賊なら野火などに気を遣わないので松明を使うか、警備軍に捕まらないように見つからないように行動するのであれば無灯火のはずだから、港湾警備軍が来たと判断していいだろう。サシャはすばやく考えた。あの警備軍の人達が使っているような魔石の灯りなんて持っていないけれど、漁師の息子として海の上で培ってきた知恵がある。魚の脂を干して固めた、非常時には食料にも燃料にもなる小さなキューブを、サシャはいつも持ち歩いている。まちがっても美味ではないが、飢えたり凍え死ぬよりはいい。難点はニオイで、肉食の動物に嗅ぎつけられることだけが以前は問題だったが、魔力でラッピングしてもらえば完全に密封されるし長期保存もできるので、非常用の食料兼燃料としては、サシャくらいの少年の持ち物としてはなかなか高性能だ。
 そのひとつを噛み千切って半分は飲み込んで空腹をごまかし、半分を枯れ枝の先端に刺して火をつける。ぼうっと燃え上がった魚油の炎を、サシャは高く掲げて左右にゆっくりと振った。
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