異世界ダイエット

Shiori

文字の大きさ
129 / 200

第百二十八話

しおりを挟む
 プロスト牧場の主、かつてのプロスト隊長にセヴランは馬から降りて丁重なあいさつをする。しかしプロストは、面倒くさそうに手を振って、日に焼けた顔をほころばせた。
「あのやんちゃ坊主がこんなに偉くなるとはねえ。お前の顔を見ると、オレの人生も悪いことばかりじゃなかったんだなって思えるよ」
 プロストが、わずか九歳だったセヴランや他の数人を率いてアルヴィーンに行った時は、それは厳密にはまだ正式な遣使ではなかった。アルヴィーン側からみればベルチノアは未知の新興国だったし、ベルチノアはベルチノアであまり身分の高い者や有能な者を正式な遣使として送り出せる国力もなかった。
 ダクシニアに海産物を輸出したり傭兵を仲介したり、イルナスタから特産品の綿布を細々と輸入していたプロストに白羽の矢がたったのは、単に他に伝手がなかった、ただそれだけの理由だった。ダクシニアよりも西にはプロストも行ったことはなくて、数か月の長い荒野の旅の末にベルチノア国王の親書を届け、セヴランとあと二人の少年の留学を承認してもらえたのは、快挙と言ってよかった。
 護衛兵士すら同行せず、難民にしか見えない垢じみた一行が国境検問所にたどり着いた時、検問所のアルヴィーン兵は大いに混乱し、通していいものかどうか悩んだという。なんとか帝都に行くことを許され、セヴランとあと二人の少年は学舎に入ることを許された。三人とも苦学して学問を修めたものの、少年のうち一人は巨大帝国の都の華やかさに幻惑され、最新の文化文明に魅入られて帰国を拒否し、もう一人は帰国の途上で病に倒れた。帰国を拒否した一人がその後どのような人生を歩んだのかはわからない。
 プロストにしてみれば、セヴランの出世は自分の仕事の確たる結実であり、息子と同じかそれ以上に誇らしい存在だ。プロスト自身は貿易商としてもっとビッグになりたかったのだが、商才があるとはいえなかったし、アルヴィーン往復でもう旅には飽いた。ベルチノア政府からの謝礼金を元手に始めた小さな牧場はいつのまにかずいぶん大きくなり、大地に腰を据えた生活のほうが自分には合っていたのだとやっと納得した。そんなプロストにとってアルヴィーンへの留学生を引率したことは、人生最大の成功譚なのだ。
「最近雇った若い奴はなあ、オレがお前をアルヴィーンに連れて行ったんだって言っても、信じてすらくれねえんだ。アルヴィーンに行ったなんて夢の中でのことでしょうって、鼻で笑いやがるんだぜ?」
九歳でアルヴィーンに留学したセヴランの名前は知られていても、送り届けたプロストの名前は知られていないということだ。
 「帰りは、どうやって帰ってきたのですか?」
一度往復したのならプロストがまた迎えに行ったのではないかと奈々実は思ったのだが、違うらしい。
「アルヴィーン政府が視察や調査目的で人を遣わしてくれてな。オレを送り届けてくれたんだ」
アルヴィーンが遣わした調査団は、団とは名ばかりの少人数、最下級の下っ端役人が数人だけというもので、視察と調査が失敗して全滅しても構わない、という扱いだったらしい。しかしその責任者をかってでた男がなかなかの野心家で、セヴランを送ってベルチノアを訪れた後、仲間をダクシニアに待たせておいて単身でジョグラムやシエストレムまで潜入調査してくるような胆力の持ち主だった。先祖が罪人で、まともなやり方では出世が望めないから、俺は他の奴らがやりたがらない仕事をやってのし上がってやるんだ、と話していたあの男は、望み通りに出世しているだろうか、とセヴランは思いを馳せる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

気がつけば異世界

波間柏
恋愛
 芹沢 ゆら(27)は、いつものように事務仕事を終え帰宅してみれば、母に小さい段ボールの箱を渡される。  それは、つい最近亡くなった骨董屋を営んでいた叔父からの品だった。  その段ボールから最後に取り出した小さなオルゴールの箱の中には指輪が1つ。やっと合う小指にはめてみたら、部屋にいたはずが円柱のてっぺんにいた。 これは現実なのだろうか?  私は、まだ事の重大さに気づいていなかった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『出来損ない』と言われた私は姉や両親から見下されますが、あやかしに求婚されました

宵原リク
恋愛
カクヨムでも読めます。 完結まで毎日投稿します!20時50分更新 ーーーーーー 椿は、八代家で生まれた。八代家は、代々あやかしを従えるで有名な一族だった。 その一族の次女として生まれた椿は、あやかしをうまく従えることができなかった。 私の才能の無さに、両親や家族からは『出来損ない』と言われてしまう始末。 ある日、八代家は有名な家柄が招待されている舞踏会に誘われた。 それに椿も同行したが、両親からきつく「目立つな」と言いつけられた。 椿は目立たないように、会場の端の椅子にポツリと座り込んでいると辺りが騒然としていた。 そこには、あやかしがいた。しかも、かなり強力なあやかしが。 それを見て、みんな動きが止まっていた。そのあやかしは、あたりをキョロキョロと見ながら私の方に近づいてきて…… 「私、政宗と申します」と私の前で一礼をしながら名を名乗ったのだった。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

処理中です...