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第百二十八話
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プロスト牧場の主、かつてのプロスト隊長にセヴランは馬から降りて丁重なあいさつをする。しかしプロストは、面倒くさそうに手を振って、日に焼けた顔をほころばせた。
「あのやんちゃ坊主がこんなに偉くなるとはねえ。お前の顔を見ると、オレの人生も悪いことばかりじゃなかったんだなって思えるよ」
プロストが、わずか九歳だったセヴランや他の数人を率いてアルヴィーンに行った時は、それは厳密にはまだ正式な遣使ではなかった。アルヴィーン側からみればベルチノアは未知の新興国だったし、ベルチノアはベルチノアであまり身分の高い者や有能な者を正式な遣使として送り出せる国力もなかった。
ダクシニアに海産物を輸出したり傭兵を仲介したり、イルナスタから特産品の綿布を細々と輸入していたプロストに白羽の矢がたったのは、単に他に伝手がなかった、ただそれだけの理由だった。ダクシニアよりも西にはプロストも行ったことはなくて、数か月の長い荒野の旅の末にベルチノア国王の親書を届け、セヴランとあと二人の少年の留学を承認してもらえたのは、快挙と言ってよかった。
護衛兵士すら同行せず、難民にしか見えない垢じみた一行が国境検問所にたどり着いた時、検問所のアルヴィーン兵は大いに混乱し、通していいものかどうか悩んだという。なんとか帝都に行くことを許され、セヴランとあと二人の少年は学舎に入ることを許された。三人とも苦学して学問を修めたものの、少年のうち一人は巨大帝国の都の華やかさに幻惑され、最新の文化文明に魅入られて帰国を拒否し、もう一人は帰国の途上で病に倒れた。帰国を拒否した一人がその後どのような人生を歩んだのかはわからない。
プロストにしてみれば、セヴランの出世は自分の仕事の確たる結実であり、息子と同じかそれ以上に誇らしい存在だ。プロスト自身は貿易商としてもっとビッグになりたかったのだが、商才があるとはいえなかったし、アルヴィーン往復でもう旅には飽いた。ベルチノア政府からの謝礼金を元手に始めた小さな牧場はいつのまにかずいぶん大きくなり、大地に腰を据えた生活のほうが自分には合っていたのだとやっと納得した。そんなプロストにとってアルヴィーンへの留学生を引率したことは、人生最大の成功譚なのだ。
「最近雇った若い奴はなあ、オレがお前をアルヴィーンに連れて行ったんだって言っても、信じてすらくれねえんだ。アルヴィーンに行ったなんて夢の中でのことでしょうって、鼻で笑いやがるんだぜ?」
九歳でアルヴィーンに留学したセヴランの名前は知られていても、送り届けたプロストの名前は知られていないということだ。
「帰りは、どうやって帰ってきたのですか?」
一度往復したのならプロストがまた迎えに行ったのではないかと奈々実は思ったのだが、違うらしい。
「アルヴィーン政府が視察や調査目的で人を遣わしてくれてな。オレを送り届けてくれたんだ」
アルヴィーンが遣わした調査団は、団とは名ばかりの少人数、最下級の下っ端役人が数人だけというもので、視察と調査が失敗して全滅しても構わない、という扱いだったらしい。しかしその責任者をかってでた男がなかなかの野心家で、セヴランを送ってベルチノアを訪れた後、仲間をダクシニアに待たせておいて単身でジョグラムやシエストレムまで潜入調査してくるような胆力の持ち主だった。先祖が罪人で、まともなやり方では出世が望めないから、俺は他の奴らがやりたがらない仕事をやってのし上がってやるんだ、と話していたあの男は、望み通りに出世しているだろうか、とセヴランは思いを馳せる。
「あのやんちゃ坊主がこんなに偉くなるとはねえ。お前の顔を見ると、オレの人生も悪いことばかりじゃなかったんだなって思えるよ」
プロストが、わずか九歳だったセヴランや他の数人を率いてアルヴィーンに行った時は、それは厳密にはまだ正式な遣使ではなかった。アルヴィーン側からみればベルチノアは未知の新興国だったし、ベルチノアはベルチノアであまり身分の高い者や有能な者を正式な遣使として送り出せる国力もなかった。
ダクシニアに海産物を輸出したり傭兵を仲介したり、イルナスタから特産品の綿布を細々と輸入していたプロストに白羽の矢がたったのは、単に他に伝手がなかった、ただそれだけの理由だった。ダクシニアよりも西にはプロストも行ったことはなくて、数か月の長い荒野の旅の末にベルチノア国王の親書を届け、セヴランとあと二人の少年の留学を承認してもらえたのは、快挙と言ってよかった。
護衛兵士すら同行せず、難民にしか見えない垢じみた一行が国境検問所にたどり着いた時、検問所のアルヴィーン兵は大いに混乱し、通していいものかどうか悩んだという。なんとか帝都に行くことを許され、セヴランとあと二人の少年は学舎に入ることを許された。三人とも苦学して学問を修めたものの、少年のうち一人は巨大帝国の都の華やかさに幻惑され、最新の文化文明に魅入られて帰国を拒否し、もう一人は帰国の途上で病に倒れた。帰国を拒否した一人がその後どのような人生を歩んだのかはわからない。
プロストにしてみれば、セヴランの出世は自分の仕事の確たる結実であり、息子と同じかそれ以上に誇らしい存在だ。プロスト自身は貿易商としてもっとビッグになりたかったのだが、商才があるとはいえなかったし、アルヴィーン往復でもう旅には飽いた。ベルチノア政府からの謝礼金を元手に始めた小さな牧場はいつのまにかずいぶん大きくなり、大地に腰を据えた生活のほうが自分には合っていたのだとやっと納得した。そんなプロストにとってアルヴィーンへの留学生を引率したことは、人生最大の成功譚なのだ。
「最近雇った若い奴はなあ、オレがお前をアルヴィーンに連れて行ったんだって言っても、信じてすらくれねえんだ。アルヴィーンに行ったなんて夢の中でのことでしょうって、鼻で笑いやがるんだぜ?」
九歳でアルヴィーンに留学したセヴランの名前は知られていても、送り届けたプロストの名前は知られていないということだ。
「帰りは、どうやって帰ってきたのですか?」
一度往復したのならプロストがまた迎えに行ったのではないかと奈々実は思ったのだが、違うらしい。
「アルヴィーン政府が視察や調査目的で人を遣わしてくれてな。オレを送り届けてくれたんだ」
アルヴィーンが遣わした調査団は、団とは名ばかりの少人数、最下級の下っ端役人が数人だけというもので、視察と調査が失敗して全滅しても構わない、という扱いだったらしい。しかしその責任者をかってでた男がなかなかの野心家で、セヴランを送ってベルチノアを訪れた後、仲間をダクシニアに待たせておいて単身でジョグラムやシエストレムまで潜入調査してくるような胆力の持ち主だった。先祖が罪人で、まともなやり方では出世が望めないから、俺は他の奴らがやりたがらない仕事をやってのし上がってやるんだ、と話していたあの男は、望み通りに出世しているだろうか、とセヴランは思いを馳せる。
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