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第六十八話
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「裁判長、ご覧のようにこの魔力波は攻撃性を帯びていません。生命体が最低限の身体防衛のために無意識のうちに放出してしまう、そういう類のものです。どうやらこちらの泣き叫んでいる少女の声に反応しているようです。フェザンディエ隊長、この時、この少女はなにを叫んでいたのか、覚えておられますか?」
「『来ないで』とか、『そばに寄らないで』とか叫んでいたことは覚えている。わたしやアンリを見て怯えていたようだった。無理矢理にそばに行って保護したのだが、エリカは・・・、泣き叫んでいる少女のほうのことだが、保護されたというより捕らえられたと認識したようだった。しばらくは泣き続けていたし、隙あらば逃げようとしていた。保護された後にも、ナナミを殺して自分も死ぬと言って、刃物を振り回したこともあった。なだめるのが大変だったと、イネス殿が言っていた」
「ナナミ・カワシマが全く意識が無い状態であったことは、これで証明されますね? オランド公爵令嬢、これでもナナミ・カワシマを糾弾なさいますか?」
初めて見る魔力映像に、ベアトリスは呆然となっていた。
長ずるにつれて魔力が減っていく自分とは違って、伯母であるモニークは昼間は緑色のレベルの魔力量で安定しているが、夜になるとシルバーから黄色の魔力が乱高下する。制御できなくはないが結婚生活にはいろいろと不都合があったようで子供をもうけることができず、離婚はしなかったものの結婚相手とは完全に別居して、魔力の研究と研鑽に人生を捧げている。モニークは中立の立場でこの法廷にいるはずで、まさかベアトリスにとって不利な証明をするなど、ベアトリスは思いもしない。
「意識が無かったからとは言っても、セヴラン様に傷を負わせた罪は消えませんわ。魔力の無い世界から来て魔力の使い方も知らない、ゴールド・スターの魔力量があるのに制御もできないなんて、危険すぎます。伯母様、その下女は追放すべきです。セヴラン様のみならず、一般市民にも魔力攻撃をするかもしれませんもの」
「一般市民に魔力攻撃をしてはならない、それは魔法倫理に照らし合わすまでもなく道理です。では、こちらの場合はどうでしょう」
モニークは新たな証人として一人の女性の呼び出しを裁判長に求める。
裁判長に認可されて現れた女性は、オランド公爵邸でベアトリスの侍女として働いているアネットという若い女性だった。額には紫色のマジカル・スターがある。奈々実よりもやや年上、十八、九歳くらいだろうか。雀斑の散った頬が紅潮していて、なにか、強い決意を固めているように、口を真一文字に引き結んでいた。
モニークに促され、証言台に立ったアネットは入廷する時に署名したはずの宣誓書と同じものに再度署名をして、奈々実と同じように白い魔石に魔力を流す。するとスクリーンには、オランド公爵邸の内部であるらしい贅を尽くした部屋が映った。
そして次の瞬間には、一人の女性がなにかに吹っ飛ばされて床に転がる様子が映り、法廷中の人間がぎょっとした顔をし、何人かが小さく悲鳴を上げた。椅子にぶつかった女性の脛に血が滲み、キトンが血で汚れた。そして次の瞬間には紫色の魔力波が一閃して、キトンがまるで引きちぎられるように捲り上げられたが、手とか道具のようなものは見えない。つまり、『魔力で服が引っぱり上げられた』のは、誰の目にも明らかだった。女性の白いはずの臀部が露わになり、そこに見えたものに、人々は愕然とした。
もとの肌の色がわからないほどの痣、痣、痣・・・。内出血の赤や青黒いもの、青黄色いもの・・・。痛々しいを通り越して凄惨な情景が、スクリーンに映し出された。先ほどキトンを捲り上げた紫色の魔力波ではなく別の青い魔力波が、蛇が獲物を攻撃するように肌を撃ち始め、人々は息を飲んだ。顔を手で覆う女性もいた。
青い魔力波は意識が無かった時の奈々実の金色のそれのように靄ではなく、明確な意思を持っているようだった。半裸の女性の尻や大腿部や背中を狙い、攻撃を加えていく。打擲は傷はつけず、皮下組織だけを巧妙に破壊しているようで、治りかけている痣がまた新しい内出血の色になっていくのが、残忍で見るに堪えなかった。
「『来ないで』とか、『そばに寄らないで』とか叫んでいたことは覚えている。わたしやアンリを見て怯えていたようだった。無理矢理にそばに行って保護したのだが、エリカは・・・、泣き叫んでいる少女のほうのことだが、保護されたというより捕らえられたと認識したようだった。しばらくは泣き続けていたし、隙あらば逃げようとしていた。保護された後にも、ナナミを殺して自分も死ぬと言って、刃物を振り回したこともあった。なだめるのが大変だったと、イネス殿が言っていた」
「ナナミ・カワシマが全く意識が無い状態であったことは、これで証明されますね? オランド公爵令嬢、これでもナナミ・カワシマを糾弾なさいますか?」
初めて見る魔力映像に、ベアトリスは呆然となっていた。
長ずるにつれて魔力が減っていく自分とは違って、伯母であるモニークは昼間は緑色のレベルの魔力量で安定しているが、夜になるとシルバーから黄色の魔力が乱高下する。制御できなくはないが結婚生活にはいろいろと不都合があったようで子供をもうけることができず、離婚はしなかったものの結婚相手とは完全に別居して、魔力の研究と研鑽に人生を捧げている。モニークは中立の立場でこの法廷にいるはずで、まさかベアトリスにとって不利な証明をするなど、ベアトリスは思いもしない。
「意識が無かったからとは言っても、セヴラン様に傷を負わせた罪は消えませんわ。魔力の無い世界から来て魔力の使い方も知らない、ゴールド・スターの魔力量があるのに制御もできないなんて、危険すぎます。伯母様、その下女は追放すべきです。セヴラン様のみならず、一般市民にも魔力攻撃をするかもしれませんもの」
「一般市民に魔力攻撃をしてはならない、それは魔法倫理に照らし合わすまでもなく道理です。では、こちらの場合はどうでしょう」
モニークは新たな証人として一人の女性の呼び出しを裁判長に求める。
裁判長に認可されて現れた女性は、オランド公爵邸でベアトリスの侍女として働いているアネットという若い女性だった。額には紫色のマジカル・スターがある。奈々実よりもやや年上、十八、九歳くらいだろうか。雀斑の散った頬が紅潮していて、なにか、強い決意を固めているように、口を真一文字に引き結んでいた。
モニークに促され、証言台に立ったアネットは入廷する時に署名したはずの宣誓書と同じものに再度署名をして、奈々実と同じように白い魔石に魔力を流す。するとスクリーンには、オランド公爵邸の内部であるらしい贅を尽くした部屋が映った。
そして次の瞬間には、一人の女性がなにかに吹っ飛ばされて床に転がる様子が映り、法廷中の人間がぎょっとした顔をし、何人かが小さく悲鳴を上げた。椅子にぶつかった女性の脛に血が滲み、キトンが血で汚れた。そして次の瞬間には紫色の魔力波が一閃して、キトンがまるで引きちぎられるように捲り上げられたが、手とか道具のようなものは見えない。つまり、『魔力で服が引っぱり上げられた』のは、誰の目にも明らかだった。女性の白いはずの臀部が露わになり、そこに見えたものに、人々は愕然とした。
もとの肌の色がわからないほどの痣、痣、痣・・・。内出血の赤や青黒いもの、青黄色いもの・・・。痛々しいを通り越して凄惨な情景が、スクリーンに映し出された。先ほどキトンを捲り上げた紫色の魔力波ではなく別の青い魔力波が、蛇が獲物を攻撃するように肌を撃ち始め、人々は息を飲んだ。顔を手で覆う女性もいた。
青い魔力波は意識が無かった時の奈々実の金色のそれのように靄ではなく、明確な意思を持っているようだった。半裸の女性の尻や大腿部や背中を狙い、攻撃を加えていく。打擲は傷はつけず、皮下組織だけを巧妙に破壊しているようで、治りかけている痣がまた新しい内出血の色になっていくのが、残忍で見るに堪えなかった。
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