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第六十三話
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大法廷に限らず小法廷でも、裁判が行われる場所に入る人間は宣誓書にサインをし、たとえ一言であろうとも喋る内容を記録されることに同意し、虚偽の発言をせず、一言一句に責任をもたなければならない。当事者や関係者はもちろん、判事や職員から一般傍聴人まですべての人間に等しく課せられる義務で、これを拒むのであれば法廷に立ち入ることはできない。
大法廷を埋め尽くす傍聴人のすべてが宣誓書にサインを終わらせた時には、時刻は昼に近くなっていたが、開廷が遅れたことをとりもどすべく、審理は開始された。
原告側の椅子には奈々実に対する憎悪や侮蔑を隠そうともしないベアトリスが、小法廷ではなく大法廷での審理になったと聞いて急遽かけつけた父のオランド公爵と母の公爵夫人とともに座っていた。チョーカーではなく魔力封じの首輪をされてシエストレムの鎖に繋がれているのは一見すると犬とか奴隷のように見えなくもないので、その状態で入廷してきた奈々実を見てベアトリスは少し、溜飲を下げたらしい。ニヤニヤと蔑みの笑みを浮かべていたが、その鎖をしっかりと握ったセヴランが被告人席に座り、奈々実を幼子のように自分の膝に座らせるのを見て、衝撃に唖然とした。そして次には憤りのあまり口から火焔を吐くような権幕でわめきたてた。
「どうしてセヴラン様が罪人の席に座られますの!? その下女を裁くための法廷ですのよ!? セヴラン様はその下女に騙されている被害者なのですからこちらの原告席か一般傍聴席に座られるべきではございませんこと!?」
「お静かに! オランド公爵令嬢、発言には挙手をして裁判長の許可を求められますようにお願いいたします。遵っていただけないのであれば、退廷を命じます!」
「誰に向かってものを言ってますの!? 裁判長が注意をなさらないからこのわたくしが言っておりますのよ! こともあろうに罪人がセヴラン様の膝に座るだなんて、それこそ法廷侮辱罪ではありませんこと!? 衛兵! さっさと罪人を床に引き摺り下ろしなさい! 跪かせなさい!」
ベアトリスがいくら口角唾を飛ばして喚き立てても、衛兵は裁判長の指示でなければ動きはしない。
「座りなさい、ベアトリス。おとなしく座っていられないのなら屋敷に帰りなさい」
「お父様! あれを、あんな破廉恥な振る舞いを黙認なさるのですか!? あんな・・・」
「ベアトリス!」
オランド公爵が語気を強める。さすがに父公爵には逆らえず、噛み千切りそうなほどにくちびるを噛んでわなわなと怒りに震えながら、ベアトリスは腰を下ろした。
「裁判長、大変失礼いたしました」
オランド公爵の謝罪を受けて、裁判長は苦虫をかみつぶしたような顔を、一瞬で引き締める。セヴランの膝の上、という、おおよそこの法廷で最も尻の座りが悪い場所に座らされている奈々実は、怒髪天を衝くとはあのようなことを言うのだな、などと思いながら、ベアトリスを見ないようにできるだけ裁判長の方向を向くようにしていた。あれだけ激怒して、頭の血管は切れないのだろうかと心配になってしまう。迂闊に目が合ったりしたら、視線だけで刺殺されることは確実だと思う。
―――自分の娘が被告ってだけでも目を剥くだろうけど、まさか法廷で男の人の膝の上に座らされているなんて、お父さんが見たら泡吹いて倒れちゃうだろうなあ・・・―――
父が仕事をしている姿なんて、一度も見たことが無い。法廷もたぶん、生まれ育った日本のそれとは形式とかいろいろ違うのかもしれない。でも、父はこういう場所で仕事をして、自分を育ててくれたのだなあ、と、奈々実は異世界の法廷でしみじみと感慨にふける。おおよそ、被告にはあるまじき暢気さである。検事に該当するらしい第三諮問会の人とのやりとりは主にセヴランがしていて、奈々実はぼへー・・・、っと聞いているだけだ。
大法廷を埋め尽くす傍聴人のすべてが宣誓書にサインを終わらせた時には、時刻は昼に近くなっていたが、開廷が遅れたことをとりもどすべく、審理は開始された。
原告側の椅子には奈々実に対する憎悪や侮蔑を隠そうともしないベアトリスが、小法廷ではなく大法廷での審理になったと聞いて急遽かけつけた父のオランド公爵と母の公爵夫人とともに座っていた。チョーカーではなく魔力封じの首輪をされてシエストレムの鎖に繋がれているのは一見すると犬とか奴隷のように見えなくもないので、その状態で入廷してきた奈々実を見てベアトリスは少し、溜飲を下げたらしい。ニヤニヤと蔑みの笑みを浮かべていたが、その鎖をしっかりと握ったセヴランが被告人席に座り、奈々実を幼子のように自分の膝に座らせるのを見て、衝撃に唖然とした。そして次には憤りのあまり口から火焔を吐くような権幕でわめきたてた。
「どうしてセヴラン様が罪人の席に座られますの!? その下女を裁くための法廷ですのよ!? セヴラン様はその下女に騙されている被害者なのですからこちらの原告席か一般傍聴席に座られるべきではございませんこと!?」
「お静かに! オランド公爵令嬢、発言には挙手をして裁判長の許可を求められますようにお願いいたします。遵っていただけないのであれば、退廷を命じます!」
「誰に向かってものを言ってますの!? 裁判長が注意をなさらないからこのわたくしが言っておりますのよ! こともあろうに罪人がセヴラン様の膝に座るだなんて、それこそ法廷侮辱罪ではありませんこと!? 衛兵! さっさと罪人を床に引き摺り下ろしなさい! 跪かせなさい!」
ベアトリスがいくら口角唾を飛ばして喚き立てても、衛兵は裁判長の指示でなければ動きはしない。
「座りなさい、ベアトリス。おとなしく座っていられないのなら屋敷に帰りなさい」
「お父様! あれを、あんな破廉恥な振る舞いを黙認なさるのですか!? あんな・・・」
「ベアトリス!」
オランド公爵が語気を強める。さすがに父公爵には逆らえず、噛み千切りそうなほどにくちびるを噛んでわなわなと怒りに震えながら、ベアトリスは腰を下ろした。
「裁判長、大変失礼いたしました」
オランド公爵の謝罪を受けて、裁判長は苦虫をかみつぶしたような顔を、一瞬で引き締める。セヴランの膝の上、という、おおよそこの法廷で最も尻の座りが悪い場所に座らされている奈々実は、怒髪天を衝くとはあのようなことを言うのだな、などと思いながら、ベアトリスを見ないようにできるだけ裁判長の方向を向くようにしていた。あれだけ激怒して、頭の血管は切れないのだろうかと心配になってしまう。迂闊に目が合ったりしたら、視線だけで刺殺されることは確実だと思う。
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父が仕事をしている姿なんて、一度も見たことが無い。法廷もたぶん、生まれ育った日本のそれとは形式とかいろいろ違うのかもしれない。でも、父はこういう場所で仕事をして、自分を育ててくれたのだなあ、と、奈々実は異世界の法廷でしみじみと感慨にふける。おおよそ、被告にはあるまじき暢気さである。検事に該当するらしい第三諮問会の人とのやりとりは主にセヴランがしていて、奈々実はぼへー・・・、っと聞いているだけだ。
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