異世界ダイエット

Shiori

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第六十二話

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 そのエルネストが、あの目障りな下女にどんな悪戯をしたのだろう。エルネストとセヴランは仲の良い腕白兄弟だったのに、エルネストがあの下女を気に入らなかったのだとすれば、セヴランにあの下女の繋留を解除させ、婚約破棄を無かったことにできるかもしれない。ベアトリスはウキウキと妄想を廻らせる。生真面目で一本気なセヴランは、やはりあの下女に騙されているのだ。あれだけあくどい悪戯をするエルネストは、セヴランよりも狡賢く悪魔のように悪知恵があるが、だからこそあの下女の胡散臭いところを見抜いたに違いない。子供の頃にはさんざんな目に遭わされたが、此度はエルネストがベアトリスにとって都合のいいように動いてくれるかもしれない。
「あの下女を放逐してセヴラン様と結ばれたら、お兄様とお呼びしなければならないのですものね」
セヴランがベアトリスと結婚して公爵家を継ぎ、宰相の座に就いたなら、公式の場で顔を合わせた場合は、エルネストのほうが弟であるセヴランとその妻で公爵夫人になったベアトリスに礼をつくさなければならないのだ。今回、あの下女の放逐に役に立ってくれたならば、私的な場で会う時くらいはお兄様と呼んで、義妹として敬ってさしあげてもよろしくてよ、と、ベアトリスは独り言ちる。
 「失礼いたします」
ノックの音がして、法廷の職員らしい壮年の男が入って来た。
「大法廷の準備が整いました。ベアトリス様、宣誓書の不備は修正されましたか?」
職員の慇懃な物言いに、ベアトリスはつんと顎を上げて言う。
「サインなら先ほどいたしましたわ。不備だなんて、このわたくしに不躾なことを言っている暇があったら、罪人の証拠をきちんと確認するべきじゃございませんこと?」
「こちらの書式にはベアトリス様の魔力を注入して自己証明をしていただかなければ有効とは認められません。それに公爵邸で働いていらっしゃる方々の宣誓書にも、不備がございます」
ベアトリスの居丈高な物言いをあっさりといなして、職員は事務的に手続きをすすめる。
 「まあ、これはどういうこと? 魔力を注入してあるのは、侍女のアネットとロザリーだと思いますけど、血判は魔力が無いシモーヌかしら? 魔力の注入と血判はしてあるのに、サインはしてないなんて、愚かしいにもほどがあるわ」
魔力がある女性は魔力で自己証明ができるが、魔力が無い女性やすべての男性は血液と指紋で自己証明をしなければならない。公式の書類なのに、ベアトリスは汚いものでもさわるかのように、血判を見て眉をひそめる。
「下々にはまだまだ文盲の者も多くおります。しかたありますまい。ではこのお三方の宣誓書は無効ということでよろしいですか?」
「誰に向かって口をきいているの? 栄えあるオランド公爵邸で、文盲の輩など雇うはずありませんでしょう。この者たちの身分は雇い主であるこのわたくしが責任をもって保証いたしますわ。きちんと有効になさい、命令よ」
「雇い主はお嬢様ではなくオランド公爵だと思いますが」
「同じことでしょう! 屁理屈を並べてないで、さっさとなさい!」
「それではこちらの書式にも魔力を注入なさってください。お三方の身分を保証する公式書類として、ベアトリス様が絶対的に責任をもつということですね?」
しつこいほど念を押す職員にイライラと目をつり上げながら、ベアトリスは魔力を注入する。ちょっと前に青だったベアトリスのマジカル・スターは昨日の夜から藍色になっていて、書式に注入すると藍色にほんのりと光る。
「娘と親しくしていただいた頃には黄色でいらした記憶があるのですが、しばらくお会いしない間になにかございましたか? ずいぶんと魔力が少なくなられましたな」
一番言われたくないことをずけずけと言われて、ベアトリスはカッと頭に血が上った。
「口を慎みなさい! そなたの娘などと親しかったことなどありませんわ」
「さようでございましたか?」
ほんの数日前までの自分のマジカル・スターの色のような、職員の青い眸に、ベアトリスは苛立ちを募らせる。こんな色の眸に深い悲しみを湛えて自分を見ていた少女がかつていたような気がしたけれども、思い出せなかったし、思い出そうともしない。
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