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第四十八話
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児童虐待は、被虐待児が大けがや重傷を負ったり殺されてしまうまで、報道されない。そういうのは身体的虐待だったり育児放棄が多い。性的虐待は暴力なのに、滅多に明るみに出ない。少女の身体や心に重篤な被害をもたらす暴力なのに、大けがや重傷ではないとされてしまう。心を殺されてしまうのに、殺人ではないとされてしまう。報道されないけれど、そうした現実が生まれ育った世界にはあったことを、奈々実は知っている。つらい、過酷な苦しい環境で泣いている少女があっちの世界にはいたことを知っている。
まさか江里香が、そうだったなんて・・・。
「早く大人になれって、生理が来たら俺の子供を妊娠させてやるって言われて、怖くて怖くて・・・、エッチなことはお母さんとするんじゃないの? お母さんと結婚したのに、なんでわたしに? って、でも、お母さんに言ったら殺すって、お母さんのこともわたしのことも殺してやるって言われて、だから怖くてお母さんにも言えなかったの。・・・初潮が来ませんように、大人の身体になりませんように、って必死で、食べたご飯を後でこっそり吐いたりしてダイエットしたの・・・。ダイエットし過ぎると生理が止まるっていうでしょう?」
一度始まった生理が止まるほど過酷なダイエットをする、ということと、最初から生理が来ないように痩せていよう、というのは、違うだろうと奈々実は思った。けれどおそらく、江里香はそのくらい必死だったのだろう。継父の性的虐待に追い詰められ、逃げたくて、間違ったやり方で逃げようとしたということか。食べたものを吐くのはダイエットですらない。鶏ガラのように不健康に痩せる間違った努力は実を結ばず、中学三年の夏、恐れていた初潮を迎えてしまい、絶望のあまり自殺まで考えたのだと、江里香は言う。
「お母さんがお赤飯なんか炊くから・・・。自分の娘が性的虐待されるのがそんなにめでたいのかよクソババア! って怒鳴りたかったよ。・・・できなかったけど」
何も言えなかった。親に逆らうとか歯向かうとか、痩せすぎてぼろぼろの心と身体では、できるはずもなかった。逃げることも、誰かに助けを求めることもできなかった。ちょっと力を加えたらポキリと枯れ枝のように折れてしまいそうな江里香の身体に、継父は遠慮も配慮も無くのしかかり、声を上げたら殺すと脅かして口を塞いだり首を締めながら、発育不良の不健康な身体を引き裂き、醜悪で凶悪なケダモノの欲望で刺し貫いて犯した。
「あの時、死んじゃえばよかったんだよね・・・。なんでわたし、生きてるんだろう・・・。ずうっと考えてたの。死んじゃえばよかった、って。みっともないよね、意地汚いよね・・・。こんな汚れた身体で生きてるなんて・・・」
学校にいる時は、安心できたよ、継父がいない場所だったから、と、江里香は言う。学校中の男子生徒の目をハートにさせていた美少女の儚げな微笑は、微笑なんてものではなくて、学校にいる間だけは継父の脅威から離れていられる、という、クモの糸のようにか細い命綱の場所への安堵だったのだ。誰も気づかなかったけれど。
「この世界にきて、継父さんから逃げれて、よかったって思おうよ・・・」
継父さん、という言い方が、奈々実は自然に出た。たぶん、江里香はそんな奴を『お父さん』などとは言ってほしくないだろうと思ったので。
「うん・・・。でも、初恋の人には会えなくなっちゃったよ?」
「タツのこと?」
「うん・・・。わたしのね、目標だったの。背泳ぎのクラスに上がれたら、告白しようって。でも須藤くん、スイミングやめちゃったから、わたしもやめた。もうその頃にはわたしの身体は汚されていたから、告白する資格なんか無い、って思ったし」
「資格?」
片思いの告白に、資格なんて必要だろうか。
「だって、わたし、穢いでしょ。こんな穢い身体で、告白なんかしたら、須藤くんに迷惑でしょ。須藤くんのこと、本当に好きだったんだもん。奈々実ちゃんとつきあってるのかなって思ってたけど、でもこっちの世界に来て、奈々実ちゃんはつきあってない、幼馴染みだよって言うから、ちょっとホッとしちゃった。あっちの世界に帰れるかどうかもわからないのに、バカみたいだけど」
まさか江里香が、そうだったなんて・・・。
「早く大人になれって、生理が来たら俺の子供を妊娠させてやるって言われて、怖くて怖くて・・・、エッチなことはお母さんとするんじゃないの? お母さんと結婚したのに、なんでわたしに? って、でも、お母さんに言ったら殺すって、お母さんのこともわたしのことも殺してやるって言われて、だから怖くてお母さんにも言えなかったの。・・・初潮が来ませんように、大人の身体になりませんように、って必死で、食べたご飯を後でこっそり吐いたりしてダイエットしたの・・・。ダイエットし過ぎると生理が止まるっていうでしょう?」
一度始まった生理が止まるほど過酷なダイエットをする、ということと、最初から生理が来ないように痩せていよう、というのは、違うだろうと奈々実は思った。けれどおそらく、江里香はそのくらい必死だったのだろう。継父の性的虐待に追い詰められ、逃げたくて、間違ったやり方で逃げようとしたということか。食べたものを吐くのはダイエットですらない。鶏ガラのように不健康に痩せる間違った努力は実を結ばず、中学三年の夏、恐れていた初潮を迎えてしまい、絶望のあまり自殺まで考えたのだと、江里香は言う。
「お母さんがお赤飯なんか炊くから・・・。自分の娘が性的虐待されるのがそんなにめでたいのかよクソババア! って怒鳴りたかったよ。・・・できなかったけど」
何も言えなかった。親に逆らうとか歯向かうとか、痩せすぎてぼろぼろの心と身体では、できるはずもなかった。逃げることも、誰かに助けを求めることもできなかった。ちょっと力を加えたらポキリと枯れ枝のように折れてしまいそうな江里香の身体に、継父は遠慮も配慮も無くのしかかり、声を上げたら殺すと脅かして口を塞いだり首を締めながら、発育不良の不健康な身体を引き裂き、醜悪で凶悪なケダモノの欲望で刺し貫いて犯した。
「あの時、死んじゃえばよかったんだよね・・・。なんでわたし、生きてるんだろう・・・。ずうっと考えてたの。死んじゃえばよかった、って。みっともないよね、意地汚いよね・・・。こんな汚れた身体で生きてるなんて・・・」
学校にいる時は、安心できたよ、継父がいない場所だったから、と、江里香は言う。学校中の男子生徒の目をハートにさせていた美少女の儚げな微笑は、微笑なんてものではなくて、学校にいる間だけは継父の脅威から離れていられる、という、クモの糸のようにか細い命綱の場所への安堵だったのだ。誰も気づかなかったけれど。
「この世界にきて、継父さんから逃げれて、よかったって思おうよ・・・」
継父さん、という言い方が、奈々実は自然に出た。たぶん、江里香はそんな奴を『お父さん』などとは言ってほしくないだろうと思ったので。
「うん・・・。でも、初恋の人には会えなくなっちゃったよ?」
「タツのこと?」
「うん・・・。わたしのね、目標だったの。背泳ぎのクラスに上がれたら、告白しようって。でも須藤くん、スイミングやめちゃったから、わたしもやめた。もうその頃にはわたしの身体は汚されていたから、告白する資格なんか無い、って思ったし」
「資格?」
片思いの告白に、資格なんて必要だろうか。
「だって、わたし、穢いでしょ。こんな穢い身体で、告白なんかしたら、須藤くんに迷惑でしょ。須藤くんのこと、本当に好きだったんだもん。奈々実ちゃんとつきあってるのかなって思ってたけど、でもこっちの世界に来て、奈々実ちゃんはつきあってない、幼馴染みだよって言うから、ちょっとホッとしちゃった。あっちの世界に帰れるかどうかもわからないのに、バカみたいだけど」
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