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第1章過去と前世と贖罪と
31・星空と昔の記憶
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「あれが山かー」
何時間も歩いていると、ようやく平原を抜けた。
今、私達が居るのはこれから登る山の麓である。
そこは木々が覆い茂り、深い森の中みたいだった。
ふと頭上を見上げれば、これから登る山が見えた。
かなり高い山だった。
こりゃ確かに魔法の絨毯で移動した方が早いな。
ちなみにリュックの中で寝ていたガイは元気になったのか、
今は私の肩の上に乗っている。
「ふふふ、ここで魔法の絨毯の出番ですよ」
「いえ、今日はここで野宿をしましょう」
「「え?」」
絨毯で移動することを楽しみにしていた私とガイは同時にエドナを見た。
「今から山を越えると、完全に日が暮れてしまうわ。
ここら辺で一回野宿をして、明日向かった方が安全よ」
そうエドナは地面に置いた…、
なんだかよく分かんない道具を使いながらそう言った。
「何ですかそれ」
その道具は丸い文字盤みたいで、
いくつもの数字と文字が描かれていた。
その真ん中に突起のような金属の板が貼り付けられている。
エドナは方位磁石を左手に持ちながら、それを見ていた。
「何って日時計よ」
「日時計って、太陽の光と陰で時間を測るアレですか?」
「そうよ」
これまた随分と懐かしいもの…
日時計はよく公園とかにアート作品として置かれているので知っている。
でもエドナが持っているのは、私がイメージする物よりかなり小さい。
…日時計って、でっかいもんだと勝手に思ってたけど、
こんな小さいのもあるんだ。
「エドナさんってすごいですね」
「すごいぜ、こんな板で時間が分かるなんて!」
私よりガイの方が驚いているようだった。
まぁ妖精の里には、
時計なんて無いだろうからな。驚くのも無理はない。
「あのね…。日時計ぐらい、冒険者なら誰でも使えるんだけど…」
エドナ曰く、
魔物というのは夜になると活発に動き出し、凶暴化するのだという。
そのため冒険者というのは、
時刻を正しく知る知識を身につけておかないといけないのだそうだ。
日が暮れてから野宿の準備をするようでは、間に合わないことも多いため、
今が何時か正しく知る知識が必要なのだ。
しかし普通の時計は大量生産出来ないため、高値だ。
だから冒険者は比較的安価な日時計を使って時間を計るのだという。
「でもすごいですよ」
「そうだぜ。すごいぜ、お前はすごい。俺が認める!」
すごいすごいと連発する私とガイを見て、
エドナは呆れたようにため息をついた。
「普通に妖精を連れているあなたの方がすごいと思うけど…。
まぁ後で日時計の使い方を教えるから、
きっとすぐに使えるようになるわよ」
「わぁー、ありがとうございます」
一応、日時計に関しては、
小学校の時に授業で習ったが、今ではもう完全に忘れている。
まさかまた勉強し直すことになるとは、思いもしなかったな…
本当に人生って何が起こるか分からない。
そう思いながら、私達は野宿の準備をするのだった。
◆
私達は比較的大きな木の下に野宿をすることにした。
とりあえず野宿の準備はエドナとガイに任せ、
私はアイテムボックスから、包丁とまな板を取り出すと、
晩御飯を作ることにした。
食料は事前に市場で大量に購入していたものを使った。
薪はここに来る道中で枯れ枝などをエドナの指示で集めていたので、
それを使えば火はすぐに起こせた。
「何作っているんだ?」
「すき焼きです。私の故郷の料理なんですよ」
今作っているのはすき焼きだ。
作り方は簡単。
鍋に水を入れると、そこに出汁を取るために乾燥した小魚を入れる。
この小魚は保存食だが、今回は出汁を取るために使う。
そして出汁を取ったら、そこに醤油もどきを投入、
そして野菜と、牛肉を入れ、蓋をしてしばらく待つ。
正直どういう味になるのかは私にもよく分からない。
当然のことながら醤油はこの世界には無い。
だから似たような味がする調味料を投入してみたが、上手くいくだろうか…。
だがしばらく経つと、おいしそうな匂いが辺りに漂ってきた。
少し味見をしてみたら、ちょっと辛いけど、ちゃんとすき焼きの味になっていた。
「お前って本当に料理が上手だよな」
「私の住んでいた所はおいしいものが結構たくさんあったんですよ」
「あなたの故郷って、随分と豊かな国なのね」
そう言いながら、
エドナは先に石を結んだ紐を木の枝に投げて引っ張り、
そこに紐を結んで、残った紐を木の幹に結んでいく。
「さっきから何やってるんですか」
「私達がここに寝ていることを気づかれないためよ」
エドナ曰く、冒険者は寝る時にはテントなどは張らないのだと言う。
何故なら普通にテントを張って寝ると、周囲の景観にそぐわないため、
ものすごく目立つのだという。
それよりは木の下で寝て、
さらにそれを目立たなくするために木の枝を屋根代わりにした方が、
傍目には人が寝ていると分かりにくくなるのだという。
「あの、そんなことしなくても、
結界魔法が作動しているので、魔物はここには来られませんよ」
実を言うと事前に、創造スキルで作っておいた。
設置型結界魔道具、シールドバリア君があるので、
私達が魔物に襲われる事は無い。
「一応念のためによ。
別に魔物でなくても山賊とかだったら困るじゃない」
あ、それは完全に盲点だった。
旅先では魔物だけでなく、
山賊など人間の犯罪者が襲ってくることも少なくない。
あとでシールドバリア君に効果を追加しておかないと…。
あ、でも殺さないように気をつけないと…。
「あ、そうだ。寝袋も出しときますね」
私は自分の分の寝袋と、エドナの分の寝袋を取り出す。
これは1つは地獄神から与えられたもの、
もう一つは創造スキルで作りだしたものだ。
「私はいらないわ。木にもたれて寝るから」
「え? それだと休まらないんじゃないですか」
「私は慣れているからいいの。
でも万が一何かあった時にすぐに起きられるようにした方がいいじゃない」
「えーと、私もそうした方がいいですかね?」
「あなたの場合は慣れてないから、しない方がいいわ。
まぁ何かあったらすぐに起こすから大丈夫よ」
…しかし木にもたれて寝るなんて、熟睡出来なさそうだけど、
よくよく考えてみればそっちの方が良いのかもしれない。
だって普通の冒険者は、
今使ってるシールドバリア君みたいな道具は持っていないだろうからな。
近くに野営する時は、すぐに起きられるようにしておく方が安全だろう。
やっぱり、詳しい人がいて良かった。
私1人ならどうしていいのか分からなくなっていただろう。
「そろそろ出来たんじゃないのか?」
ガイにそう言われたので鍋の蓋を取ると、
すき焼きがちょうどいい感じになっていた。
「エドナさん、食べましょうー」
「そうね。いただくわ」
私はアイテムボックスから、食器を取り出してエドナに渡す。
その時、ガイが手を挙げた。
「俺も俺もー」
「食べられるんですか?
妖精は人間の食事は必要ないはずですよね」
「必要ないけど、味覚はあるから、食事を摂ることもあるぞー」
「なるほど、そうだったんですか」
私は器をガイに渡そうかと思ったが、
手のひらサイズのガイには明らかに大きすぎる。
なので大きめのスプーンで代用することにした。
そのうち妖精サイズの食器を作らないといけないな。
そう思いつつ、今日のところはスプーンで我慢してもらう。
「しかしあなたって本当に料理が上手ね。いいお嫁さんになれそうね」
「えへへっ、そうですか?」
「私は料理が全く出来ないから、羨ましいわ」
その言葉に私はびっくりした。
「エドナさんって料理出来ないんですか?」
「何よ…何か問題でもある?」
思わずそう聞くと、エドナが不服そうにそう言った。
「でも、前に自分のことは、
自分でやらないと行けないって言ってませんでしたか?」
「うっ…」
そう言うとエドナは指摘されたくなかったことなのか、
顔を引きつらせた。
「な、何か問題でもある!?
別に男なら料理が出来なくても普通じゃない。
なのに何で、女だと料理が出来ないといけないのッ?」
「いや別に出来ないなら出来ないで別に構わないですけど…」
突然怒りだしたエドナに私はそう言い返す。
するとエドナはため息を吐いた。
「…私ってね。どういうわけか家庭的な女によく間違われるのよ……。」
「確かにしっかりしているように見えますからね……」
「私は、料理以外にも家事炊事洗濯裁縫は全部出来ないの。
そういう事は宿の従業員に頼むようにしてあるから、
傍目では気づきにくいのもあるのかもしれないけど、出来ないの…」
それって主婦としての能力全滅じゃないか…。
「だからそれを相手に伝えたら、
やれだらしがないの…女として終わってるだの…。
言いたい放題言われたわ…。
だからあなたみたいな人を見るとうらやましくなるわ」
「でもエドナさんは女性としてはとても魅力的ですよ」
「顔だけはね…」
褒めるつもりでそういった言葉。
だがエドナはどこか淋しそうな表情でそう言った。
「でも苦手なことぐらいあってもいいじゃないですか。
私にも苦手なことはありますよ」
私は高校に通っていた時は、科学と数学の成績がかなり悪かった。
というかクラスの中でもぶっちぎりで悪くて、
テストではいつもワーストの常連だった。
というかまず覚えようとする前に、
こんなことを覚えて何の役に立つんだろうと虚しさが先立ってしまい。
やる気がいつも0%だった。
だって原子記号とか数式とか、社会出ても必要無いじゃん…。
「でも女性の場合は女性としての能力を持たないのは許されないことよ」
「それはそう言う奴らがおかしいんです。
エドナさんはエドナさんで良いところがいっぱいあるじゃないですか」
「え? 私の良いところ?」
「口が堅くて、すごく面倒見が良くて、優しいところです」
私がそう言うとエドナは照れたのかぷいっと顔をそらした。
「あなたって本当に変わってる…」
そう言うとエドナは黙り込み、黙々とすき焼きを食べ始めた。
「これって照れてるのかな…」
「え? 何?」
ガイにそう小声で聞くと、
すき焼きを食べることに夢中になっていたのか、
そもそも私達の会話を聞いていなかったらしい。
それに苦笑すると、私もすき焼きを食べることにした。
◆
そんなこんなで食事を済ませて、私は後片付けをする。
水魔法で食器を洗って、魔法で乾かせばすぐだった。
そうこうしているうちに周りが暗くなり、日が沈み始めていた。
「日が暮れるから、これから魔物が活性化するわ。
気を付けた方がいい」
「そうですか」
その時だった。
犬のような姿をした魔物がこちらに気がついたのか、近づいてきた。
だが、その瞬間、シールドバリア君が発動したのか、
魔物が一瞬で炎に飲まれた。
あとには魔物の魔石だけが残された。
「え?」
これに驚いた声を上げたのが、エドナだった。
「今何が起こったの?」
「何って、魔道具の力ですよ。
近づいてきた魔物は自動的に攻撃される仕組みになっているんです」
そう言うとエドナは左手で顔を抑えた。そして重いため息を吐く。
「………結界型魔道具だって聞いたから、
せいぜい存在を感知出来なくなる程度のものかと思ったけど、
ここまで強力な物だったなんて…」
そうこう言っている間にも、こちらに近づいてきた魔物が続々と、
シールドバリア君に引っかかり、絶命していく。
エドナは疲れた表情でそれを見ていた。
「そんなにおかしいですか?」
「あのね…。どんな高級魔道具店でも、
これみたいな強力な結界型魔道具は置いてないの。
せいぜい、魔物を近寄らせないだけで、
近寄った魔物を絶命させるなんて機能は存在しないわ」
「…そうなんですか」
「たぶんこれがもうちょっと広い範囲で発動出来れば、
あの国宝級の絨毯よりも価値があるでしょうね」
マジか…。かなり高価なものじゃないか。
…この世界になんとか適応出来てると思っていたけど、
魔法の絨毯の時と同じで、私が持っていると不自然な物だったらしい。
そういえばアアルの町を覆っている結界もこれほど強力なものではなかった。
どうして私はこう配慮というものがあんまりないんだろう…。
非常識魔法も使ったし、チートスキルも見せたし、
国宝級の魔道具もエドナの前で普通に見せてしまった。
なんでこんな風に自重というか、配慮が足りないんだろうな…。
そこまで考えてひょっとしたら、エドナだからなのかもしれないと思った。
エドナは私のお母さんに似ている。
だからお母さんと居る時と同じで、安心して気が緩んでしまうのかもしれない。
何をしてもこの人は受け入れてくれる――理解者だと思っているのかもしれない。
でも――いくら似てるからといって、エドナは私のお母さんじゃない。
お母さんと同じように私を愛してはくれないだろう。
その証拠に、エドナは私が一人前の冒険者になるまで面倒をみると言った。
いつか彼女と別れなければいけない時が来る――その覚悟はしておいた方がいい。
そう分かっていても、何故だかそれは酷く想像しにくいことだった。
それぐらいにもう私の中ではエドナの存在が当たり前になっている。
これはひょっとして彼女に依存しているんだろうか…。
「どうしたの?」
その時、心配そうにエドナが私を見る。
「あ、何でも無いです。ただお母さんのことを思い出していただけです」
「お母さんって、あなたのお母さん?」
「そうです。こう言ったら照れくさいですけど、
エドナさんは私のお母さんに似ているんです」
そう言うと、エドナは盛大に顔をしかめた。
「私…あなたみたいな子供がいる歳じゃないんだけど…」
「いやそういうわけじゃなくて、ただ似てるって話なんですよ」
私が取り繕うようにそう言うと、エドナは小さくため息をついた。
「それで、あなたのお母さんは今どうしているの?」
その言葉に私は少しズキッと胸が痛むの感じた。
「あ…、私の母はもう居ないんです。国に置いてきてしまったんで」
「置いてきた?」
「私の暮らしていたヒョウム国は、
周辺諸国から常に戦乱の脅威にさらされている国でした。
1年中、雪で覆われた場所でしたが、貴重な鉱脈などがありましたからね。
だからか、私の住んでいた村に、
ある日、兵士がやってきて、村を焼き払ってしまったんです。
その時に私は逃げるだけで精一杯で、母親を置き去りにしてしまったんです」
自分でも不思議なくらい、すらすらとそんな嘘が口から出た。
ヒョウム国が戦乱の脅威にさらされているかどうかは確かでないのに、
確かにそうだという確信があった。
これはひょっとして私の死ぬ前に得た知識なのかもしれない。
具体的な事は何もわからなくても、そうだったということは分かる。
「そんなことがあったの?」
エドナは少し驚いたようにそう言った。
「そうなんです…。といってもその頃のことはあんまり覚えていないんです。
思い出そうとしてもモヤがかかったように思い出せない。
でもお母さんと離れ離れになってしまったということは、理解出来るんです。
その後どうしているのか、生きているのかすら、私には分からない…。
確かめる方法が…無いんです」
お母さんは私が居なければたった1人だ。
他に身内なんて居ないんだから、どうしようもない。
お父さんはもう居ないんだし、私も異世界に来てしまった。
だからお母さんはたった1人。
たった1人で寂しい思いをしているのかもしれない。
「そう…辛かったのね」
エドナは母親を置いてしまった事を責める事はなかった。
ただ静かに私の話を聞いてくれた。
――ひょっとしたら、私は誰かにずっとこのことを言いたかったのかもしれない。
「私は実は異世―――」
―――得体の知れない余所者が。
「…ッ」
私は異世界から来たと言おうとした時、
ふいにそんな言葉が頭の中に浮かんだ。
そうだ。この世界の人は別の世界の存在など知らない。
別の世界から来たといっても絶対に信じてもらえるはずがない。
むしろ頭がおかしいと思われるだけだ。
「どうしたの?」
心配そうな表情でエドナがそう聞いてきた。
彼女の反応を見るのが怖い。打ち明けて拒絶されるのが怖い。
私は大きくため息を吐くと、エドナにはこの話をしないことにした。
そのかわり別のことを打ち明けた。
「いえ、何でもありません。
それで――私はこう言っても信じてもらえないかもしれないですけど、
過去の記憶がないんです」
「過去の記憶がない?」
「そうです。私の記憶はある部分が…ちょうど中間にあたる部分でしょうか。
その部分の記憶が綺麗に無いんです。
ヒョウム国で暮らしていた事は知っています。
でもそこの記憶がモヤがかかったように思い出せないんです
私が思い出せるのは、故郷で暮らしていて、そして母親と別れてしまうことで、
それ以降の記憶が全く思い出せないんです。
気がついたら森の中に居て、そこから出ると馬車がやってきて、
そこで私はエドナさんに出会いました」
「え、じゃあ、私があなたと出会った時には、
あなたは過去の記憶を失った状態だったの?」
「そうです。と言っても今も昔の事は分かりません。
気がついたらこの国に居て、
とりあえず生きていくために冒険者になろうと思いました」
「なるほど、そういった事情があったのね。
…何でもっと早く教えてくれなかったの。
それを教えてくれたら、
私も何で知らないのかなんて聞いたりしないのに…」
「…信じてくれないかと思ったんです。
記憶が無くなるなんて、普通は信じられないことでしょう?」
「…まぁね。確かにそんなこと言われても、
出会った当時の私なら信じられなかったと思うわ。
今こうしてすんなり受け入れられているのは、
あなたが常識外れなことばかりやっているから、
それで耐性が付いたんでしょうね」
この世界の人達は元居た世界よりも、精神や医学に対しては理解がない。
というか知識そのものが遅れている。
だから記憶がないといっても、私は絶対に理解されないと思ったのだ。
だからどこからきたの、ヒョウム国はどんな国?と聞かれても、
曖昧な答えでいつも返していた。覚えていないとはとても言えなかった。
「それに私だって記憶が無い事はあるし…」
「え?」
まさかのエドナの言葉に、私は驚いた。
「…あ、いや、子供の頃の話よ。
こういうことをしていたなってことを覚えているんだけど、
具体的に何をどうしていたのかは、詳しく覚えていないの。
多分、あまりにも辛かったから、覚えているのも苦しいからでしょうね」
「…そうですか。エドナさんは子供の頃はどんな人だったんですか?」
そう言うとエドナは少し寂しそうな表情した。
「……トゲトゲした子供だったわね」
「それってあまり説明になってないような気がするんですけど…」
「…まぁ昔のことよ。今の私には関係無いわ」
その様子から、
エドナはこの話題を避けたいのだということが伝わってきた。
私はあえてそれ以上、追求する気にもなれず、ふと空を見上げた。
そして目を奪われた―――。
「エドナさん、見てくださいよ! 綺麗な星ですよ」
思わずそう言ってしまう程、雲ひとつない綺麗な星空だった。
街中ではこれほど綺麗な星空は見ることが出来ない。
周りに街灯も何もないから、こんな風にキレイに見えるだろう。
「あれはオリオン座ですかね」
夜空に見慣れた星座を見つけ私はそう言う。
「いやあれは海鳥座よ」
私は星座に関しては詳しい知識は無い。
知っている星座は有名な星座しか知らない。
だからオリオン座かと思ったけど、違ったようだった。
「エドナさんは星座に詳しいんですか?」
「方角と場所を知るのに必要だから知っているだけよ。
そんなに大層なことじゃないわ」
あ、そうか。GPSなんてこの国には存在しないからな。
星の位置で現在地を知るしか方法が無いのだろうか。
「じゃあ知ってる星座を教えてください。
あれは何て星座ですか」
「あれはクラーケン座よ」
クラーケンって、ゲームではよくある中ボスだよな。
この世界にも居るのかな。
「じゃああれは何ですか?」
「あれは砂漠猫座よ」
「砂漠に猫なんて居るんですか?」
「居るわよ。ただ最も全ての砂漠に生息しているわけじゃないけどね。
まぁ大人しい生き物だから、
こちらが危害を加えてこない限り、襲ってくる事はないけど」
それから私はエドナに色々な星座を教えてもらった。
この世界の星座は私の世界と違う。
それは本で知っていたけど、
こんな風に星空を見ながら教えてもらうのではまた感動のスケールが違う。
天然のプラネタリウムを鑑賞しているみたいだった。
「この世界の星座って面白いですね」
「そう?」
「でもこの世界以外の、他の惑星ってどんな風になっているんでしょうね。
知的生命体とか居るんでしょうか」
「ちてきせいめいたい?」
「あ、えーと他の星にも私達みたいな人間がいるのかなーって思って…」
そう言うとエドナは怪訝そうな顔をした。
「そんな事を知ったって、何にもならないじゃない」
うん、確かにそれはそうだ。
確かに地球外生命体がどっかで棲息してても、
私達の暮らしが劇的に変わるわけじゃないからな。
「……」
そう思っていると、エドナが何かを考えている顔をした。
「どうしたんですか?」
「私ってあなたとはどう考えても初対面なのよね…」
「そうですよ」
「でもこうして一緒に居ると、
前にもこうしてあなたと暮らしていたことがあるような気がするの…」
「私とですか?」
でも私にはその覚えがない。エドナもそんな心当たりはないと言った。
それなのに一緒に暮らしていたなんてことがあったのだろうか?
「まぁ、きっと気のせいでしょうね」
そう言うと、エドナは星空から顔を逸した。
私は不思議に思いながらも、綺麗な星空を眺めた。
この時の私はまるで気がついていなかった。
地獄神が言った言葉の意味を、エドナの言葉の意味を、
そして自分にかせられたものの大きさに気がつくのは、
これより後のことだった―――。
何時間も歩いていると、ようやく平原を抜けた。
今、私達が居るのはこれから登る山の麓である。
そこは木々が覆い茂り、深い森の中みたいだった。
ふと頭上を見上げれば、これから登る山が見えた。
かなり高い山だった。
こりゃ確かに魔法の絨毯で移動した方が早いな。
ちなみにリュックの中で寝ていたガイは元気になったのか、
今は私の肩の上に乗っている。
「ふふふ、ここで魔法の絨毯の出番ですよ」
「いえ、今日はここで野宿をしましょう」
「「え?」」
絨毯で移動することを楽しみにしていた私とガイは同時にエドナを見た。
「今から山を越えると、完全に日が暮れてしまうわ。
ここら辺で一回野宿をして、明日向かった方が安全よ」
そうエドナは地面に置いた…、
なんだかよく分かんない道具を使いながらそう言った。
「何ですかそれ」
その道具は丸い文字盤みたいで、
いくつもの数字と文字が描かれていた。
その真ん中に突起のような金属の板が貼り付けられている。
エドナは方位磁石を左手に持ちながら、それを見ていた。
「何って日時計よ」
「日時計って、太陽の光と陰で時間を測るアレですか?」
「そうよ」
これまた随分と懐かしいもの…
日時計はよく公園とかにアート作品として置かれているので知っている。
でもエドナが持っているのは、私がイメージする物よりかなり小さい。
…日時計って、でっかいもんだと勝手に思ってたけど、
こんな小さいのもあるんだ。
「エドナさんってすごいですね」
「すごいぜ、こんな板で時間が分かるなんて!」
私よりガイの方が驚いているようだった。
まぁ妖精の里には、
時計なんて無いだろうからな。驚くのも無理はない。
「あのね…。日時計ぐらい、冒険者なら誰でも使えるんだけど…」
エドナ曰く、
魔物というのは夜になると活発に動き出し、凶暴化するのだという。
そのため冒険者というのは、
時刻を正しく知る知識を身につけておかないといけないのだそうだ。
日が暮れてから野宿の準備をするようでは、間に合わないことも多いため、
今が何時か正しく知る知識が必要なのだ。
しかし普通の時計は大量生産出来ないため、高値だ。
だから冒険者は比較的安価な日時計を使って時間を計るのだという。
「でもすごいですよ」
「そうだぜ。すごいぜ、お前はすごい。俺が認める!」
すごいすごいと連発する私とガイを見て、
エドナは呆れたようにため息をついた。
「普通に妖精を連れているあなたの方がすごいと思うけど…。
まぁ後で日時計の使い方を教えるから、
きっとすぐに使えるようになるわよ」
「わぁー、ありがとうございます」
一応、日時計に関しては、
小学校の時に授業で習ったが、今ではもう完全に忘れている。
まさかまた勉強し直すことになるとは、思いもしなかったな…
本当に人生って何が起こるか分からない。
そう思いながら、私達は野宿の準備をするのだった。
◆
私達は比較的大きな木の下に野宿をすることにした。
とりあえず野宿の準備はエドナとガイに任せ、
私はアイテムボックスから、包丁とまな板を取り出すと、
晩御飯を作ることにした。
食料は事前に市場で大量に購入していたものを使った。
薪はここに来る道中で枯れ枝などをエドナの指示で集めていたので、
それを使えば火はすぐに起こせた。
「何作っているんだ?」
「すき焼きです。私の故郷の料理なんですよ」
今作っているのはすき焼きだ。
作り方は簡単。
鍋に水を入れると、そこに出汁を取るために乾燥した小魚を入れる。
この小魚は保存食だが、今回は出汁を取るために使う。
そして出汁を取ったら、そこに醤油もどきを投入、
そして野菜と、牛肉を入れ、蓋をしてしばらく待つ。
正直どういう味になるのかは私にもよく分からない。
当然のことながら醤油はこの世界には無い。
だから似たような味がする調味料を投入してみたが、上手くいくだろうか…。
だがしばらく経つと、おいしそうな匂いが辺りに漂ってきた。
少し味見をしてみたら、ちょっと辛いけど、ちゃんとすき焼きの味になっていた。
「お前って本当に料理が上手だよな」
「私の住んでいた所はおいしいものが結構たくさんあったんですよ」
「あなたの故郷って、随分と豊かな国なのね」
そう言いながら、
エドナは先に石を結んだ紐を木の枝に投げて引っ張り、
そこに紐を結んで、残った紐を木の幹に結んでいく。
「さっきから何やってるんですか」
「私達がここに寝ていることを気づかれないためよ」
エドナ曰く、冒険者は寝る時にはテントなどは張らないのだと言う。
何故なら普通にテントを張って寝ると、周囲の景観にそぐわないため、
ものすごく目立つのだという。
それよりは木の下で寝て、
さらにそれを目立たなくするために木の枝を屋根代わりにした方が、
傍目には人が寝ていると分かりにくくなるのだという。
「あの、そんなことしなくても、
結界魔法が作動しているので、魔物はここには来られませんよ」
実を言うと事前に、創造スキルで作っておいた。
設置型結界魔道具、シールドバリア君があるので、
私達が魔物に襲われる事は無い。
「一応念のためによ。
別に魔物でなくても山賊とかだったら困るじゃない」
あ、それは完全に盲点だった。
旅先では魔物だけでなく、
山賊など人間の犯罪者が襲ってくることも少なくない。
あとでシールドバリア君に効果を追加しておかないと…。
あ、でも殺さないように気をつけないと…。
「あ、そうだ。寝袋も出しときますね」
私は自分の分の寝袋と、エドナの分の寝袋を取り出す。
これは1つは地獄神から与えられたもの、
もう一つは創造スキルで作りだしたものだ。
「私はいらないわ。木にもたれて寝るから」
「え? それだと休まらないんじゃないですか」
「私は慣れているからいいの。
でも万が一何かあった時にすぐに起きられるようにした方がいいじゃない」
「えーと、私もそうした方がいいですかね?」
「あなたの場合は慣れてないから、しない方がいいわ。
まぁ何かあったらすぐに起こすから大丈夫よ」
…しかし木にもたれて寝るなんて、熟睡出来なさそうだけど、
よくよく考えてみればそっちの方が良いのかもしれない。
だって普通の冒険者は、
今使ってるシールドバリア君みたいな道具は持っていないだろうからな。
近くに野営する時は、すぐに起きられるようにしておく方が安全だろう。
やっぱり、詳しい人がいて良かった。
私1人ならどうしていいのか分からなくなっていただろう。
「そろそろ出来たんじゃないのか?」
ガイにそう言われたので鍋の蓋を取ると、
すき焼きがちょうどいい感じになっていた。
「エドナさん、食べましょうー」
「そうね。いただくわ」
私はアイテムボックスから、食器を取り出してエドナに渡す。
その時、ガイが手を挙げた。
「俺も俺もー」
「食べられるんですか?
妖精は人間の食事は必要ないはずですよね」
「必要ないけど、味覚はあるから、食事を摂ることもあるぞー」
「なるほど、そうだったんですか」
私は器をガイに渡そうかと思ったが、
手のひらサイズのガイには明らかに大きすぎる。
なので大きめのスプーンで代用することにした。
そのうち妖精サイズの食器を作らないといけないな。
そう思いつつ、今日のところはスプーンで我慢してもらう。
「しかしあなたって本当に料理が上手ね。いいお嫁さんになれそうね」
「えへへっ、そうですか?」
「私は料理が全く出来ないから、羨ましいわ」
その言葉に私はびっくりした。
「エドナさんって料理出来ないんですか?」
「何よ…何か問題でもある?」
思わずそう聞くと、エドナが不服そうにそう言った。
「でも、前に自分のことは、
自分でやらないと行けないって言ってませんでしたか?」
「うっ…」
そう言うとエドナは指摘されたくなかったことなのか、
顔を引きつらせた。
「な、何か問題でもある!?
別に男なら料理が出来なくても普通じゃない。
なのに何で、女だと料理が出来ないといけないのッ?」
「いや別に出来ないなら出来ないで別に構わないですけど…」
突然怒りだしたエドナに私はそう言い返す。
するとエドナはため息を吐いた。
「…私ってね。どういうわけか家庭的な女によく間違われるのよ……。」
「確かにしっかりしているように見えますからね……」
「私は、料理以外にも家事炊事洗濯裁縫は全部出来ないの。
そういう事は宿の従業員に頼むようにしてあるから、
傍目では気づきにくいのもあるのかもしれないけど、出来ないの…」
それって主婦としての能力全滅じゃないか…。
「だからそれを相手に伝えたら、
やれだらしがないの…女として終わってるだの…。
言いたい放題言われたわ…。
だからあなたみたいな人を見るとうらやましくなるわ」
「でもエドナさんは女性としてはとても魅力的ですよ」
「顔だけはね…」
褒めるつもりでそういった言葉。
だがエドナはどこか淋しそうな表情でそう言った。
「でも苦手なことぐらいあってもいいじゃないですか。
私にも苦手なことはありますよ」
私は高校に通っていた時は、科学と数学の成績がかなり悪かった。
というかクラスの中でもぶっちぎりで悪くて、
テストではいつもワーストの常連だった。
というかまず覚えようとする前に、
こんなことを覚えて何の役に立つんだろうと虚しさが先立ってしまい。
やる気がいつも0%だった。
だって原子記号とか数式とか、社会出ても必要無いじゃん…。
「でも女性の場合は女性としての能力を持たないのは許されないことよ」
「それはそう言う奴らがおかしいんです。
エドナさんはエドナさんで良いところがいっぱいあるじゃないですか」
「え? 私の良いところ?」
「口が堅くて、すごく面倒見が良くて、優しいところです」
私がそう言うとエドナは照れたのかぷいっと顔をそらした。
「あなたって本当に変わってる…」
そう言うとエドナは黙り込み、黙々とすき焼きを食べ始めた。
「これって照れてるのかな…」
「え? 何?」
ガイにそう小声で聞くと、
すき焼きを食べることに夢中になっていたのか、
そもそも私達の会話を聞いていなかったらしい。
それに苦笑すると、私もすき焼きを食べることにした。
◆
そんなこんなで食事を済ませて、私は後片付けをする。
水魔法で食器を洗って、魔法で乾かせばすぐだった。
そうこうしているうちに周りが暗くなり、日が沈み始めていた。
「日が暮れるから、これから魔物が活性化するわ。
気を付けた方がいい」
「そうですか」
その時だった。
犬のような姿をした魔物がこちらに気がついたのか、近づいてきた。
だが、その瞬間、シールドバリア君が発動したのか、
魔物が一瞬で炎に飲まれた。
あとには魔物の魔石だけが残された。
「え?」
これに驚いた声を上げたのが、エドナだった。
「今何が起こったの?」
「何って、魔道具の力ですよ。
近づいてきた魔物は自動的に攻撃される仕組みになっているんです」
そう言うとエドナは左手で顔を抑えた。そして重いため息を吐く。
「………結界型魔道具だって聞いたから、
せいぜい存在を感知出来なくなる程度のものかと思ったけど、
ここまで強力な物だったなんて…」
そうこう言っている間にも、こちらに近づいてきた魔物が続々と、
シールドバリア君に引っかかり、絶命していく。
エドナは疲れた表情でそれを見ていた。
「そんなにおかしいですか?」
「あのね…。どんな高級魔道具店でも、
これみたいな強力な結界型魔道具は置いてないの。
せいぜい、魔物を近寄らせないだけで、
近寄った魔物を絶命させるなんて機能は存在しないわ」
「…そうなんですか」
「たぶんこれがもうちょっと広い範囲で発動出来れば、
あの国宝級の絨毯よりも価値があるでしょうね」
マジか…。かなり高価なものじゃないか。
…この世界になんとか適応出来てると思っていたけど、
魔法の絨毯の時と同じで、私が持っていると不自然な物だったらしい。
そういえばアアルの町を覆っている結界もこれほど強力なものではなかった。
どうして私はこう配慮というものがあんまりないんだろう…。
非常識魔法も使ったし、チートスキルも見せたし、
国宝級の魔道具もエドナの前で普通に見せてしまった。
なんでこんな風に自重というか、配慮が足りないんだろうな…。
そこまで考えてひょっとしたら、エドナだからなのかもしれないと思った。
エドナは私のお母さんに似ている。
だからお母さんと居る時と同じで、安心して気が緩んでしまうのかもしれない。
何をしてもこの人は受け入れてくれる――理解者だと思っているのかもしれない。
でも――いくら似てるからといって、エドナは私のお母さんじゃない。
お母さんと同じように私を愛してはくれないだろう。
その証拠に、エドナは私が一人前の冒険者になるまで面倒をみると言った。
いつか彼女と別れなければいけない時が来る――その覚悟はしておいた方がいい。
そう分かっていても、何故だかそれは酷く想像しにくいことだった。
それぐらいにもう私の中ではエドナの存在が当たり前になっている。
これはひょっとして彼女に依存しているんだろうか…。
「どうしたの?」
その時、心配そうにエドナが私を見る。
「あ、何でも無いです。ただお母さんのことを思い出していただけです」
「お母さんって、あなたのお母さん?」
「そうです。こう言ったら照れくさいですけど、
エドナさんは私のお母さんに似ているんです」
そう言うと、エドナは盛大に顔をしかめた。
「私…あなたみたいな子供がいる歳じゃないんだけど…」
「いやそういうわけじゃなくて、ただ似てるって話なんですよ」
私が取り繕うようにそう言うと、エドナは小さくため息をついた。
「それで、あなたのお母さんは今どうしているの?」
その言葉に私は少しズキッと胸が痛むの感じた。
「あ…、私の母はもう居ないんです。国に置いてきてしまったんで」
「置いてきた?」
「私の暮らしていたヒョウム国は、
周辺諸国から常に戦乱の脅威にさらされている国でした。
1年中、雪で覆われた場所でしたが、貴重な鉱脈などがありましたからね。
だからか、私の住んでいた村に、
ある日、兵士がやってきて、村を焼き払ってしまったんです。
その時に私は逃げるだけで精一杯で、母親を置き去りにしてしまったんです」
自分でも不思議なくらい、すらすらとそんな嘘が口から出た。
ヒョウム国が戦乱の脅威にさらされているかどうかは確かでないのに、
確かにそうだという確信があった。
これはひょっとして私の死ぬ前に得た知識なのかもしれない。
具体的な事は何もわからなくても、そうだったということは分かる。
「そんなことがあったの?」
エドナは少し驚いたようにそう言った。
「そうなんです…。といってもその頃のことはあんまり覚えていないんです。
思い出そうとしてもモヤがかかったように思い出せない。
でもお母さんと離れ離れになってしまったということは、理解出来るんです。
その後どうしているのか、生きているのかすら、私には分からない…。
確かめる方法が…無いんです」
お母さんは私が居なければたった1人だ。
他に身内なんて居ないんだから、どうしようもない。
お父さんはもう居ないんだし、私も異世界に来てしまった。
だからお母さんはたった1人。
たった1人で寂しい思いをしているのかもしれない。
「そう…辛かったのね」
エドナは母親を置いてしまった事を責める事はなかった。
ただ静かに私の話を聞いてくれた。
――ひょっとしたら、私は誰かにずっとこのことを言いたかったのかもしれない。
「私は実は異世―――」
―――得体の知れない余所者が。
「…ッ」
私は異世界から来たと言おうとした時、
ふいにそんな言葉が頭の中に浮かんだ。
そうだ。この世界の人は別の世界の存在など知らない。
別の世界から来たといっても絶対に信じてもらえるはずがない。
むしろ頭がおかしいと思われるだけだ。
「どうしたの?」
心配そうな表情でエドナがそう聞いてきた。
彼女の反応を見るのが怖い。打ち明けて拒絶されるのが怖い。
私は大きくため息を吐くと、エドナにはこの話をしないことにした。
そのかわり別のことを打ち明けた。
「いえ、何でもありません。
それで――私はこう言っても信じてもらえないかもしれないですけど、
過去の記憶がないんです」
「過去の記憶がない?」
「そうです。私の記憶はある部分が…ちょうど中間にあたる部分でしょうか。
その部分の記憶が綺麗に無いんです。
ヒョウム国で暮らしていた事は知っています。
でもそこの記憶がモヤがかかったように思い出せないんです
私が思い出せるのは、故郷で暮らしていて、そして母親と別れてしまうことで、
それ以降の記憶が全く思い出せないんです。
気がついたら森の中に居て、そこから出ると馬車がやってきて、
そこで私はエドナさんに出会いました」
「え、じゃあ、私があなたと出会った時には、
あなたは過去の記憶を失った状態だったの?」
「そうです。と言っても今も昔の事は分かりません。
気がついたらこの国に居て、
とりあえず生きていくために冒険者になろうと思いました」
「なるほど、そういった事情があったのね。
…何でもっと早く教えてくれなかったの。
それを教えてくれたら、
私も何で知らないのかなんて聞いたりしないのに…」
「…信じてくれないかと思ったんです。
記憶が無くなるなんて、普通は信じられないことでしょう?」
「…まぁね。確かにそんなこと言われても、
出会った当時の私なら信じられなかったと思うわ。
今こうしてすんなり受け入れられているのは、
あなたが常識外れなことばかりやっているから、
それで耐性が付いたんでしょうね」
この世界の人達は元居た世界よりも、精神や医学に対しては理解がない。
というか知識そのものが遅れている。
だから記憶がないといっても、私は絶対に理解されないと思ったのだ。
だからどこからきたの、ヒョウム国はどんな国?と聞かれても、
曖昧な答えでいつも返していた。覚えていないとはとても言えなかった。
「それに私だって記憶が無い事はあるし…」
「え?」
まさかのエドナの言葉に、私は驚いた。
「…あ、いや、子供の頃の話よ。
こういうことをしていたなってことを覚えているんだけど、
具体的に何をどうしていたのかは、詳しく覚えていないの。
多分、あまりにも辛かったから、覚えているのも苦しいからでしょうね」
「…そうですか。エドナさんは子供の頃はどんな人だったんですか?」
そう言うとエドナは少し寂しそうな表情した。
「……トゲトゲした子供だったわね」
「それってあまり説明になってないような気がするんですけど…」
「…まぁ昔のことよ。今の私には関係無いわ」
その様子から、
エドナはこの話題を避けたいのだということが伝わってきた。
私はあえてそれ以上、追求する気にもなれず、ふと空を見上げた。
そして目を奪われた―――。
「エドナさん、見てくださいよ! 綺麗な星ですよ」
思わずそう言ってしまう程、雲ひとつない綺麗な星空だった。
街中ではこれほど綺麗な星空は見ることが出来ない。
周りに街灯も何もないから、こんな風にキレイに見えるだろう。
「あれはオリオン座ですかね」
夜空に見慣れた星座を見つけ私はそう言う。
「いやあれは海鳥座よ」
私は星座に関しては詳しい知識は無い。
知っている星座は有名な星座しか知らない。
だからオリオン座かと思ったけど、違ったようだった。
「エドナさんは星座に詳しいんですか?」
「方角と場所を知るのに必要だから知っているだけよ。
そんなに大層なことじゃないわ」
あ、そうか。GPSなんてこの国には存在しないからな。
星の位置で現在地を知るしか方法が無いのだろうか。
「じゃあ知ってる星座を教えてください。
あれは何て星座ですか」
「あれはクラーケン座よ」
クラーケンって、ゲームではよくある中ボスだよな。
この世界にも居るのかな。
「じゃああれは何ですか?」
「あれは砂漠猫座よ」
「砂漠に猫なんて居るんですか?」
「居るわよ。ただ最も全ての砂漠に生息しているわけじゃないけどね。
まぁ大人しい生き物だから、
こちらが危害を加えてこない限り、襲ってくる事はないけど」
それから私はエドナに色々な星座を教えてもらった。
この世界の星座は私の世界と違う。
それは本で知っていたけど、
こんな風に星空を見ながら教えてもらうのではまた感動のスケールが違う。
天然のプラネタリウムを鑑賞しているみたいだった。
「この世界の星座って面白いですね」
「そう?」
「でもこの世界以外の、他の惑星ってどんな風になっているんでしょうね。
知的生命体とか居るんでしょうか」
「ちてきせいめいたい?」
「あ、えーと他の星にも私達みたいな人間がいるのかなーって思って…」
そう言うとエドナは怪訝そうな顔をした。
「そんな事を知ったって、何にもならないじゃない」
うん、確かにそれはそうだ。
確かに地球外生命体がどっかで棲息してても、
私達の暮らしが劇的に変わるわけじゃないからな。
「……」
そう思っていると、エドナが何かを考えている顔をした。
「どうしたんですか?」
「私ってあなたとはどう考えても初対面なのよね…」
「そうですよ」
「でもこうして一緒に居ると、
前にもこうしてあなたと暮らしていたことがあるような気がするの…」
「私とですか?」
でも私にはその覚えがない。エドナもそんな心当たりはないと言った。
それなのに一緒に暮らしていたなんてことがあったのだろうか?
「まぁ、きっと気のせいでしょうね」
そう言うと、エドナは星空から顔を逸した。
私は不思議に思いながらも、綺麗な星空を眺めた。
この時の私はまるで気がついていなかった。
地獄神が言った言葉の意味を、エドナの言葉の意味を、
そして自分にかせられたものの大きさに気がつくのは、
これより後のことだった―――。
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