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第1章過去と前世と贖罪と

30・風に吹かれて

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「こんなものですね」

道を歩いていると当然のことながら、魔物が襲ってきた。
だがほとんどは魔法を唱えるだけですぐに瞬殺した。

「…あなた、魔力切れは大丈夫なの?」

すると心配そうにエドナがそう聞いてきた。
ちなみに先程の戦闘で、エドナはほとんど戦っていない。
前みたいに10匹も魔物が襲ってくるなら彼女の力を借りるが、
1匹、2匹ぐらいなら、私1人でも問題は無い。

「あー、それは大丈夫です。
私の魔力はこれぐらいじゃびくともしません」

魔法使いの冒険者というのは、
誰かと行動する方が安全だと言われている。
何でかというと、魔力は無限では無いからだ。
もしも後先考えずに、
魔法を使いまくっていたらすぐに魔力切れを起こす。
そうなるとちょっと困ったことになってしまう。

体内にある魔力が全て空になると、
人はすぐに気絶して、昏睡してしまうのだ。
おそらく魔力を回復させるために眠りにつくと思われるが、
一度魔力切れを起こしたら数日は目が覚めないと言われている。
なので、もしも戦闘中にいきなりぶっ倒れたら、1人だとまず助からない。
だから魔法使いの冒険者は、
誰か他の人と一緒に行動した方が安全だと言われている。
だが私の魔力は無限にある。
魔力切れを起こす心配は全くないし、これからも無いだろう。

「…あなたは本当に変わっているのね」

エドナは呆れたようにそう言った。
私は地面に落ちた魔物の魔石を拾って袋の中に入れた。

「それより魔力切れってどんな感覚なんですか?」
「そうね。最初にめまいとか吐き気がするからすぐに分かるわ。
そうなったら、もう魔法は使わない方がいいわ」

なるほど、そんな感じなのか。覚えとこう。

「とりあえず魔物は優先的に私が倒しますので、
エドナさんは極力魔法を使わないでください」
「分かったわ…でもしんどくなったらちゃんと言うのよ」

さっきの戦闘でエドナがほとんど戦わなかったのは、
魔力切れを考慮してのことだった。
私は魔力は無限にあるから魔力切れの心配は無い。
でもエドナは違う。
彼女がもし魔力切れを起こしてぶっ倒れたら、
困ったことになってしまう。
これから村に向かわないといけないのに、
彼女が倒れてしまったら、到着が遅れてしまう。
なので戦闘は私が担当することになった。
その代わり、私は野宿の経験がないので、
そこら辺の事は彼女に任せることにした。

「しかし、ずっと歩いているのになかなか着きませんね」

あれから何時間も歩いているのだが、
目的地のカシス村のある山は見えてこない。
馬車で6日はかかると聞いてはいたが、
徒歩だと10日はかかるかもしれない。
まぁ時間はかかっても特に問題は無い。
帰る時は転移魔法で帰ればいいだけの事なんだから。

「まぁ、結構な距離があるからね」

魔法の絨毯を使えば、楽して行ける事は行けるのだが、
エドナから何でも魔法や道具に頼りすぎる事は良くないと言われた。
魔法ばっかりに頼っていたら、
いざと言う時にそればっかりに頼ってしまうことになる。
特に私の場合はそういった力は隠した方が良いと言われているのだ。
たまには徒歩で歩いてみる経験をするのも大事な事だと言われて、
確かにそれもそうだなと思ったので、今は徒歩で歩いているわけである。
どっちにしろ私は馬には乗れないし、
途中で馬車でも通れない場所があるみたいだから、
徒歩が1番ちょうどいい。

まぁこれから行くカシス村は、
1つ山を越えて、さらに谷を1つ超えて、
さらに登った山の中にあるので、
さすがにそこを通るのは大変なので、魔法の絨毯を使うことにした。
その時、ふとどれくらい進んだのか気になって、後ろを振り返ってみると、
そこに永遠と続く平原と森があるだけで、アアルは見えなかった。

「あの、疲れていたら言ってくださいね」

私はスキルの影響で普通の人より疲れにくい体になっている。
だがエドナは違う。
彼女は優れた冒険者ではあるものの、普通の人間だ。
チート能力を与えられた私とは違う。

その証拠に出発した時は、はしゃいでいたガイも、
疲れたのか休みたいと言ってきたので、
今は私のリュックの中で寝ている。
それを見て、
自分の感覚で相手を測ってはいけないということに気づかされた。
ガイは今まで里の外を出たことがなかったから、
見るもの全てが新鮮に映っていたのだろう。
その驚きは楽しいものではあったものの、
同時に疲労がたまっていたのかもしれない。

実はガイを連れていく時に、妖精の女王から聞かされたのだが、
妖精は人間と根本的に体の構造や、
体を動かすのに必要となるエネルギーが違うらしい。
驚いたことに妖精は人間のように食事を取る必要がない。

体動かすエネルギーとなるのは自然の力だ。
自然が出す、まぁイメージだがマイナスイオンとか清浄な空気とかが、
妖精の食事代わりになるみたいだ。
そのため自然の少ないところでは、妖精は元気を無くなってしまうのだが、
アアルに来てからのガイは元気そうな顔をしていた。
だがひょっとしたら私に気を使って、かなり無理をしていたのかもしれない。
アアルにも街路樹はあったり、畑はあったりするが、
それでも誰の手も入ったこともないアリアドネの森より、
自然の力が弱いだろうからな。
これからもガイの体調には気遣って行かないといけない。

「私は大丈夫よ」
「そうですか、しんどくなったら言ってくださいね。
飲み物なら、いつでも出せますし、
すぐにアアルに戻ることも出来ますから」

にこやかに私はそう言った。
エドナには相手の気持ちを考えて行動するのは、
止した方がいいと言われたが、
あれから考えてみたが、
確かに何でもかんでも相手に合わせるのは良くないことだが、
でも人の気持ちに立って、
その人を気遣う事は決して悪いことじゃないんだ。
私はこの世界に来て日本人の感性と、
この世界の人の感性は違うということに気がついたが、
完全にこの世界の人の感性に染まってしまうことも無いなと思った。
もちろん孤立しないために適応していく努力はするが、
日本人としての感性は捨てないことにした。
だって思いやりの気持ちって大事だし。

「ん?」

その時だった。歩いていると誰かが道に倒れているのが分かった。

「あの、どうしたんですか」

そう声をかけても反応がない。
まさか…そう思って近づくと予想は当たった。
地面に倒れていたのは白骨化した死体だった。

「返事がない、ただの死体のようだ」
「…死体に返事がないのは当たり前でしょ」

現実逃避気味にそう言うと、エドナのツッコミが返ってきた。

「とりあえず…どうします、これ」

おそらく魔物に喰われたのか、死体はきれいに白骨化していた。
その横には鎧の残骸が転がっている。
これをさっき私は人だと勘違いしたのだ。

「とりあえず回収しましょう」

そう言うとエドナは持っていた荷物から、かなり大きい布を取り出した。
たぶんタオルケットよりも大きいかな。
すると、それに白骨死体を次々と乗せていく。

「よく触れますね…」

若干引きながら、私はそう言った。
今のエドナはちゃんと手袋をしている。
でもさ、死体だよ。
骨になってるけど人間だったんだよ。よく触れるな…。

「これぐらい慣れてるから、それにちゃんと供養されてない死体って、
しばらく放っておくと魔物になるのよ。
だからちゃんと回収した方が良いの」
「そうなんですか?」

それは初耳だった。
エドナ曰く、供養されていない死体は時々動き出して、人を襲うらしい。
放置されていた死体が全て魔物となってしまうわけではないが、
それでもちゃんと回収しないといけないのだという。
ちなみにそういった死体の供養をするのは神殿の仕事だ。

「この世界の人って死んでも遺体は残るんですね」
「当たり前じゃない…何を言っているの?」

独り言のつもりでつぶやいた言葉にエドナがそう反応する。
この世界の魔物は死んでも魔石と呼ばれる石を残すだけで、
遺体は残らない。
だから人間も同じかと思ったけど、違うようだ。
じゃあ、魔物って一体何なんだろうか……。

魔物に関しては本当に謎だらけだ。
この世界には一応魔物以外の動物はいるみたいだけど、
魔物と動物との違いは魔物は人間しか襲わないと言うことだ。
そして口にするのも人間だけ、それ以外は口にしないらしい。
それに繁殖なども行わないみたいだし、普通の生物に比べると謎だらけだ。

「これでよしっと、じゃあこれをしまってちょうだい」
「え?」

そんなことを考えているうちに、
エドナは白骨死体を全て布で包むと、私にそれを渡してきた。

「え、えっとそれはちょっと」

さすがに死体をアイテムボックスに入れるのはどうかと思う。
一応生物以外なら何でも入るらしいから、
死んだ人はOKだろうけど、それでもなぁ…。

「さすがにいくら私でも、
これを持って村にまで行くの難しいわよ。
今更戻るのも大変だし、お願い」

そう言われたので私は恐る恐る死体が包んである布に触れる。
うう…、こういったことはもう勘弁願いたいものだ。
そう思いつつ、私は死体をアイテムボックスに入れた。

「うう…きついです」

私はお化けやスプラッターは大の苦手だ。
血なんて見たくないし、白骨死体なら尚更だ。
それが今、私のアイテムボックスの中にあると思うだけで気が滅入る。

「…しかしこの人、誰なんでしょうか?
身元がわからないと困りますよね」
「それは大丈夫。近くにギルドカードがあったし、
死体と一緒に収納しておいたから、身元はすぐに分かると思うわ」

ああ、ひょっとしてギルドカードって、
こういう時の身元確認用にあるのかな。
って、そんなことはもうどうでもいいや。
とにかく今は村に食料配達しないといけないんだ。
それだけに集中して、嫌な事は忘れよう…そう思っていたのだが。

「またかよ…」

少し歩いているとまた死体があった。
これも白骨化してる。

「ひょっとしてさっきの人の仲間かもしれないわね」

この人も近くにギルドカードが転がっていたから、
冒険者で間違いない。
だが、またアイテムボックスの中に入れるのかと思うと、
少し憂鬱になってくる。
そしてさっきと同じようにエドナが死体を布で包むと、
私はそれをアイテムボックスに入れた。
そしてエドナと一緒に歩き出した。

「死体なんて見るのも触れるのも嫌なんですけど…」
「大丈夫、すぐに慣れるから」

そう何てことのないようにエドナはそう言った。
その様子からして彼女は本当に慣れっこになっているのだろう。

「でも今回は白骨化してるからいいけど、
もっと酷い状態の死体は見たことがあるわよ」
「そうなんですか」
「酷いのだと回収しようとした矢先に、魔物化したのか、いきなり動き出してきて…。
あれには本当にびっくりしたわ」
「どこのゾンビゲームですか…」

私だったら多分、ひっくり返って気絶してるだろうな。
でもエドナだったら、ためらいもなく死体を焼く気がするな…。
そこら辺の躊躇はエドナは一切無いからな…。
魔物には本当に容赦がない…。

「でもありがとうございます。
私だったらどうすることも出来なかったと思いますから」
「別にこれぐらいで感謝することもないと思うけど…」
「感謝はした方がいいんですよ。
料理だって、出されたのに何も言わずに黙々と食べる人と、
ありがとうって言って食べてくれる人じゃ、全然、気分が違いますよ」
「…まぁ確かにね…」

何か心当たりがあるのか、エドナは頷いた。

「だから私はエドナさんと出会えて、本当に良かったと思っています。
ありがとうございます」
「…よくもまぁそんな小っ恥ずかしいことが言えるわね。
…でもまぁ、あなたのおかげで気づけたことがいっぱいあったわ。
私の方こそ、ありがとう」

そう言うとエドナはにっこりと微笑んだ。

…え、何その笑顔。反則なんですけど…。
普段は無表情だったり、呆れたりする表情の方が多いけど、
エドナって、すごい美人なんだよ。
笑えば美人が3割増しって言うけど、元々エドナは美人だから…。
…はっきり言う。私が男なら今の笑顔で惚れていた。
ギャップ萌えっていうの。…やられたよ。もう反則だよそれは…。

「エドナさん、今の笑顔すごく素敵だったんですけど…。
もっと笑った方が良いですよ」
「え、私、笑ってたの?」

あれ、自分では気がついてなかったのかな。
エドナは驚いたようにそう言った。

「そうですよー。エドナさんは美人なんですから笑った方がいいですよ」

だってエドナってかなり美人だからギルドでも結構モテてるんだよな。
身長高いし、スタイル良いし、顔は美人だし、
町を歩けば男性の視線を釘付けにしてしまうことも、しばしある。

実際私に声をかけてきた冒険者の中には、エドナ目当ての人も結構いた。
だが等の本人は男の人に声をかけられても、あまり嬉しくないのか、
冷たくあしらうことがほとんどだった。
そのせいか、直接話しかけにくいのか、
私にエドナのことや、好きな男性のタイプを聞いてくる人も居た。
酷い場合はエドナに渡すラブレターの内容を一緒に考えてくれとかもあった。
まぁそういう場合は丁重にお断りすることにしているが、
せっかく美人なのに笑わないと言うのはもったいない。

「笑ったら、美人度が増すと思うんですよ。
そしたら今よりもっと男性にモテると思いますよ」
「………別に私は男性に興味がないから、そういうのはいらないわ」
「え」

私は思わず立ち止まり、後ずさる。
男性に興味がないってことは、まさかそっちの…。
そう思っていたら、間髪入れずにエドナが否定した。

「そういう意味じゃ無いわ!!
なんで白がダメって言ったら、いきなり黒ってことになるのよ!
私は確かに男性は苦手だけど、
だからといって女性が好きなわけじゃない!!
そういった趣味を持つこと自体を否定するわけじゃないけど、
私自身は無理。絶対に無理っ!!」

爆竹のような勢いで否定されたので、私は思わず引いてしまう。

「はぁ…そうですか、しかしエドナさんは男性は苦手なんですか?」
「…私のような女性の冒険者には多いのよ。
男社会で生きることになるから、自然と男性の嫌な部分をよく見てしまうのよ」
「嫌な部分?」
「性的な目で見られたり、あるいは侮られたり、ね」

それは前にも言っていたような気がする。
ギルドは男社会で出来ているから、
女性の冒険者は肩身が狭い思いをすると…。
ひょっとしたらエドナはかなり、
それで辛い思いをしているんじゃないだろうか。
だから男性に対しては冷たく接するのかもしれない。

「…あなたもそのうちそういう経験をすると思うけど、
男にだけは本当に気をつけた方がいい。
世の中にはどうしようもなくお金にだらしない男や、
どうしようもなく浮気性な男は居るからね」
「…経験あるんですか?」

そう言うとエドナは苦々しい顔をした。

「…なんでそんなこと聞きたがるの?」
「だって私はそういう経験無いんで、詳しく知りたいんですよ」

私は本当に今までに一度も彼氏が出来たことがない。
というか恋をしたことがないのだ。
男性を見てドキドキすることもあんまりないし、
良いなーって思う男子は特にクラスでは居なかった。

「経験が無いって、男性経験が無いってこと?」
「そうです。というか恋って感覚もよく分かんないんですよ」
「それは…あなたは鈍いからでしょうね。
恋をしても、気づかずにそのままで居そうだし…」

そう言うとエドナは大きくため息をついた。

「でもあなたの場合、
一度恋心を自覚したら、暴走しそうな気がするわ」
「え? 暴走?」
「…だって、あなたは少し純粋なところがあるし、
好きになったら、本当に盲目的に相手に尽くしそうな気がするの」
「なんでそんなことが分かるんですか?」
「ただの勘よ。でも私のこういった勘ってあんまり外れたことがないのよ。
だから私が1番心配しているのは、あなたが変な男を好きになって、
その相手に盲目的に尽くしてしまうことよ。
そうなったらあなたは強い魔力を持っているし、
相手の言うままにその力を使いそうじゃない」
「…確かにそんなことになったら怖いですね」

最強魔力を持った私が男の言いなりになってしまったら、怖いことになる。
だって今の私は権力とは無縁だが、
その気になればこの国を支配することはたやすいだろう。
そうなったら私の好きな相手は権力を持ってしまうことになる。
…という事は選ぶ男性も慎重にならないといけないことか。

「ま、大丈夫ですよ」
「あなたの大丈夫って言葉は今ひとつ信用出来ないのよ…」

酷い言い様である…まぁ自分でも自信は無いけどさ…。
しかし恋ねぇ…そのうち私も誰かを本気で愛したりすることがあるのかな。

風が吹きつける道を歩きながら、私はそう思った。
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