上 下
65 / 120
三神官編

国王の首

しおりを挟む
結局、私は止めきれずに彼女は謁見の間へと戻ってきてしまった。
謁見の間へと入り込んだ怪物を前に討伐隊の仲間たちの視線が集まっていく。

ポイゾは謁見の間に集まっていた天使の一体を斬り伏せ、その体を蹴り上げてから何も言わずに鯨の怪物に向かって斬り掛かっていくのである。
怪物に対して剣を振るっていくものの、彼女は何も言わずにポイゾを自身の槍を使って弾き飛ばす。

槍を使わなかったのは殺す価値もないというためだったのだろうか。

はたまたもう少し彼を甚振りたかったからだろうか。真相は怪物本人にしかわからないだろうが、ポイゾが助かったのは事実であるのでここは素直に喜んでおくべきだろうか。
ポイゾが突っ込んだのを機に他の仲間たちも一斉に鯨の怪物に向かって突っ込んでいく。

だが、その誰もが先程のポイゾと同様に無惨にも弾き飛ばされてしまうばかりである。
全員が鯨の怪物に手も足も出ずに唖然としていた時だ。突然、大きな声が上がったかと思うと鯨の怪物が地面の上に転倒した。

転倒させたのはクリスだった。クリスは鯨の怪物の足元に喰らい付いて前へと行かせないように試みたのである。
この時のクリスの顔は鬼気迫るものであった。彼の顔から執念のようなものを感じられた。

「こ、これ以上は近付けさせないぞ!」

だが、鯨の怪物はクリスの言葉には答えない。代わりに少しでも国王の元に行こうとして必死に腕を伸ばしていた。
クリスはそんな怪物の背中に馬乗りになりながら涙を流して叫んだ。

「は、ハルちゃんに謝れッ!ハルちゃんのお母さんの名前を騙ったことに対してハルちゃんにお詫びをするんだッ!」

だが、どれだけクリスが叫んでも鯨の怪物が聞く耳を持たないので意味のない行動に過ぎなかった。
彼の声がいよいよ掠れてきた時に鯨の怪物は容赦なくクリスを弾き飛ばしたのである。

クリスは剣から自身の魔法を飛ばし、対処しようとしていたのだが、その魔法を難なく交わして鯨の怪物はクリスの元へと向かう。
自らが飛ばす魔法を余裕のある表情を持って交わす鯨の怪物の姿はひどく恐ろしいものであったに違いない。

私を含む全員がその姿に恐怖を覚えて立ち尽くしていた時だ。ポイゾが動いて、真横から自身の魔法を纏わせた剣を振るっていく。
それに気が付いた鯨の怪物が慌てて槍を構えてポイゾを迎え撃つ。
またしても膠着状態に陥ってしまった。どうすればいいのかと頭を悩ませていた時だ。

ふと、全員の中から意を結したようにティーが姿を現し、二人の間に割って入った。覚悟を決めた瞳を浮かべたティーが剣を構える。そしてその後で剣に魔法を纏わせ、思いっきり剣を振る。その姿は魔法の杖の代わりに剣を振って魔法を発動しているかのようだった。

ティーの短剣から前回と同様の豪風が吹き荒れる。
豪風は鯨の怪物を吹き飛ばし、ポイゾを膠着状態から脱却させた。
ティーはそのまま風の魔法を纏わせた剣を振りながら鯨の怪物に向かっていく。
前回とは異なり怪物は尻尾を巻いて逃げるということは行わなかった。

代わりに全身を震わせながら雄叫びを上げてティーの元へと向かっていく。
短剣と槍とがぶつかり合い激しい戦いを繰り広げていくが、すぐに彼女の方が優勢となっていき、とうとう鯨の怪物の手から槍が弾け飛んでしまった。
ティーの風魔法の凄まじさが改めて思い知らされた。

ティーはそのまま短剣を使って鯨の怪物の腹を勢いよく突き刺したのである。
鯨の怪物からは黒い煙が噴き上がり、彼女が慌てる姿が目に見えた。
パニックに陥ってしまったのか、彼女は悲鳴を上げながら謁見の間を走り去っていくが、次第にその体は蒸気となってそのまま蒸発してしまったのである。

私があんなに苦戦した敵がティーの風魔法の前では呆気なく散ってしまった。
なんとも呆気ない幕切れである。
私は因縁の相手と決着が付くのを確認した後で周りを確認すると、鯨の怪物が呼んだ天使たちの数が少なくなっていることに気がつく。

後に残された仕事は掃討戦だけである。私は短剣を鞘の中に仕舞い、その後で弓矢を構えて敵を仕留めていく。
電気の矢と仲間たちの共闘によって謁見の間に集まった天使たちを一体残らず討伐することに成功した。
その時だ。わざと大きな足音を立てて王女が現れた。

「なんなの……なんなのよッ!これはなんなのッ!説明してよッ!」

「……ぼくの方から説明致しましょう」

背後から剣を鞘の中に収めたブレードが王女の側に現れて説明を続けていく。
国王も王女もブレードの説明を聞いて、最初は顔を引き攣らせていたが、やがて王女は説明の途中であるのにも関わらず激昂してブレードに掴みかかったのである。

「ふ、ふざけないでッ!あんたたちが犯した馬鹿げた作戦のせいで何人が死んだと思っているのよッ!」

「……そのことについてはお詫びのしようもありません。深く謝罪の言葉を述べさせていただきます。ですが、その一方であの鯨の怪物をいまだに好き放題にさせ、これ以上、妙なことが起こる前にハルやあなた方を囮に大規模掃討作戦を実施しようと目論んだのです。よく言うでしょ?『悪いゴキブリを捕らえるためには良い餌が必要』だと……あなた方にはそのよい餌となってもらいました」

「ふざけないでッ!私は王女なのよッ!あんな危険な目に遭わせて……もし、ここで死んだりしたらどう責任を取るつもりだったのよ!?」

王女の服を掴む力が強くなっている。彼女がいかにして本気で怒っているのかがその姿だけで伝わってくる。
だが、ブレードは動じない。あくまでも冷たい視線で王女を見据えていた。

「お手をお離しくださいませ……殿下」

「何が殿下よ!白々しいッ!私のことなんて微塵も尊敬していないくせにッ!」

王女の平手打ちが飛ぶ。ブレードはその衝撃によろけたがそれでも倒れることはせずに黙って王女を見つめていた。
その後で彼女は側に居た父親に向かって必死な形相を浮かべて主張する。

「パパッ!パパも何か言ってよッ!パパもこいつらのせいで殺されるところだったのよッ!」

「……私たちに無断で作戦を考案したことに対しては後で話し合いをさせてもらいましょう。しかし、ブレード。キミのその大胆な手口は買いました。上の下というところでしょうか」

「ありがたき幸せにございます」

丁寧に頭を下げるブレードに対して王女は納得がいかずに父親に抗議の言葉を飛ばす。
だが、父親が娘の抗議に耳を貸すことはなかった。
しおりを挟む

処理中です...