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三神官編

冷酷な鯨は静かに笑う

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鯨の怪物を目の当たりにしていたけれども私は怯まない。
雄叫びを上げて鯨の怪物に向かって剣を振り上げていく。
ここで正気を失ってはまたしても私は地下牢の中に押し込められてしまうだろう。
それだけは避けなくてはならない。私は鯨の怪物を相手に短剣を振るう中でその事だけは常に頭に置いておいた。

鯨の持つ槍と剣とが重なり合い、擦れあっていく。お互いに命の応酬を行う。こうなれば根比べだ。私が死ぬか相手が死ぬかの二択である。
私はここぞとばかりに剣を振り上げて、鯨の頭を狙う。だが、鯨は慌てる様子も見せずに短剣を避けていく。

そればかりか、短剣が空振りした隙を突いて、私の胴体に向かって槍を喰らわせていく。
私は悶絶して地面の上を転がっていく。

『あら、どうしたの?波瑠……ママのお仕置きはここからよ』

「……黙れ、その口でお母さんのことを語るなァァァァ~!!!」

私は怒りの感情に導かれるままに剣を振り上げていく。背中に生えた翼を広げて空中へと飛び上がっていく。
それから鯨の怪物に向かって飛び掛かっていく。怪物は私が途中で短剣を鞘の中に仕舞う行動は完全に予想外であったらしく目を丸くしていた。

今この瞬間しか仕掛けるタイミングはないだろう。私は鯨の怪物の腰にダイブして鯨の怪物と共に玉座の間を飛ぶ。
私はその勢いのまま謁見の間を出て城の外へと出ていく。
城の外まで来ると、私は瞬時に短剣を抜いて鯨の怪物に強烈な一撃を叩き込む。

鯨の怪物から悶絶の声が聞こえた。確実にゴホッという音は私の耳に聞こえてきた。
弱っているのか翼を広げる余裕も見せずに地面の下へと落ちていく鯨の怪物が見える。
これで鯨の怪物は終わりだろう。私は自らの勝利を確信したが、そのままにしておくことはせずに剣を構えて鯨の怪物の元へと迫っていく。

私が近くにまで迫っていくと、不意に鯨の怪物が大きく両目を開ける。
そこで槍を構えて私を突こうとしたのである。私はそれを慌てて剣で防ぐ。
自身の不意打ちが防がれたのを見ると、彼女は慌てて自らの翼を生やして体勢を立て直して空の上を飛ぶ。

それから私を置いて上へ上へと昇っていく。私がそれを追いかけて昇っていくと、そこには槍を構えていたはものの口元に微笑を浮かべていた鯨の怪物が待ち構えていた。

『ここでお仕置きをしてあげましょう』

「……決着を付けようの間違いでしょ?」

私は指摘したのだが、彼女が耳を貸すことはなく真っ直ぐに槍を光らせながらこちらに向かって突っ込んでくる。
私はすれ違い様に剣を振り上げたのだが、その際に彼女が槍を突いて私の首を槍の穂先と穂先とで捕えたのである。
二又の槍であるからこその技術だ。

彼女がその気になればその首はすぐにでも跳ね飛ばされてしまうだろう。
私が危機を感じていると、彼女は私の考えることが感じ取っていた。
口元に小馬鹿にしたような笑いを浮かべながら言った。

『そろそろ降参しなさい。今ならお尻ペンペン千回で許してあげるわよ』

「許す?どのみち私は消すつもりでしょ?わざわざ私のお母さんを名乗って私を殺そうとするくらいにあなたは私が嫌いなんだから……」

『えぇ、あの人からの寵愛を奪ったあなたが憎いのは確か……できることならこのまま八つ裂きにしてやりたいわ。それでも私の中の母親としての感情が揺れ動いているのは確か……だからね妙案を思い付いたわ。聞きなさい。今後はあの人と私とに仕えるメイドとしてなら置いてあげるという案よ。悪くないでしょ?」

「嘘を吐くんだったらもっとマシな嘘を吐くべきだったね。どこの世界に実の娘をメイドにしようとする母親がいるのってのよッ!」

私はそう叫んで、鯨の怪物の腹を蹴り上げた。この時の蹴りには今まで目の前の鯨の怪物に母を騙られていたという鬱憤も当然、含まれていた。
彼女は悲鳴を上げて地上へと落ちていく。地面に落ちるまで私の蹴りに苦しんでいたことから私がどれ程の怒りを込めて蹴り上げていたのかがわかる。

鯨の怪物は地面の上に倒れた。あの高さである。魔法を喰らっていなかったとしても相当のダメージだろう。
私が降りて様子を確認しに向かうと、鯨の怪物は平然とした様子で起き上がっていた。しかし、まだ腹が痛むのか時折、思い出したように腹を片手で押さえていた。

『さっきの攻撃は効いた……ひどいじゃあない?実の母親に蹴りを喰らわせようとするなんて』

「エンジェリオンのくせに何が母親だ。私をバカにするな」

私が短剣を構えて鯨の怪物と対峙した時だ。王都の人々がこの騒ぎを聞き付けて現れたのだ。
その姿を見た鯨の怪物が口元に笑顔を浮かべる。それを見た私は慌てて鯨の怪物を止めに入ったのだが、時すでに遅しといういう言葉にあるように私が止めに入るよりも前に彼女がその槍で人々を殺傷する方が早かった。

二又の槍で斬られた人々は槍で刺されてしまったというのに誰もが幸せそうな顔を浮かべて絶命していったのである。
これがあの鯨の怪物が持っている武器の特徴であると考えるべきだろう。
あの武器にどんな特性があるにしろ、それが恐ろしいものであることには違いない。

私が警戒するように睨んでいると、不意に向こうがクスクスという笑い声を上げると笑いながら言った。

『驚いた?これが私の武器の特性なの。私の武器で突かれた人は幸福の絶頂の中で死んでいくの。麻薬を吸っている人が絶頂の中で死んでいく……そんな風に死んでいくのよ』

「だからあんな風になったわけね。納得。それでそれを私に教えてどうするつもりなの?」

『今からこれをね。あなたの今住んでいる国王に向かって喰らわせようと思うんだけれどどうかしら?」

「あなたふざけてるの?」

「ふざけてなんていないわ。私はね人々のために神経をすり減らしてまでも働かれていられる偉大な国王陛下にその心労を取り払ってほしいの」

エンジェリオンのくせに皮肉だけはうまいものだ。私が関心していたのも束の間だ。彼女は翼を使って王宮へと向かっていく。
私もその後を追って飛ぶ。空中戦へと発展するかと思われたが、向こうは逃亡一方であるので空中戦に発展することはなかった。

何度か短剣で妨害を試みたのだが、怪物が翼を飛ばす速さがいつもよりも早かったために追い付くことはできなかった。
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