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大魔術師編
ポイゾ・プラントの憂鬱
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「しかし、マリアも大変だな。あんな奴に絡まれてさ」
ポイゾが目の前に現れた天使の一体を真上から切断しながら言った。
「珍しいね。ポイゾが人に同情するなんて」
私は目の前から迫り来る敵の剣を自身の電気の剣で防ぎながら答える。
混戦状態になった時点で弓矢は放棄してしまったので、今の私には短剣しかない気楽な状況である。
私は電気の短剣で敵を相手にしながら次のポイゾの言葉に耳を貸した。
「だってさ。あんな姉がいたなんてぼくは知らなかったからさ」
「知らなかったの?」
私は皮肉混じりに問い掛ける。
「あぁ、知っていたらもうこの世にあの女は存在していなかっただろうからさ」
「……驚いた。あんた、いつ暗殺者になったの?」
私は呆れたように言ったが、向こうは聞く耳を持とうとはしない。
そのまま黙って剣を振り続けている。
「暗殺者」という単語がまずかったのかもしれない。何にせよ、これ以上彼から余計話を聞くことはできないだろう。私は密かに安堵した。
私が溜息を吐いていると、目の前に剣が飛ぶ。慌てて、目を凝らすと、今回の指揮官が私の目の前に迫ってきていた。
「……おいでなすったみたいだね」
私は剣を構えながら今回の相手を迎え撃つ。
今回の指揮官は狼であった。タンプルのような凶悪な狼ではない。
どちらかといえばタンプルの狼が全身を白い毛に覆われているのに対し、目の前の狼は上半身だけを白い毛に覆われていた。その様はまるで山頂部にだけ雪が積もっている山のようである。
顔もタンプルの狼が端正な狼であるのと対比してどこか鼻の穴が大きかったり、犬耳の大きさが異様であったりする点にあるだろう。
雪のように白い毛並みに、それに似合わない醜悪な顔が特徴的であった。
本当であるのならば腹部も確認したかったのだが、雑魚の天使たちと同様に鎧で覆われているので確認のしようもない。
私自身の願望を示すのならば腹部は腹筋で覆われていてほしいところだ。
大抵のエンジェリオンが腹部など見せたことがないので、確認のしようもないが……。
私は少しばかり落胆した思いを抱えながら先端が突起状になっている槍のような神杖を持った狼の怪物と対峙していく。
その姿こそが醜悪であったとしても、声はまさしく狼の声そのものであった。
ウォーンという雄叫びが耳に轟き、思わず苦笑する。
私は苦笑しながら狼の怪物に向かって挑み掛かる。
神杖の先端と電気の剣とが重なり合い、凄まじい音を立てていく。
お互いに武器を重ねていても決着がつかないことは分かっていた。
そのため、私は短期の決戦を付けることにしたのである。
私は気合を入れて、狼の怪物の元へと突っ込もうとした時だ。不意に怪物は背中から翼を生やして想像もできないほどの速さで飛び去っていったのである。
怪物を撃ち落とすことは不可能であった。私は思わず地団駄を踏む。
後は指揮官が飛び去って、混乱している天使たちの部隊を相手に掃討戦を行うだけでよかった。
私は自分の周りに集まる天使たちを始末していた時だ。ポイゾが執拗に天使たちを踏んでいることに気がつく。
「何やってるの?」
「うるさいな。放っておいてくれ」
そう言って、ポイゾはなぜか執拗に天使に蹴りを喰らわせていく。憎悪に満ちた顔や態度から彼がどうして暴れているのかが理解できた。
動けなくなった天使たちと何かを重ね合わせているのである。
既に黒い煙が出ている天使たちを蹴り続けているのも危ういので、私は慌てて、ポイゾを引き離し、天使たちの少なくなった場所へと移動する。
「一体何があったのさ?あの天使たちに何を重ねてるの?」
私の問い掛けにポイゾは渋々と歯を軋ませながら答えた。
「……弟だよ。あいつら弟に似てたんだ」
「弟?あんた弟がいたの?」
「……一つ下のな」
表情から察するにポイゾと弟との間に何かがあったことは明白である。
だが、ここは聞かない方が大人というものだろう。私の予想ではあるが、マリアの義姉の件でポイゾは弟の件を思い出してしまったに違いあるまい。
ポイゾは辺りに倒せるような天使がいないことを確認すると、力いっぱいに岩を叩いた。
やがて、雑魚の掃討が完了すると、ブレードが招集の声をかけ、私たちは寮に帰ることになった。
私は馬に揺られながらここ最近、不幸が続いていることが思い知らされた。
まず、タンプルの正体がエンジェリオンだと判明し、彼が私たちの元を去らなくてはならなくなった件が不幸の始まりであった。
その次にタンプルが行方不明になった直後に潜伏した場所であわや人類社会の存続が不可能となりそうな恐ろしい計画が発生しそうになった。
次にエンジェリオンだと思われる婦人が私の母の名前を語り、私を騙そうとした件もあった。あれは私の中では最悪で、二度と味わいたくないような胸の悪い出来事であった。
その婦人と遭遇した日の夢に見たのが今まで見たことがなかったマリアの凄惨な過去である。
そして、その次にブレードとマリアのデートの日に因縁のあるマリアの義姉が登場し、私たちとトラブルになった。
その後の討伐では指揮官に逃げられ、そのトラブルでポイゾが弟と何か後ろめたいがあることをさりげなく私に露呈したのである。
どこかで不幸というのは一つ起これば次々と連鎖式に起きていくものだという言葉を聞いたことがあるが、それはまさしくその通りである。
私は溜息を吐き、肩を落としながら前の世界のどこかで知ったと思われる言葉の重さを実感させられていた時だ。
先端を歩いていたらブレードの馬が止まり、私たちも止まらざるを得なかった。
「どうした?何があった?」
私の隣で馬を動かしていたポイゾがブレードに向かって問い掛けたが、ブレードからの返答はない。
業を煮やしたポイゾが馬を降りて、ブレードの馬の前に向かった時だ。
ブレードの馬の前に先程の狼が止まっていることに気がつく。
「野郎ッ!」
その事に気がついて、馬上から降りたポイゾと私が先程の狼を殺しに向かおうとした時だ。
狼の方から声が聞こえてきた。日本語でも得体の知れない言語でもないこちらの言語であった。
「やめたまえ。私はキミたちの味方だ」
と、彼は信じられないような言葉を口にしたのである。
「味方?キミもタンプルみたいにオレたち人間のために戦ってくれると言いたいのかな?」
「いいや、違う。私は殺すべき人間を弁えているのだ」
「命の選別というやつ?悪いけど、私はそういった考えは嫌悪しててーー」
「悪人ならば殺しても構わんだろ?」
その言葉は衝撃的であった。私たち全員に衝撃が走った瞬間であった。
あとがき
本日、明日は多忙のため、更新が連日と比較してもスローモーションとなります。恐らく朝と夜しか投稿できなくなります。誠に申し訳ありません。
明後日以降は通常通りに動く予定ですので、見捨てずに読んでくだされば幸いです。
ポイゾが目の前に現れた天使の一体を真上から切断しながら言った。
「珍しいね。ポイゾが人に同情するなんて」
私は目の前から迫り来る敵の剣を自身の電気の剣で防ぎながら答える。
混戦状態になった時点で弓矢は放棄してしまったので、今の私には短剣しかない気楽な状況である。
私は電気の短剣で敵を相手にしながら次のポイゾの言葉に耳を貸した。
「だってさ。あんな姉がいたなんてぼくは知らなかったからさ」
「知らなかったの?」
私は皮肉混じりに問い掛ける。
「あぁ、知っていたらもうこの世にあの女は存在していなかっただろうからさ」
「……驚いた。あんた、いつ暗殺者になったの?」
私は呆れたように言ったが、向こうは聞く耳を持とうとはしない。
そのまま黙って剣を振り続けている。
「暗殺者」という単語がまずかったのかもしれない。何にせよ、これ以上彼から余計話を聞くことはできないだろう。私は密かに安堵した。
私が溜息を吐いていると、目の前に剣が飛ぶ。慌てて、目を凝らすと、今回の指揮官が私の目の前に迫ってきていた。
「……おいでなすったみたいだね」
私は剣を構えながら今回の相手を迎え撃つ。
今回の指揮官は狼であった。タンプルのような凶悪な狼ではない。
どちらかといえばタンプルの狼が全身を白い毛に覆われているのに対し、目の前の狼は上半身だけを白い毛に覆われていた。その様はまるで山頂部にだけ雪が積もっている山のようである。
顔もタンプルの狼が端正な狼であるのと対比してどこか鼻の穴が大きかったり、犬耳の大きさが異様であったりする点にあるだろう。
雪のように白い毛並みに、それに似合わない醜悪な顔が特徴的であった。
本当であるのならば腹部も確認したかったのだが、雑魚の天使たちと同様に鎧で覆われているので確認のしようもない。
私自身の願望を示すのならば腹部は腹筋で覆われていてほしいところだ。
大抵のエンジェリオンが腹部など見せたことがないので、確認のしようもないが……。
私は少しばかり落胆した思いを抱えながら先端が突起状になっている槍のような神杖を持った狼の怪物と対峙していく。
その姿こそが醜悪であったとしても、声はまさしく狼の声そのものであった。
ウォーンという雄叫びが耳に轟き、思わず苦笑する。
私は苦笑しながら狼の怪物に向かって挑み掛かる。
神杖の先端と電気の剣とが重なり合い、凄まじい音を立てていく。
お互いに武器を重ねていても決着がつかないことは分かっていた。
そのため、私は短期の決戦を付けることにしたのである。
私は気合を入れて、狼の怪物の元へと突っ込もうとした時だ。不意に怪物は背中から翼を生やして想像もできないほどの速さで飛び去っていったのである。
怪物を撃ち落とすことは不可能であった。私は思わず地団駄を踏む。
後は指揮官が飛び去って、混乱している天使たちの部隊を相手に掃討戦を行うだけでよかった。
私は自分の周りに集まる天使たちを始末していた時だ。ポイゾが執拗に天使たちを踏んでいることに気がつく。
「何やってるの?」
「うるさいな。放っておいてくれ」
そう言って、ポイゾはなぜか執拗に天使に蹴りを喰らわせていく。憎悪に満ちた顔や態度から彼がどうして暴れているのかが理解できた。
動けなくなった天使たちと何かを重ね合わせているのである。
既に黒い煙が出ている天使たちを蹴り続けているのも危ういので、私は慌てて、ポイゾを引き離し、天使たちの少なくなった場所へと移動する。
「一体何があったのさ?あの天使たちに何を重ねてるの?」
私の問い掛けにポイゾは渋々と歯を軋ませながら答えた。
「……弟だよ。あいつら弟に似てたんだ」
「弟?あんた弟がいたの?」
「……一つ下のな」
表情から察するにポイゾと弟との間に何かがあったことは明白である。
だが、ここは聞かない方が大人というものだろう。私の予想ではあるが、マリアの義姉の件でポイゾは弟の件を思い出してしまったに違いあるまい。
ポイゾは辺りに倒せるような天使がいないことを確認すると、力いっぱいに岩を叩いた。
やがて、雑魚の掃討が完了すると、ブレードが招集の声をかけ、私たちは寮に帰ることになった。
私は馬に揺られながらここ最近、不幸が続いていることが思い知らされた。
まず、タンプルの正体がエンジェリオンだと判明し、彼が私たちの元を去らなくてはならなくなった件が不幸の始まりであった。
その次にタンプルが行方不明になった直後に潜伏した場所であわや人類社会の存続が不可能となりそうな恐ろしい計画が発生しそうになった。
次にエンジェリオンだと思われる婦人が私の母の名前を語り、私を騙そうとした件もあった。あれは私の中では最悪で、二度と味わいたくないような胸の悪い出来事であった。
その婦人と遭遇した日の夢に見たのが今まで見たことがなかったマリアの凄惨な過去である。
そして、その次にブレードとマリアのデートの日に因縁のあるマリアの義姉が登場し、私たちとトラブルになった。
その後の討伐では指揮官に逃げられ、そのトラブルでポイゾが弟と何か後ろめたいがあることをさりげなく私に露呈したのである。
どこかで不幸というのは一つ起これば次々と連鎖式に起きていくものだという言葉を聞いたことがあるが、それはまさしくその通りである。
私は溜息を吐き、肩を落としながら前の世界のどこかで知ったと思われる言葉の重さを実感させられていた時だ。
先端を歩いていたらブレードの馬が止まり、私たちも止まらざるを得なかった。
「どうした?何があった?」
私の隣で馬を動かしていたポイゾがブレードに向かって問い掛けたが、ブレードからの返答はない。
業を煮やしたポイゾが馬を降りて、ブレードの馬の前に向かった時だ。
ブレードの馬の前に先程の狼が止まっていることに気がつく。
「野郎ッ!」
その事に気がついて、馬上から降りたポイゾと私が先程の狼を殺しに向かおうとした時だ。
狼の方から声が聞こえてきた。日本語でも得体の知れない言語でもないこちらの言語であった。
「やめたまえ。私はキミたちの味方だ」
と、彼は信じられないような言葉を口にしたのである。
「味方?キミもタンプルみたいにオレたち人間のために戦ってくれると言いたいのかな?」
「いいや、違う。私は殺すべき人間を弁えているのだ」
「命の選別というやつ?悪いけど、私はそういった考えは嫌悪しててーー」
「悪人ならば殺しても構わんだろ?」
その言葉は衝撃的であった。私たち全員に衝撃が走った瞬間であった。
あとがき
本日、明日は多忙のため、更新が連日と比較してもスローモーションとなります。恐らく朝と夜しか投稿できなくなります。誠に申し訳ありません。
明後日以降は通常通りに動く予定ですので、見捨てずに読んでくだされば幸いです。
応援ありがとうございます!
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