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第三章『私がこの国に巣食う病原菌を排除してご覧にいれますわ!』

不吉な風が吹き荒れて

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「随分と帰りが遅いねぇ」

控えの間で待たされていたレキシーが不意に呟いた。

「ですね。何かあったんでしょうか」

マグシーもレキシーの意見に同調する。どうやら心持ちは同じであったらしい。
だからこそ、マグシーはレキシーが考えていたことをレキシーよりも先に口にしたのだろう。

「レキシー先生。これはあくまでも私の私見となりますが、このまま二人で様子を見に行くというのはどうでしょうか?」

レキシーは躊躇うことなく同意した。元々同じようなことを考えていたので迷う必要もなかったのだ。
二人はそのまま控え室を出て、それぞれの思う人を探しに向かう。しかし、広い屋敷故に案内なしに探し出すというのは難しかった。

二人が迷いながら屋敷の中を歩いていると、大きな音が聞こえていることに気が付いた。
刃物と刃物が打ち合う音だ。二人は真剣な表情を浮かべながら共に首を縦に動かし、音のする方向へと向かう。音のする方向ではエドガーが剣を振り上げ、大勢の傭兵たちを斬り伏せている姿が見えた。

マグシーは中央で剣を振るっているエドガーの元へと慌てて駆け寄り、事情を問い掛ける。

「エドガーさんッ!これはどういうことです!?」

「少し訳があってな。悪いが、お前も手伝ってくれ」

「け、けど」

マグシーが二の句を継ぐよりも先に集まった兵士たちが切り掛かってきたので、マグシーも応戦するより他になかった。

一方でレキシーは二人が無数ともいえる兵隊たちを相手にしている場所を必死に抜けて、カーラの元へと向かう。
カーラはエミリーによって前に立たされて、身を守るための盾の代わりにされていたが、幸いなことに傷などは負っていなかったらしい。

レキシーはカーラを平然と盾にするエミリーに対し、レキシーの中で沸々と怒りの感情が湧き上がっていく。それは噴火前の活火山がマグマを火口でぐつぐつと煮ている姿と酷似していた。
そして火山が噴火するかのようにレキシーはカーラを盾にしてその背後で身の安全を保っていたエミリーに張り手を喰らわせたのである。
レキシーの張り手を喰らったエミリーは大きな衝撃を受け、地面の上を転がっていく。

レキシーは生まれて初めてとも言える張り手を喰らってエミリーを一瞥することもなく黙ってカーラの手を取り、部屋を抜け出そうとしたが、その前にセリーナが立ち塞がる。

「お待ちください。お嬢様にそのようなことをしておいて、タダで帰れるとお思いなのですか?」

そう言うセリーナからは圧を感じた。だが、レキシーはそんな圧になど屈することなく黙ってカーラの手を引いてその場を立ち去ろうとしたが、セリーナは二人の前に立ち塞がってその場を通そうとしない。

「あなたが何をしたのかわかってますか?お嬢様に手を上げたんですよ」

セリーナは屹然とした態度で二人に問い詰めたのであった。

しかし、レキシーは、

「それの何がいけないんだい?可愛い娘を盾にされて殺されかけていたというのに怒らない母親がどこにいるっていうんだい」

と、圧に屈することなく逆にキッとセリーナを睨み付けたのである。

本職の駆除人から睨まれたのである。セリーナは全身を寒からしめるような恐怖に襲われた。両肩を強張らせ、足を引いたてしまっていた。
セリーナの足がすくんだ瞬間をレキシーは見逃さなかった。その隙を狙ってレキシーはカーラを連れ、その場から抜け出したのであった。
セリーナは慌てて追い掛けようとしたが、その前に斬り合いの声を聞き、恐怖に駆られて部屋を抜け出すことすらできなかった。

結局のところ屋敷に連れ込んだ四人にはことごとく逃げ出されてしまい、ハンセン公爵家は屋敷の中を平民の男女四人によって無茶苦茶にされてしまったという屈辱を受ける羽目になってしまったのである。
ロバートにとってそれ以上に許せなかったのは妹であるエミリーが平民の中年女性に叩かれて地面の上で泣き腫らしていることであった。

ロバートはこれらの悲劇における全ての責任をセリーナに押し付けた。頭を地につけ、必死になって詫びの言葉を入れるセリーナを無理やり立ち上がらせて、妹の前へと連れて行ったのである。
エミリーも兄と同様にセリーナに責任があるのだと考えたらしい。セリーナに自身がくらったのと同じくらいか、それ以上に強烈な張り手を喰らわせた。
それでも足りなかったのか、エミリーはわざとセリーナの近くにグラスを投げ飛ばし、張り手を受けた衝撃で地面に蹲っていたセリーナをひどく怯えさせたのであった。

結局ロバートによって散々なまでに痛めつけられたセリーナは私兵たちや傭兵たちによって強制的に地下牢へと連れ込まれてしまった。
セリーナは公爵家にで無用の騒動を引き起こした四人を招いてしまった責任を取ることになり、鞭打ちの上に無期限という時間を設けられ地下牢へと監禁されることになったのである。

命までは取られなかったことを感謝するべきであるのか、それともあてのない地下牢での暮らしを与えられたことを悔いるべきなのか、地下牢に投げ込まれたセリーナにはわからなかった。
ただ一つ言えるのは今後セリーナには冷たいスープと石のように固いパンを齧りながら地上での日々を思い返すだけだろう、ということであった。

ロバートは散々虐められたセリーナであったが、彼女にとって不幸であったのはロバートが彼女に当たり散らしただけでは怒りを発散することはできなかったことだろう。
どこかいきりたった様子の彼は自室に戻ると、自室の長椅子の上で本を読んでいたイメルダを直前まで茶会が開かれていたバルコニーへと引き戻し、強制的にお茶会に付き合わせていたのである。

ロバートは付き人であるクレイトンに新たに淹れ直させたお茶を片手に叔母であるイメルダを相手に愚痴をぶち撒け、徹底抗戦を主張し騒動を起こした二人を殺すように叫んでいた。
イメルダは甥の勇ましい主張を黙って聞いていたのだが、やがてお茶を飲む手を止め、フゥと小さな溜息を吐いた。
溜息を吐く様子がロバートは気に入らなかった。甥である自分がここまで苦しんでいるというのにどうして溜息などを吐けるのだろう、というのがロバートの本音であったのだ。
ロバートは机を叩き付けて叔母に抗議の言葉を飛ばした。

「叔母上ッ!なんですッ!その態度はッ!私は真剣に悩んでいるんですよ!」

イメルダは怒鳴り付けるロバートの声を聞いても動じる様子も見せずにお茶を飲み干した。
お茶を飲み終えた後でイメルダはロバートを見据えて落ち着いた声で窘めたのであった。

「落ち着きなさい。今ここであなたが繰り出せば陛下がここぞとばかりに調査に乗り出すでしょうね。そうすれば今回の醜態も世間に晒されてしまいます。そうなればエミリーの婚姻も遠ざかるでしょうね」

「そ、そうか……だが、おれは許せない。叔母上ッ!私に知識を授けてくださいませ!あの忌々しい奴らを葬るにはどのような手を用いればよろしいのでしょうか!?」

「……ねぇ、ロバート。あなたは宗教の力というものを知っているかしら?」

イメルダはロバートに対してネオドラビア教という宗教勢力について語っていくのであった。

「なるほど、ネオドラビア教の力を借りればあの四人は簡単に葬れるのですな」

「えぇ、しかも手を汚すのは向こうだから私たちが国王に気付かれる心配はない。悪い話ではないでしょう?」

「流石は叔母上です。しかし、その者とはどこで連絡を?」

「総本山に遣いをやるわ。返事が返ってくれば二人で訪れましょう」

「なるほど、しかし、叔母上も悪ですな。その悪どさは父上譲りですかな?」

イメルダは甥の問い掛けに直接答えることはなかったが、口元に相槌を打つかのように笑みを浮かべて同意の意思を示していた。

ロバートがイメルダに連れられ、ネオドラビア教の総本山であるゴルーダの街へと馬車に乗って向かったのはそれから一週間が経ってからのことであった。
ネオドラビア教の総本山とも呼ばれるゴルーダは街全体がネオドラビア教に支配されており、街の人々はネオドラビア教の教えを信じ込んで生きている。
そのせいか人々の目に覇気のようなものを感じられず、ロバートはその姿に恐怖さえ覚えていた。

やがて馬車はゴルーダの街の中央に聳え立つ塔へと辿り着く。
ゴルーダの街の中心にある塔は天にまで届かんばかりの巨人のようだった。
巨大な塔が自分たちを見下す姿にロバートは思わず圧倒されていた。
イメルダも同じであった。ネオドラビア教の総本山には初めて乗り出したのだが、その姿には甥と同様に圧倒されていた。

その時だ。正面の扉が開き、黒いローブを身に纏った五人の男女と白い頭巾を被った義手の男が現れた。
義手以外でも目を失ってしまったのか、左側に黒い眼帯を帯びている姿が印象的であった。しかし、残っている右目からは冷血動物を思わせるような冷たい印象を感じさせた。
義手の男は二人に向かって頭を下げると、口元に不気味な笑みを浮かべながら言った。

「お初にお目に掛かります。私の名前はゼネラル。ゼネラル・グレゴリオと申します」

「どういうこと?私は直に教皇の出迎えを受けるものだと思っていたのだけれど」

イメルダは不満気に吐き捨てた。というのも、約定では確かに教皇イノケンティウス・ビグラフトの出迎えを受けることになっていたからだ。
だが、目の前にいるのは鉄製の義手を嵌めたゼネラルと名乗る中年の男である。教皇の姿はどこにも見えない。
イメルダがゼネラルに詰め寄ると、ゼネラルは今度は困ったような笑みを浮かべて答えた。

「いやぁ、そう言われましても猊下はお忙しいお方……とても出迎えに現れる余裕などございません」

「それで、あなたが来たというの?」

「えぇ、ですが、お二方の出迎えとしては不足ではないかと……」

ゼネラルは自らの身分が大司教であると明かし、同時にネオドラビア教の戦士を統括する『提督』という役割に就任していることを明かしたのである。
いうならば影の参謀ともいうべき存在であり、決して不足はないと主張したのだった。

加えてゼネラルは自身が前任のピーターと大きく異なる人物で、戦士から今の地位を築き上げた苦労人なのだという。それらの経歴から多くの敵を葬ってきたことから教会の中で「モンスター」と呼んで恐れられていることを明かした。
その後でゼネラルは改めて二人の前に跪いて言った。

「ネオドラビア教提督ゼネラル・グレゴリオ。不詳の身なれどもお二方の手足となり、必ずやお二方の敵を葬ってみせましょう」

二人は強力な味方を得たのだ、という喜びで満ち溢れていた。


















「あいつら復讐に来るよ」

あの日から一週間の後にレキシーは駆除人ギルドでギルドマスターを相手に静かな調子で語っていた。
ギルドマスターも同意見であったのか、首を黙って縦に動かす。

「そうなるとロバート卿もさることながら叔母である公爵夫人も同様に私たちを狙うでしょうね。気分は最悪というより他にありませんわ」

そう語った後でカーラはどうしてカーラの実母であるイメルダが自分とレキシーを狙うのかという理由を語っていく。
元来貴族というのは身内を大事にするものであり、その身内に恥をかかせた人間には承知することなく徹底的に叩きのめすというのが理由であるらしい。

自分たち二人を狙うのは先述の件も含めて、マルグリッタ殺害の疑惑もあることが大きいらしい。
それを聞いたレキシーは再び激昂し、机を両手で強く叩いて、

「冗談じゃないよ。あたしは生意気な小娘をほんの少し叩いただけじゃないか、そんなことが理由であたしたちはこれから命を狙われなくちゃいけないのかい?」

と、イメルダや両公爵家に対する嫌悪感を剥き出しにしながら吐き捨てた。

元より反骨心から貴族を嫌っていたレキシーであったが、この件をきっかけにますます貴族が嫌いになったらしい。
元公爵家の令嬢としては複雑な気分となるが、実母や従兄弟などの選民意識に染まった貴族たちが実際にそのような性格をしているのだから否定のしようもない。

カーラは苦笑しながらギルドマスターが自分のために差し出した青色をした酒が入ったグラスを一気に飲み干す。
いつもは美味いと感じる味なのであるが、これから襲い掛かってくるであろう貴族たちが雇う刺客に対してどうした対応を話し合わなければならないという事情もあってか、今日のところはどこか苦く感じられた。

だが、カーラは知らない。敵となる貴族たちが自分たちにとって因縁の敵であるネオドラビア教と手を組んでいるということを。
カーラは酒を飲みながらギルドマスターと話し合いを行おうとした時だ。

ギルドの外を激しい突風が襲い、風の音がギルドの中にまで聞こえてきた。
なんの変哲もない風であったのだが、カーラやギルドにいた面々にはその風がどこか不吉なものに感じられた。
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