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第三章『私がこの国に巣食う病原菌を排除してご覧にいれますわ!』
竜の策略は上手く作動して
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「エミリー様、聞いてくださいませ」
懇願するように訴え掛けたのは平民の家から拾い上げられ、今ではプラフティー公爵家の次女として夫妻から可愛がられているマルグリッタという少女だった。
この日エミリー・ハンセンは屋敷にて茶会を行い、プラフティー姉妹をもてなしていたのだが、まさかそのようなことを言われるとは思ってもみなかった。
マルグリッタの話によればカーラは自身を平民の出だというつまらない理由で虐め、ことあるごとに自身を殴り付けているのだという。
それを聞いたエミリーは怒りに駆られた。マルグリッタのような愛らしい少女を虐める血の繋がった従姉妹が人の皮を被った悍ましい獣のように思えたのだ。
エミリーは黙ってマルグリッタを抱き締め、生涯彼女の味方であろうと誓ったのである。エミリーはこの時マルグリッタを守る騎士のような心境だった。あの人面獣心からマルグリッタを守ってやろう、と心に決めたのであった。
エミリーはいつまでもマルグリッタの体を抱き締めていたかったが、本人がいかに望もうとも常に心地の良い世界にはいられないらしい。
気が付けばエミリーの元からマルグリッタが離れていく。慌てて自分の元から去っていこうとするマルグリッタへと手を伸ばしたところでエミリーは目を覚ました。
マルグリッタの姿は見えない。当たり前だ。もうこの世にはいないのだから。エミリーはそのことを思い返し、涙をこぼしていく。真珠のような美しい涙が掛かっていたシーツの上に落ちていく。
その時だ。運良く兄が姿を見せた。兄ロバートは深刻な顔を浮かべながらエミリーを見つめていた。
「エミリー。どうした?」
「なんでもありませんわ。お兄様のお手数をお掛けすることではございませんの」
「エミリー。頼むから兄にちゃんと話してくれ、お前が何かを抱えていると、兄は不安で夜も眠れないんだ」
「お兄様、二週間前のことでまだ私に気を遣っておられるのですね?それならば心配はご無用ですわ」
エミリーは兄を安心させるために笑い掛けたが、その笑顔はどこかぎごちないものであった。
ロバートは自分に気を遣う妹の姿を見るたびに激しい怒りに襲われた。
やはり、あのメイドを地下牢獄に閉じ込めたぐらいでは自身の中で湧き上がる怒りは収まらない。
やがて、ロバートの怒りは自身から協力者であるネオドラビア教の面々へと変わっていく。二週間という時間も経っているのに、どうしてあの二人の得体の知れぬ男たちどころか、カーラすら倒せていないのだろう。
激昂したロバートは妹を優しく宥め、もう一度ゆっくりと眠るように指示を出して、改めて眠ったのを確認してから、その側を離れ、自身の屋敷に客人として置いているネオドラビア教の提督ゼネラル・グレゴリオに抗議の言葉を叫びに向かった。
ロバートが扉を開けた時、ゼネラルは義手を使って窓辺の椅子に腰をかけながら優雅に朝のお茶を楽しんでいた。
その姿にロバートは激昂し、椅子を勢いよく蹴りつけたのであった。
「貴様ッ!おれの妹が苦しんでいるというのにどうしてそこまで優雅に茶など飲んでおれるのだッ!大体、貴様の指揮は完璧ではなかったのか!?あの事件から一週間、貴様を連れ出してから一週間で合わせて二週間だぞッ!二週間だッ!」
ロバートは人差し指と中指を突き出しながら『二週間』という時間が経過してしまったことを非難したが、ゼネラルは動じる様子は見せずにお茶を飲み続けていた。
ロバートが眉間に皺を寄せ、青筋を立ててもう一撃を喰らわせようかと思案した時だ。
不意にゼネラルが笑い出して、
「まぁ、落ち着いてください。我々だって何もしていないわけではありません」
と、子どもを窘めるような穏やかな口調でロバートの問い掛けに答えた。
「そうか、ならば聞こう。あの二人を一気に始末できる方法を教えてもらおうか」
ロバートが目を剣のように鋭く尖らせながら問い掛けた。
「簡単な話です。お互いを殺し合わせればいいんですよ」
ゼネラルはカップを片手に得意げな顔を浮かべながら言った。
「しかし、その方法は簡単ではないはずだ。奴らをまとめて始末するにはどうすればいい?」
「その準備を整えるための二週間でございます。この二週間、我々はカーラとあのならず者ども両側を襲い、その力を測っておりました」
「力を測る?あのならず者どもはともかく、あの華奢な小娘に力などあるものか、おれたちとあいつらが斬り合った時ですらあいつらは情けなく逃げ惑っていたではないか」
「その時はそう見せかけたのでしょうな。ですが、我々は卿の仰る小娘とやらが如何なる力を秘めているのかを十分に知っているつもりです」
「十分だと申したな?では、聞こう。奴らが秘めている力というのはなんなのだ?」
ロバートは机に両手を置き、身を乗り出しながらゼネラルに向かって問い掛けた。
ゼネラルは待ってましたと言わんばかりに口元を緩めて得意げな笑みを浮かべて答えた。
「奴らは駆除人です。金を貰って害虫と称した人の命を奪う薄汚い殺し屋なんですよ」
ロバートはその言葉を聞いた途端にまるで、雷を喰らったかのように口を大きく開けてゼネラルを見つめていた。
銅像にでもなったかのように立ち尽くしており、お陰でゼネラルはゆっくりと茶を啜ることができた。
お茶を飲み終えてもなお、どこか呆然とした様子で遠くを見つめていたロバートをゼネラルは大きな声を出して現実の世界へと引き戻したのであった。
ゼネラルの大声でロバートはようやく正気を取り戻したらしい。
頭を掻きながら、
「あ、あぁ、すまなかった」
と、謝罪の言葉を述べた。
ロバートは頭を掻きながら話に戻ったものの、先程の話が余程こたえたのか、ゼネラルの説明を聞いてもどことなく上の空であった。
ゼネラルはロバートが衝撃を受けた理由をちゃんと理解していた。
ロバートが衝撃を受けた理由は仮にも貴族であった少女が卑しい殺し屋家業などに手を染めていたという事実が予想以上に衝撃的であったのだろう。
だが、遥か東の果てにある騎士たちが国を治める国では貴族たちが力を持てずに困窮しているためこの国でいうところの『害虫駆除人』のような仕事に手を染めているという話も聞く。
例に出した東の果ての国においては鼻だけで対立していた騎士たちから送られてきた刺客の存在を見破り、一刀両断に斬り伏せた貴族もいるのだから世界にはどのような貴族がいるのかはわからないのだ。
ロバートの貴族像はこの国に君臨する貴族だけで留まっているためいつまでも先程聞いた衝撃を引き摺っているのだろう。
実にくだらないことである。ゼネラルは顎を引きながらロバートを見つめていた。
このまま黙って話を聞いてくれるのならば上の空でも構わない。
しかし、正気に戻った後で余計なことをされては困るし、万が一にもロバートがカーラの件を表に出されては教団の手でカーラたちを始末するきっかけを失ってしまう。
ゼネラルは作戦の内容を全て話し終えると、どこか違う場所に顔の方向を向けているロバートに対し強い口調で秘密厳守と作戦への口出しを約束させた。
すっかりとぼんやりとしていたところに柄の悪い傭兵のように凄んだので、ロバートはいつもの調子を失って小刻みに頷くばかりであった。
ゼネラルは椅子に座り、ロバートが部屋から出ていくのを見送ると、後は自身の計略が上手く作動することを祈り、茶を淹れたのであった。
「なぁ、エドガーさん。本当にやるっていうのかい?」
マグシーは心配そうにエドガーを見つめながら問い掛けた。
「やむを得ないだろう。さっきおれたちが斬り伏せた刺客が何を言ったのか忘れたのか?」
エドガーの脳裏に先程の男の言葉とそのやり取りが思い返されていく。
「ちくしょう。このままあんたらを殺害した後で駆除人であるカーラとレキシーの二人を始末する予定だったのに」
「駆除人?駆除人と言ったのか?」
「そうだ。カーラとレキシー。あの二人は腕利きの駆除人だよ。あんた知らなかったのかい?」
黒いローブを纏った男はそのまま息耐えたのであった。その口元はそれらの事実をそれまで掴むことができなかった二人を嘲るかのように笑っていた。
エドガーはその言葉を聞いた瞬間に何も言わずマグシーを引き連れて、カーラとレキシーの住む家へと向かって行ったのである。
時刻は深夜。寒い風が頬を撫でる時間帯だ。今頃ならば二人は自宅で眠っているに違いない。
それならば寝込みを襲って始末することも可能だろう。それに夜の帳が完全に下っているため街路には人の子一人いない。二人の姿は誰にも見られない。
標的となる二人を襲うには最適の時刻であったといえるだろう。
二人がそんなことを考えながら自宅の前に辿り着くと、扉を開けると、そこにはあろうことか黒いローブを身に纏った男たちが倒れていたのである。
エドガーが警戒し、慌てて剣を抜いた時だ。
「おっと、動くんじゃないよ」
と、闇の中からレキシーの声が聞こえた。灯りを共していないためか闇の中で鏃の先端が怪しく光っていた。
どうやら弩を構えているらしい。この場合はクロスボウガンとも呼ぶべきだろうか。いずれにせよ今その弩が自らの生殺与奪を握っていることには変わりない。
エドガーもマグシーも容易には動けない状況にあった。
二人が互いに背中を預け、自分たちの元に押し寄せるであろう弩に警戒の意思を示していた時だ。
マグシーの表情が強張ったことに気が付いた。エドガーがマグシーを見つめていた時だ。
またしても暗闇の中から声が聞こえてきた。
「どうか、ご抵抗なさりませぬように。もしあなた様のどちらかが妙な動きを見せたりした場合、私の針がこのお方の延髄を突き刺し、その御命を止めて差し上げますわ」
「その言葉をそのまま受け取ると、オレたちは完全に罠に嵌ってしまっていたということかい?」
マグシーが皮肉混じりに問い掛けた。
「えぇ、先にここに襲撃を掛けてきたネオドラビア教の戦士であるお方がお二人をここに焚き付けるというお話をお聞き致しましてね。それでレキシーさんと私で待ち伏せをしていたというわけですの」
カーラは鏃の方向を振り向きながら言った。闇の中で怪しく光る鏃はいつでも発射できる準備が整っているということなのだろう。
エドガーとマグシーは納得がいったらしく首を静かに動かしていた。
疑問が解けたマグシーはもう一つカーラに向かって質問を投げ掛けた。
「あんたがオレの命を簡単に奪わなかった理由はなんだい?あんたほどの駆除人だったら簡単に殺せたはずだ」
「……お二方が私たちをつけ狙う理由をお聞きしたかったからですわ。さぁ、話してくださいませ。何故にお二方のような優れた駆除人が私たちを執拗に狙われるのかを」
「娘の仇を取るためだ」
マグシーに代わって答えたのはエドガーであった。エドガーは喋りながらも剣をマグシーの背後で針を突き付けているカーラに向かって突き付けていく。
レキシーがこの時でも発射しなかったのはエドガーが剣を振るうよりも先に自身の矢がエドガーを襲ってしまうと考えたからだろう。
カーラもそのことを理解していたのか、動じる様子も見せずに静かな声で質問を行う。
「娘さんの?」
「あぁ、二年前に貴様に殺された娘のな……覚えていないのか?」
「生憎ですけれど、私の二つ名は『血吸い姫』。手に掛けたお方が多過ぎて……申し訳ありませんけれどもヒントをいただけなくて?」
この時暗闇から自分に向かってクロスボウが突き付けられていなければ理性をかなぐり捨ててカーラに向かって斬りかかっていたに違いない。
エドガーが理性を保てたのは弩の存在故だ。彼はやむを得ずに低い声でカーラにヒントを与えた。
「殺された娘の名はブリーという」
「……思い出しましたわ。二年前の夏に私が確かにこの手で手に掛けました」
「そうか、娘はやはり貴様の……駆除人の手にかかって死んだのだな?」
「えぇ、あのお方は自らの利益のために父親であるあなたにも隠れて裏で善人を苦しめておりましたの。そのため駆除人ギルドからから私が派遣され、あなたの娘さんのお命を貰い受けましたわ。ですが、私は駆除人としてやったことですし、何よりあのお方は生きていてはためにならぬ人……あなたも駆除人ならお分かりでしょう?」
エドガーはその言葉で限界を迎えた。彼は咄嗟に剣を抜き放つとレキシーがクロスボウを放つよりも前にレキシーへと斬りかかっていったのである。
レキシーは両手に構えていた弩を地面の上に投げ捨て、代わりに懐に隠し持っていた短剣でエドガーの剣を防ぐ。
それに便乗しマグシーも体を回転させてカーラを動揺させると、そのままカーラに向かって剣を振りかぶっていったのである。
カーラはマグシーの剣を咄嗟にしゃがみ込むことで交わし、そのまま針を逆手に握ってマグシーの額に打ち込んでやろうとしたのだが、マグシーがカーラの腕を掴んだことによって針が額へと食い込むことは阻止されたのであった。
マグシーはこのままカーラの腕をへし折ろうかと考えたのだが、その前にカーラはマグシーの腹部へと強烈な蹴りを喰らわせ、彼を悶絶させてから飛び上がって針を突き刺そうと試みた。
寸前のところでマグシーが助かったのはマグシーが駆除人としてのプロ意識を見せ、腹の痛みに打ち勝ち、カーラの針を避けたからである。
マグシーはそのまま反撃に転じることもせずに家を抜け出していく。
エドガーもマグシーが逃げ出したのを見て、慌ててレキシーを押し倒し、家を抜け出していくのであった。
襲撃を無事に乗り切った二人は大きな溜息を吐いてから自宅の扉を閉め、休息のために蝋燭に火をつけ、お茶を淹れた。
蝋燭の光だけが支配する部屋の中で二人で茶を飲みながら今後のことを話し合っていく。
「……あいつら今後また襲ってくるだろうね。どうしようかね?」
「駆除人ギルドに相談というところで手を打ちましょう。しかし、敵はあのお二方だけではないのがまた厄介ですわね」
「だねぇ」
レキシーの頭には先程の二人や因縁のある公爵家の兵士たちの他にこれまで散々襲撃を掛けてきたネオドラビア教の戦士たちの姿が思い浮かぶ。
赤ずきん騒動の時に司教の男が討ち取られて以来手を引いたものだとばかり思っていたが、どうやらまたその手を伸ばしてきたらしい。
うかうかしてはいられない。またしても駆除人ギルドへと相談を持ち掛けなくてはならないだろう。
自分たちの行く手には苦難の道が待ち構えているのだと考えると、鬱にならざるを得ない。
レキシーは茶の入ったカップを片手に小さく溜息を吐いたのだった。
あとがき
本日のもう一本の投稿ですが、予想より手間がかかってしまいまたしても遅れることになります(特に投稿時間は決めていませんが、念のために)申し訳ありません。
懇願するように訴え掛けたのは平民の家から拾い上げられ、今ではプラフティー公爵家の次女として夫妻から可愛がられているマルグリッタという少女だった。
この日エミリー・ハンセンは屋敷にて茶会を行い、プラフティー姉妹をもてなしていたのだが、まさかそのようなことを言われるとは思ってもみなかった。
マルグリッタの話によればカーラは自身を平民の出だというつまらない理由で虐め、ことあるごとに自身を殴り付けているのだという。
それを聞いたエミリーは怒りに駆られた。マルグリッタのような愛らしい少女を虐める血の繋がった従姉妹が人の皮を被った悍ましい獣のように思えたのだ。
エミリーは黙ってマルグリッタを抱き締め、生涯彼女の味方であろうと誓ったのである。エミリーはこの時マルグリッタを守る騎士のような心境だった。あの人面獣心からマルグリッタを守ってやろう、と心に決めたのであった。
エミリーはいつまでもマルグリッタの体を抱き締めていたかったが、本人がいかに望もうとも常に心地の良い世界にはいられないらしい。
気が付けばエミリーの元からマルグリッタが離れていく。慌てて自分の元から去っていこうとするマルグリッタへと手を伸ばしたところでエミリーは目を覚ました。
マルグリッタの姿は見えない。当たり前だ。もうこの世にはいないのだから。エミリーはそのことを思い返し、涙をこぼしていく。真珠のような美しい涙が掛かっていたシーツの上に落ちていく。
その時だ。運良く兄が姿を見せた。兄ロバートは深刻な顔を浮かべながらエミリーを見つめていた。
「エミリー。どうした?」
「なんでもありませんわ。お兄様のお手数をお掛けすることではございませんの」
「エミリー。頼むから兄にちゃんと話してくれ、お前が何かを抱えていると、兄は不安で夜も眠れないんだ」
「お兄様、二週間前のことでまだ私に気を遣っておられるのですね?それならば心配はご無用ですわ」
エミリーは兄を安心させるために笑い掛けたが、その笑顔はどこかぎごちないものであった。
ロバートは自分に気を遣う妹の姿を見るたびに激しい怒りに襲われた。
やはり、あのメイドを地下牢獄に閉じ込めたぐらいでは自身の中で湧き上がる怒りは収まらない。
やがて、ロバートの怒りは自身から協力者であるネオドラビア教の面々へと変わっていく。二週間という時間も経っているのに、どうしてあの二人の得体の知れぬ男たちどころか、カーラすら倒せていないのだろう。
激昂したロバートは妹を優しく宥め、もう一度ゆっくりと眠るように指示を出して、改めて眠ったのを確認してから、その側を離れ、自身の屋敷に客人として置いているネオドラビア教の提督ゼネラル・グレゴリオに抗議の言葉を叫びに向かった。
ロバートが扉を開けた時、ゼネラルは義手を使って窓辺の椅子に腰をかけながら優雅に朝のお茶を楽しんでいた。
その姿にロバートは激昂し、椅子を勢いよく蹴りつけたのであった。
「貴様ッ!おれの妹が苦しんでいるというのにどうしてそこまで優雅に茶など飲んでおれるのだッ!大体、貴様の指揮は完璧ではなかったのか!?あの事件から一週間、貴様を連れ出してから一週間で合わせて二週間だぞッ!二週間だッ!」
ロバートは人差し指と中指を突き出しながら『二週間』という時間が経過してしまったことを非難したが、ゼネラルは動じる様子は見せずにお茶を飲み続けていた。
ロバートが眉間に皺を寄せ、青筋を立ててもう一撃を喰らわせようかと思案した時だ。
不意にゼネラルが笑い出して、
「まぁ、落ち着いてください。我々だって何もしていないわけではありません」
と、子どもを窘めるような穏やかな口調でロバートの問い掛けに答えた。
「そうか、ならば聞こう。あの二人を一気に始末できる方法を教えてもらおうか」
ロバートが目を剣のように鋭く尖らせながら問い掛けた。
「簡単な話です。お互いを殺し合わせればいいんですよ」
ゼネラルはカップを片手に得意げな顔を浮かべながら言った。
「しかし、その方法は簡単ではないはずだ。奴らをまとめて始末するにはどうすればいい?」
「その準備を整えるための二週間でございます。この二週間、我々はカーラとあのならず者ども両側を襲い、その力を測っておりました」
「力を測る?あのならず者どもはともかく、あの華奢な小娘に力などあるものか、おれたちとあいつらが斬り合った時ですらあいつらは情けなく逃げ惑っていたではないか」
「その時はそう見せかけたのでしょうな。ですが、我々は卿の仰る小娘とやらが如何なる力を秘めているのかを十分に知っているつもりです」
「十分だと申したな?では、聞こう。奴らが秘めている力というのはなんなのだ?」
ロバートは机に両手を置き、身を乗り出しながらゼネラルに向かって問い掛けた。
ゼネラルは待ってましたと言わんばかりに口元を緩めて得意げな笑みを浮かべて答えた。
「奴らは駆除人です。金を貰って害虫と称した人の命を奪う薄汚い殺し屋なんですよ」
ロバートはその言葉を聞いた途端にまるで、雷を喰らったかのように口を大きく開けてゼネラルを見つめていた。
銅像にでもなったかのように立ち尽くしており、お陰でゼネラルはゆっくりと茶を啜ることができた。
お茶を飲み終えてもなお、どこか呆然とした様子で遠くを見つめていたロバートをゼネラルは大きな声を出して現実の世界へと引き戻したのであった。
ゼネラルの大声でロバートはようやく正気を取り戻したらしい。
頭を掻きながら、
「あ、あぁ、すまなかった」
と、謝罪の言葉を述べた。
ロバートは頭を掻きながら話に戻ったものの、先程の話が余程こたえたのか、ゼネラルの説明を聞いてもどことなく上の空であった。
ゼネラルはロバートが衝撃を受けた理由をちゃんと理解していた。
ロバートが衝撃を受けた理由は仮にも貴族であった少女が卑しい殺し屋家業などに手を染めていたという事実が予想以上に衝撃的であったのだろう。
だが、遥か東の果てにある騎士たちが国を治める国では貴族たちが力を持てずに困窮しているためこの国でいうところの『害虫駆除人』のような仕事に手を染めているという話も聞く。
例に出した東の果ての国においては鼻だけで対立していた騎士たちから送られてきた刺客の存在を見破り、一刀両断に斬り伏せた貴族もいるのだから世界にはどのような貴族がいるのかはわからないのだ。
ロバートの貴族像はこの国に君臨する貴族だけで留まっているためいつまでも先程聞いた衝撃を引き摺っているのだろう。
実にくだらないことである。ゼネラルは顎を引きながらロバートを見つめていた。
このまま黙って話を聞いてくれるのならば上の空でも構わない。
しかし、正気に戻った後で余計なことをされては困るし、万が一にもロバートがカーラの件を表に出されては教団の手でカーラたちを始末するきっかけを失ってしまう。
ゼネラルは作戦の内容を全て話し終えると、どこか違う場所に顔の方向を向けているロバートに対し強い口調で秘密厳守と作戦への口出しを約束させた。
すっかりとぼんやりとしていたところに柄の悪い傭兵のように凄んだので、ロバートはいつもの調子を失って小刻みに頷くばかりであった。
ゼネラルは椅子に座り、ロバートが部屋から出ていくのを見送ると、後は自身の計略が上手く作動することを祈り、茶を淹れたのであった。
「なぁ、エドガーさん。本当にやるっていうのかい?」
マグシーは心配そうにエドガーを見つめながら問い掛けた。
「やむを得ないだろう。さっきおれたちが斬り伏せた刺客が何を言ったのか忘れたのか?」
エドガーの脳裏に先程の男の言葉とそのやり取りが思い返されていく。
「ちくしょう。このままあんたらを殺害した後で駆除人であるカーラとレキシーの二人を始末する予定だったのに」
「駆除人?駆除人と言ったのか?」
「そうだ。カーラとレキシー。あの二人は腕利きの駆除人だよ。あんた知らなかったのかい?」
黒いローブを纏った男はそのまま息耐えたのであった。その口元はそれらの事実をそれまで掴むことができなかった二人を嘲るかのように笑っていた。
エドガーはその言葉を聞いた瞬間に何も言わずマグシーを引き連れて、カーラとレキシーの住む家へと向かって行ったのである。
時刻は深夜。寒い風が頬を撫でる時間帯だ。今頃ならば二人は自宅で眠っているに違いない。
それならば寝込みを襲って始末することも可能だろう。それに夜の帳が完全に下っているため街路には人の子一人いない。二人の姿は誰にも見られない。
標的となる二人を襲うには最適の時刻であったといえるだろう。
二人がそんなことを考えながら自宅の前に辿り着くと、扉を開けると、そこにはあろうことか黒いローブを身に纏った男たちが倒れていたのである。
エドガーが警戒し、慌てて剣を抜いた時だ。
「おっと、動くんじゃないよ」
と、闇の中からレキシーの声が聞こえた。灯りを共していないためか闇の中で鏃の先端が怪しく光っていた。
どうやら弩を構えているらしい。この場合はクロスボウガンとも呼ぶべきだろうか。いずれにせよ今その弩が自らの生殺与奪を握っていることには変わりない。
エドガーもマグシーも容易には動けない状況にあった。
二人が互いに背中を預け、自分たちの元に押し寄せるであろう弩に警戒の意思を示していた時だ。
マグシーの表情が強張ったことに気が付いた。エドガーがマグシーを見つめていた時だ。
またしても暗闇の中から声が聞こえてきた。
「どうか、ご抵抗なさりませぬように。もしあなた様のどちらかが妙な動きを見せたりした場合、私の針がこのお方の延髄を突き刺し、その御命を止めて差し上げますわ」
「その言葉をそのまま受け取ると、オレたちは完全に罠に嵌ってしまっていたということかい?」
マグシーが皮肉混じりに問い掛けた。
「えぇ、先にここに襲撃を掛けてきたネオドラビア教の戦士であるお方がお二人をここに焚き付けるというお話をお聞き致しましてね。それでレキシーさんと私で待ち伏せをしていたというわけですの」
カーラは鏃の方向を振り向きながら言った。闇の中で怪しく光る鏃はいつでも発射できる準備が整っているということなのだろう。
エドガーとマグシーは納得がいったらしく首を静かに動かしていた。
疑問が解けたマグシーはもう一つカーラに向かって質問を投げ掛けた。
「あんたがオレの命を簡単に奪わなかった理由はなんだい?あんたほどの駆除人だったら簡単に殺せたはずだ」
「……お二方が私たちをつけ狙う理由をお聞きしたかったからですわ。さぁ、話してくださいませ。何故にお二方のような優れた駆除人が私たちを執拗に狙われるのかを」
「娘の仇を取るためだ」
マグシーに代わって答えたのはエドガーであった。エドガーは喋りながらも剣をマグシーの背後で針を突き付けているカーラに向かって突き付けていく。
レキシーがこの時でも発射しなかったのはエドガーが剣を振るうよりも先に自身の矢がエドガーを襲ってしまうと考えたからだろう。
カーラもそのことを理解していたのか、動じる様子も見せずに静かな声で質問を行う。
「娘さんの?」
「あぁ、二年前に貴様に殺された娘のな……覚えていないのか?」
「生憎ですけれど、私の二つ名は『血吸い姫』。手に掛けたお方が多過ぎて……申し訳ありませんけれどもヒントをいただけなくて?」
この時暗闇から自分に向かってクロスボウが突き付けられていなければ理性をかなぐり捨ててカーラに向かって斬りかかっていたに違いない。
エドガーが理性を保てたのは弩の存在故だ。彼はやむを得ずに低い声でカーラにヒントを与えた。
「殺された娘の名はブリーという」
「……思い出しましたわ。二年前の夏に私が確かにこの手で手に掛けました」
「そうか、娘はやはり貴様の……駆除人の手にかかって死んだのだな?」
「えぇ、あのお方は自らの利益のために父親であるあなたにも隠れて裏で善人を苦しめておりましたの。そのため駆除人ギルドからから私が派遣され、あなたの娘さんのお命を貰い受けましたわ。ですが、私は駆除人としてやったことですし、何よりあのお方は生きていてはためにならぬ人……あなたも駆除人ならお分かりでしょう?」
エドガーはその言葉で限界を迎えた。彼は咄嗟に剣を抜き放つとレキシーがクロスボウを放つよりも前にレキシーへと斬りかかっていったのである。
レキシーは両手に構えていた弩を地面の上に投げ捨て、代わりに懐に隠し持っていた短剣でエドガーの剣を防ぐ。
それに便乗しマグシーも体を回転させてカーラを動揺させると、そのままカーラに向かって剣を振りかぶっていったのである。
カーラはマグシーの剣を咄嗟にしゃがみ込むことで交わし、そのまま針を逆手に握ってマグシーの額に打ち込んでやろうとしたのだが、マグシーがカーラの腕を掴んだことによって針が額へと食い込むことは阻止されたのであった。
マグシーはこのままカーラの腕をへし折ろうかと考えたのだが、その前にカーラはマグシーの腹部へと強烈な蹴りを喰らわせ、彼を悶絶させてから飛び上がって針を突き刺そうと試みた。
寸前のところでマグシーが助かったのはマグシーが駆除人としてのプロ意識を見せ、腹の痛みに打ち勝ち、カーラの針を避けたからである。
マグシーはそのまま反撃に転じることもせずに家を抜け出していく。
エドガーもマグシーが逃げ出したのを見て、慌ててレキシーを押し倒し、家を抜け出していくのであった。
襲撃を無事に乗り切った二人は大きな溜息を吐いてから自宅の扉を閉め、休息のために蝋燭に火をつけ、お茶を淹れた。
蝋燭の光だけが支配する部屋の中で二人で茶を飲みながら今後のことを話し合っていく。
「……あいつら今後また襲ってくるだろうね。どうしようかね?」
「駆除人ギルドに相談というところで手を打ちましょう。しかし、敵はあのお二方だけではないのがまた厄介ですわね」
「だねぇ」
レキシーの頭には先程の二人や因縁のある公爵家の兵士たちの他にこれまで散々襲撃を掛けてきたネオドラビア教の戦士たちの姿が思い浮かぶ。
赤ずきん騒動の時に司教の男が討ち取られて以来手を引いたものだとばかり思っていたが、どうやらまたその手を伸ばしてきたらしい。
うかうかしてはいられない。またしても駆除人ギルドへと相談を持ち掛けなくてはならないだろう。
自分たちの行く手には苦難の道が待ち構えているのだと考えると、鬱にならざるを得ない。
レキシーは茶の入ったカップを片手に小さく溜息を吐いたのだった。
あとがき
本日のもう一本の投稿ですが、予想より手間がかかってしまいまたしても遅れることになります(特に投稿時間は決めていませんが、念のために)申し訳ありません。
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